こんにちわ。

休みの日になるとスイッチがきれたようになるわたし。

きのう、こういう話を聴いてきました。

エゴグラム。さまざまな思考の揺れ動いた結果、選んだ答えにより形成される自分を知ることができるツール。

このツールは、自己を成長させるヒントがかくされているとか。

気力のないときに、自己を成長させたいというニーズはない。

いま、気力がない。と感じる。

旅に出たい。

屋久島へ行きたい。





気力のなさや疲れ具合を感じるたびに

間違った考え方から抜けられていない証拠のように思うと

さらに気力を奪われてしまうが、

エゴグラムは、そういう自分だということを受け入れるツールでもあるという。成長のためのツールなんだと。


変えようと頑張る必要はなく、34年間生きてきた証で、いまは悪く感じるかもしれない部分だけど、何度もこれで救われているんだよ。とわたしに伝えたい。






今年に入ってすぐに、赤ちゃんを亡くした。

その悲しみを隠していたわけではないけれど、
忘れるために
すごく頑張っていたように思う。

だから、すぐ泣きそうになるのかな。




お腹に宿った命が
成長することなく、消えてしまった・・・

とても切なく、悲しい出来ごとだったのに
悲しいよねって一度も自分に言ってあげてなかったの。

ひとりでずっと悲しい気持ち押さえていたんだね。
ごめんね。



本当は、静かにゆっくり泣きたかったんだよね。そういう時間がほしかったんだね。
厳しく律しすぎて、泣きたかった気持ちを許せなかったのかもしれない。あってもいいと思えたから、湧き出てきた感情だと思うのです・・・

エゴグラムというツールを通して、さまざまな思考の末の行動療法のお勉強をしたおかげで
さままな思考があるということに気づけたし、

どんな思考も
ぜ~んぶ
自分なんですものね・・・

キツイのも
優しいのも
自由なのも
順応してるのも

律することができるのも
甘やかし~なのも
わがままなのも
イイ子なのも

「いい」も「わるい」もない

関係性において、そう判断されるだけであって

そういう自分であるということを
それでいいんだって

受け入れてあげたい

「優しくて、大人」と外側の人が言うように
わたしの内側からあふれる優しさが

たとえ、誰かを甘やかしたと言われても・・・

わたしの役目は優しさを与えることならば
その使命をまっとうするだけだと思っています。

無理に自分を作らなくても
自分の気持ちに偽ることなく

みんながあるがまま
生きている世界へ

ともに
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