脈ありメール、脈なしメールの境目は? ブログネタ:脈ありメール、脈なしメールの境目は? 参加中
文字数の多寡と文面や文章の内容性や充実度、あとは所要時間なども手がかりの1つに挙げられるかも知れません
とは申しましても返信までに要した時間には、必ずしも重要な意味合いが見て取れない場合もあるものと思われます
それは(携帯電話なども同様の事が言える訳なのですが)先方が受信や着信に気づいて確認を為さり、やがて返信に至るまでの間には非常に大幅なタイムラグが生じる事も十分あり得る為です
しかも、確認作業から返信作業に移るまでには時に様々な要素が複雑に入り組む余地も多々ある為に、容易には返事を送り返す事が出来ない場面も屡々ある事でしょう
また、返事や返信には明確な意思を伝える目的で文章を添削したり修正したりする為の推敲を重ねる時間が必要となる筈ですから、すぐに応答が無い事を取り沙汰する訳にも参りません
有名な兵法書の『孫子』に於いては「故に兵は拙速を聞くも、いまだ巧久しきを睹ず。」と説いておりますが、文字と言葉から構成された表現や言い回し等が殆んど唯一の伝達手段と成り得る手紙やメール等では「拙い速さ」は要求されません
従いまして自ら定義を致しましたが、時間に関しては少々の猶予や例外を設けて考える必要性があると思います
ですが、長い時間を要しながらも文字数や言葉数が極端に少なかったり、非常に簡素な内容のメール等であれば単純に脈が無いか、若しくは相手の方が極めて浅薄な知識や能力の持ち主であるか、或いは「子曰、剛毅木訥、近仁。」と言う表現に通じる君子や聖人の如き存在であるか、または常に「シンプル・イズ・ベスト」を理想的と標榜する人間であるかと言った事にでもなるのでしょうが、判断を下すのは難しい問題であると言わざるを得ないでありましょう
好意が無くても礼儀上きちんとしたメールを送り返す方もいらっしゃるでしょうし、想いがあっても略式のメールを送信する方も居る筈だからです