急いでいた。
いや、焦っていたとでも言うべきであろうか。
平常心や冷静さ等は「まるで完全に何処かへ消え失せたかのような状態だった」と表現するのが、最も妥当な相応しい言い方の筈である。
それは、ある日の昼を少し過ぎた時刻に起きた出来事だった。
殆んど電車など来る事も無い片田舎の駅に向けて、半ば急ぎ足で歩いていた私は懐かしい声に呼び止められたのである。
振り向くと、そこには昔よく仕事を共にした過去のある女性が居た。
彼女は、私が師と仰ぐ今は亡き高名な私立探偵の秘書を務めていた、とても有能な女性だ。
だが、その彼女が一体こんな場所で何をしているのか。
かつての記憶や思い出が複雑に紛れて交錯する中、先ずは何故ここに居るのかを尋ねようと思った刹那
「お急ぎですか?是非お力を貸して頂きたい事があるのですが、とにかく一緒に来て下さい。」
と丁重ではありながらも、全く有無を言わせぬかの如き決意と気迫で切り出して来た。
暫くの間、私は返事もせずに黙っていたのだが、沈黙を破るかのように彼女が放った次の台詞は、予期していた通りの言葉だった。
「とても不可解な事件が起こっています。この難題を解決する為には貴方の存在が必要なのです。」
そう言って彼女は一通の手紙を寄越して来た。

これは数日前に見た悪夢の冒頭部分である。