7月23日、昨日の雨が嘘のように今日は朝から快晴だ。 拓海はいつものように走ってアパートを飛び出した。 彼にとって今日は一生を決めてしまうかもしれない会社の面接の日なのだ。 ただでさえだらしない性格なうえに今日は寝坊までしてしまったので。  



スーツのネクタイを締めながら、はきなれない靴でつまづきながらも駅に向かって走った。



駅では週始めとあってたくさんの人でいっぱいだった。 拓海はうんざりしながらも駅で切符を買った。



ホームで時計を見ながら電車を待つ。 そこへアナウンスが流れた。 それは事故により30分ほど遅れるとのことだった。



冗談じゃない!!こっちは一生がかかってんだ!! そう思いながら、拓海は駅を飛び出した。 駅からその面接会場まではやく20分、でも電車をまったとして合計50分はかかる。下手すればもっとだ!  



拓海はひたすら走った。 拓海は、性格はだらしなかったが運動だけはできた。 走るのだけは速かった。 もし、今陸上競技が開かれるなら拓海はおそらく、いや間違いなく一番だろう! 


それぐらい拓海は、商店街、道路の歩道までとにかく全力で走った。 


窓辺から差し込む光がまぶしい午後の昼下がり。 優子はベッドに横たわり、雑誌をめくっていた。

この小さなアパートに引っ越してきてもう半年になる。 特別広いわけではないが、優子はこの部屋をきにいっていた。 

時刻はちょうど2時になったところだ。 今日は休みで何もない。かといって遊びに行く相手などいない。 ちょうど彼氏と別れて1週間になる。 

別れるときは以外とあっけなかった。お互い気持ちが覚めていた、でもただ言い出せなく、結局ここまできたのだ。 そして私がさよならを告げた。

優子はある映画をふと思い出した。 その映画の中での台詞が今となってはわかる気がする。

「長続きするたった一つの愛は片思い」

たしかにそうかもしれない。 人は自分のほしいものが手に入れば、また次を求める。 ずっと忘れられない片思いの方がかえってよかったのかもしれない。

優子は窓から外をみた。自分の部屋の窓からみえる風景を優子は好きだった。ただの都会の雑居ビルなのだが、その隙間から見える青空が優子は好きだった。 四角い窓から見える四角くきりとられた青空。

本当はもっと大きいのに、こうやって見ると、四角い枠から見えるただの空なのだ。 

そんなことを思いながら、優子はベッドに飾ってある彼との写真をみた。 去年の大学の友達みんなでスキーにいったときのものだ。友達が私たちを撮ってくれたのだ。私は彼に寄り添いながら笑っている。

突然携帯がなり始めた。 彼からのメールだった。 そこには、

「2年間ありがとう。 この前会ったとき言えなかったから。 優子と出会えてよかった。それじゃ。」

と書かれてあった。

「私も言ってなかったね。 ありがとう亮。」

送信したあと、優子は携帯の亮の記録をすべて消した。   

部屋にはただ街の騒音が響いていた。

私は、海にきている。 ただじっと座って、海を眺めている。 

この時間帯はあまり人がいない。いるのは、日が沈みかけた空を自由に飛びまわる鳥たち、その海岸をジョギングする老夫婦、そして波に向かっていくサーファーたち。

実際、一人で海に来ているのはせいぜい私ぐらいだろう。

座っているのにあきると、海岸を一人散歩する。 海岸に沿ってひたすら歩く。

そしてまたもと歩いた道をもどる。 

時には、海にかかるピアも歩いたりもする。 ピアを歩いていると海の上を歩いている気分になる。 そしてそのピアの端まで行くと、海の真ん中で一人立っている気分だ。

 

そんなことをふと思いながら、優花はこの日も海を眺める。

「おい、優花! 早くこいよ!! 早くしないともう夕日が見れなくなるぞ!」 

「待って今いくから!!」 

 

ふとそんなやりとりを昨日のことのように思い出す。

毎週土曜、雨と曇りの日以外、私と彼にとってその日は夕日をみに行く日だった。別に誰が決めたわけでもない。ただ彼と出会ったのもその夕日が沈む土曜だったし、お互い暇を見つけては、海によく出かけていた。海を眺めていると、つい現実のことを忘れてしまう。 何もかわらず、ただ海岸に打ち寄せては消えていく波を見ていることで、めまぐるしく変わっていく日々の生活を忘れられたからだ。

そしてこの日も、彼と私は夕日を眺めに出かけた。 別に夕日にこだわってたわけじゃないのだけれど、お互い、赤く、オレンジ色に光る、水平線に消えていく夕日が大好きだった。 

「優花、海の上で夕日をみたことあるか?」 

「ないよ! あるわけないじゃん!」

「サーフィンしたときに見たんだけどさ、それはもう世界にこんなキレイなものがあったんだって! ただただ、その時はどのサーファーもその夕日を見やるんだ! まるでそこだけ時が止まったみたいに。」

「へえ~。 でも私、この海岸で見る夕日も好きだよ!」 そして優花はそっと彼の横顔を見る。

その彼が交通事故で亡くなったと聞いた日も、海にきた。そしてずっと海を眺めていた。 太陽が沈んでからもずっと。 暗い海を照らす、月がとてもキレイだったのを覚えている。 まるでそこにひとつの道ができているように暗い海を黄色い光がまっすぐ伸びていた。

優花にとって海にくることは、ただめまぐるしく過ぎていく日々から逃れるためだけじゃない、その過ぎていく日々でその彼の死がどんどん埋もれていくのがいやだったから。 この世界で彼の死がどんどん忘れられていくのが嫌だったから。 私の目の前に広がる大きな大きなこの海は、今日も変わらず、ただそこにある。 私の気持ちもこの海のようにかわらず、ずっとあなたのそばにいるよ、ずっと忘れないから。 

きっと、どこかで彼もまたこの大きな海を見ているかもしれない。

そして優花は腰についた砂を払いながら、夕日が沈んで暗くなった海岸をあとにした。