1968年にユネスコが編纂した『語録 人間の権利』には「王地に生まれたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず」と言う言葉が収録されております
この火を吹くが如く烈々たる言論の主は、我が日本国の鎌倉時代に法華宗(現在の日蓮宗系の各派)を開いた僧侶『日蓮』上人(若しくは、大聖人)であります
権力による身体的、物理的側面からの支配や束縛は如何ともし難いが、精神や感情の制約までは思いのままにすることを許さない
当時、武家社会が確立して宗教界も既得権益と結び付いて行くことで腐敗堕落が進む中、もはや人間の内面性までもが大きく破壊されて、失われつつあった世に在っての発言でありました
この一言は、単に心の中までは蹂躙させないと言う内面の自由を叫んだだけのことに留まらず、ともすれば悪しき方向へと流されて主体性や自主性、積極的な生き方を忘れがちな全世界の人間に、また人類を始めとした全ての生命体を含むあらゆる存在に対しての警鐘や働きかけと捉えるべきなのだと考えます
さて、ここで今年や昨年、また更に遡って現代の風潮や形態を見て参りますと、いろいろと様々な問題や事件が人類社会の中で巻き起こって来た背景の深い部分に、人心の荒廃と言う事実を感じないではいられません
尊い生命を軽視した残忍で凄惨な殺人事件、人権を無視し社会的責任を放棄した会社や企業の背任行為、狡猾で巧妙な極悪非道の詐欺や虚偽の横行、人道に叛き倫理や道徳を省みない非常識化した一般大衆の行動や言動など、実に多くの事柄に於いて人々の心の在り方が核心部分を左右していることに気づかされます
以前は有り得なかった事故や事件が今の世の中に在っては絶えず頻発し、日常茶飯事の出来事となりつつあり、人々の心や感情に理性の制御が全く為されていない現状が更なる加速化をして悪循環の増長を続けております
このような時代だからこそ人間が本来もつ我慢や忍耐、謙譲、抑制などと言った克己心を前提にした美徳観念を今一度、一人一人が自身の中に復興させる努力が必要なのではないでしょうか
先に挙げた引用の如く人間は、何ものにも支配されない強い精神や揺るがざる感情と言った心の作用を持ち合わせているものだと思います
いわば自分達の手で招いた混乱の世の中ですが、再び元の姿に戻すことが出来るのも我々でありますし、その責任が有るのも私達であると思います
誰かに押しつけられたり、強制的に無理矢理の強要をされたりした不幸や問題なのではなく、こうした負の概念やマイナスの存在は人類が作り出してしまったものなのですから自らの手で、力の限り改善し払拭して行く努力をしなければならない筈なのです
現実を直視すると、あまりの酷さに目を背けたくなることも屡々ですが『春の嵐』でノーベル文学賞を受賞したドイツの作家ヘルマン・ヘッセは著書『ガラス玉演戯』の中で「神が我々に絶望を送るのは、我々を殺す為ではなく我々の中に新しい生命を呼び覚ます為である」と言っております
私達は神を崇める基督教徒ではありませんが、新たな可能性を見い出す機会が厳然と存在すると言うのがヘッセの主義・主張であります
今の眼前に拡がる現状は、我々が形成する人類と言う名の存在が引き起こしたものであり、原因や理由はこちらに有ります
それでも、希望が全く見い出せない訳ではなく僅かばかりの望みであれ、期待が持てるだけの救いは存在している筈なのです
兵法書の『孫子』は「亡国は以て復た存すべからず」と言っておりますが、仮に完全な無の状態に行き着いたとしても再び甦生し、幾度も再生を繰り返して行くだけの覚悟と意志が有れば、希望は未来永劫に限り無く開けるものだと確信します
この火を吹くが如く烈々たる言論の主は、我が日本国の鎌倉時代に法華宗(現在の日蓮宗系の各派)を開いた僧侶『日蓮』上人(若しくは、大聖人)であります
権力による身体的、物理的側面からの支配や束縛は如何ともし難いが、精神や感情の制約までは思いのままにすることを許さない
当時、武家社会が確立して宗教界も既得権益と結び付いて行くことで腐敗堕落が進む中、もはや人間の内面性までもが大きく破壊されて、失われつつあった世に在っての発言でありました
この一言は、単に心の中までは蹂躙させないと言う内面の自由を叫んだだけのことに留まらず、ともすれば悪しき方向へと流されて主体性や自主性、積極的な生き方を忘れがちな全世界の人間に、また人類を始めとした全ての生命体を含むあらゆる存在に対しての警鐘や働きかけと捉えるべきなのだと考えます
さて、ここで今年や昨年、また更に遡って現代の風潮や形態を見て参りますと、いろいろと様々な問題や事件が人類社会の中で巻き起こって来た背景の深い部分に、人心の荒廃と言う事実を感じないではいられません
尊い生命を軽視した残忍で凄惨な殺人事件、人権を無視し社会的責任を放棄した会社や企業の背任行為、狡猾で巧妙な極悪非道の詐欺や虚偽の横行、人道に叛き倫理や道徳を省みない非常識化した一般大衆の行動や言動など、実に多くの事柄に於いて人々の心の在り方が核心部分を左右していることに気づかされます
以前は有り得なかった事故や事件が今の世の中に在っては絶えず頻発し、日常茶飯事の出来事となりつつあり、人々の心や感情に理性の制御が全く為されていない現状が更なる加速化をして悪循環の増長を続けております
このような時代だからこそ人間が本来もつ我慢や忍耐、謙譲、抑制などと言った克己心を前提にした美徳観念を今一度、一人一人が自身の中に復興させる努力が必要なのではないでしょうか
先に挙げた引用の如く人間は、何ものにも支配されない強い精神や揺るがざる感情と言った心の作用を持ち合わせているものだと思います
いわば自分達の手で招いた混乱の世の中ですが、再び元の姿に戻すことが出来るのも我々でありますし、その責任が有るのも私達であると思います
誰かに押しつけられたり、強制的に無理矢理の強要をされたりした不幸や問題なのではなく、こうした負の概念やマイナスの存在は人類が作り出してしまったものなのですから自らの手で、力の限り改善し払拭して行く努力をしなければならない筈なのです
現実を直視すると、あまりの酷さに目を背けたくなることも屡々ですが『春の嵐』でノーベル文学賞を受賞したドイツの作家ヘルマン・ヘッセは著書『ガラス玉演戯』の中で「神が我々に絶望を送るのは、我々を殺す為ではなく我々の中に新しい生命を呼び覚ます為である」と言っております
私達は神を崇める基督教徒ではありませんが、新たな可能性を見い出す機会が厳然と存在すると言うのがヘッセの主義・主張であります
今の眼前に拡がる現状は、我々が形成する人類と言う名の存在が引き起こしたものであり、原因や理由はこちらに有ります
それでも、希望が全く見い出せない訳ではなく僅かばかりの望みであれ、期待が持てるだけの救いは存在している筈なのです
兵法書の『孫子』は「亡国は以て復た存すべからず」と言っておりますが、仮に完全な無の状態に行き着いたとしても再び甦生し、幾度も再生を繰り返して行くだけの覚悟と意志が有れば、希望は未来永劫に限り無く開けるものだと確信します