ブログネタ:「○○に染まってる」と感じる瞬間 参加中多分ありません
全く無い事でしょう
何も思い当たらないのです
昔から主体性が強いとでも表現するべきか極めて個性的だったようですので、無難な選択肢で落ち着いたり流行を追ったり等は致しませんでしたし、どれ程の善行や良い事柄であったとしても「理解して納得する事が出来ない」とか「折り合って受け入れる事は難しい」と感じる対象は無視して除外しながら今日まで生きて参りました
こうした傾向性は対人関係に於いてですと実に顕著なものがありまして、特に恋愛面では一切の妥協が無いのです
そもそも、そのような事が出来る程に融通の利いた柔軟性など持ち合わせてはいないのが実状なのであります
従いまして「染まる」とか「染められる」等と言ったような、いわゆる「染まっている」と感じる意識や瞬間は皆無に等しく、これまでの人生を振り替えって参りますと思い出せる範囲内には(如何なる分野であれ)「〇〇に染まってる」と感じる瞬間が全然ありません
もしも仮に「〇〇に染まってる」と感じる瞬間を迎える相手や状況と直面してしまったとしたならば、それは(年貢の納め時だと理解して)結婚に踏み切る時か死を迎える時だと捉え、固く守り通して来た生き様を捨て去る事に致します
ですが、そのような事態に陥って無様な醜態を人前に於いて晒すのは、出来る限り絶対に避けて通りたいと強く祈り願ってしまうのです
誰か特定の異性へと想いを馳せて夢中になっている姿や色恋沙汰の愛情を捧げて呆けているような盲目の状態を見せる事は嫌で仕方がないので、みっともなくて恥ずかしい不様な在り方を衆目に曝す位ならば今のままの面白味に欠けた量産型人間としての存在を硬く貫き通します
こうした頑固な堅物が及ぼす実に迷惑な一挙手一投足の数々は、様々な物事や事柄に対して染まらない孤独な個性を遺憾なく発揮しながら、今日も周囲の人々を困らせ続けて世に憚っているのです