好きなアーティストのライブに一人で行った。
真後ろのカップルの甘ったるい会話に耐えながら一時間前から物販に並び、
何かが引っかかりながらグッズを一通り買い終え、
ファストフード店でライブまでの時間を潰す。
ライブハウスに入り、照明が落ちてから、バンド隊とアーティストが入場してくる。
大歓声と拍手に迎え入れられ、彼は歌い始めた。
CD音源とは程遠い歌唱力だが、それは問題ない。
彼の世界観、伝えたいこと、全てが生の歌声に乗って、ぶつかってきた。
たどたどしいMCも、言いたいことを慎重に、言葉を選びながら、必死に伝えようとしているのが、目に見えてわかった。
彼の選ぶ言葉は、僕の心に安寧を、そして刺激をくれる。
しかし、やはり違和感は拭えなかった。
隣を見て気がついた。
目の中にハートマークを浮かべ、「かっこいい〜」と呟きながら、熱心に手を振るファン。
(ああ、違う。違うんだ。そうじゃない)
心の中でそう呟いた。
彼の魅力はそこじゃない。
決して前向きじゃないけども、後ろ向きのこの方向をなんとか前だと思い込もう。
そんな矛盾の中で生きることを許してくれる。
寄り添って、一緒にいてくれる。
そんな暗い安心感を与えてくれる歌詞、歌声、メロディー。
それこそが彼の魅力なんだと、心の中で呟いた。
もちろん、その人にはその人なりの楽しみ方がある。だから、声には出さない。
しかし、僕の楽しみ方はそうではないと気がついた。
ステージ上で一所懸命に歌う彼の姿を見て、「もう会うことはないよ」と呟く。
僕たちが会うのは、得体の知れない不安で眠れない夜。
深夜3時半を回った頃。
誰もいない部屋の片隅で、二人だけの秘密を共有しよう。