私は、海にきている。 ただじっと座って、海を眺めている。
この時間帯はあまり人がいない。いるのは、日が沈みかけた空を自由に飛びまわる鳥たち、その海岸をジョギングする老夫婦、そして波に向かっていくサーファーたち。
実際、一人で海に来ているのはせいぜい私ぐらいだろう。
座っているのにあきると、海岸を一人散歩する。 海岸に沿ってひたすら歩く。
そしてまたもと歩いた道をもどる。
時には、海にかかるピアも歩いたりもする。 ピアを歩いていると海の上を歩いている気分になる。 そしてそのピアの端まで行くと、海の真ん中で一人立っている気分だ。
そんなことをふと思いながら、優花はこの日も海を眺める。
「おい、優花! 早くこいよ!! 早くしないともう夕日が見れなくなるぞ!」
「待って今いくから!!」
ふとそんなやりとりを昨日のことのように思い出す。
毎週土曜、雨と曇りの日以外、私と彼にとってその日は夕日をみに行く日だった。別に誰が決めたわけでもない。ただ彼と出会ったのもその夕日が沈む土曜だったし、お互い暇を見つけては、海によく出かけていた。海を眺めていると、つい現実のことを忘れてしまう。 何もかわらず、ただ海岸に打ち寄せては消えていく波を見ていることで、めまぐるしく変わっていく日々の生活を忘れられたからだ。
そしてこの日も、彼と私は夕日を眺めに出かけた。 別に夕日にこだわってたわけじゃないのだけれど、お互い、赤く、オレンジ色に光る、水平線に消えていく夕日が大好きだった。
「優花、海の上で夕日をみたことあるか?」
「ないよ! あるわけないじゃん!」
「サーフィンしたときに見たんだけどさ、それはもう世界にこんなキレイなものがあったんだって! ただただ、その時はどのサーファーもその夕日を見やるんだ! まるでそこだけ時が止まったみたいに。」
「へえ~。 でも私、この海岸で見る夕日も好きだよ!」 そして優花はそっと彼の横顔を見る。
その彼が交通事故で亡くなったと聞いた日も、海にきた。そしてずっと海を眺めていた。 太陽が沈んでからもずっと。 暗い海を照らす、月がとてもキレイだったのを覚えている。 まるでそこにひとつの道ができているように暗い海を黄色い光がまっすぐ伸びていた。
優花にとって海にくることは、ただめまぐるしく過ぎていく日々から逃れるためだけじゃない、その過ぎていく日々でその彼の死がどんどん埋もれていくのがいやだったから。 この世界で彼の死がどんどん忘れられていくのが嫌だったから。 私の目の前に広がる大きな大きなこの海は、今日も変わらず、ただそこにある。 私の気持ちもこの海のようにかわらず、ずっとあなたのそばにいるよ、ずっと忘れないから。
きっと、どこかで彼もまたこの大きな海を見ているかもしれない。
そして優花は腰についた砂を払いながら、夕日が沈んで暗くなった海岸をあとにした。