久しぶりに、美術鑑賞へ

実は今回、招待券が当選🎫
コロナで悩んだけどせっかく頂いたのでご縁だと思い、近場だし行くことに
堂本印象さんについては、失礼ながら全然存じ上げませんでした💦
京都にもこの方の美術館があるらしい。
★プロフィール★
明治24年~昭和50年(1891-1975) 京都生まれ。
明治43年京都市立美術工芸学校を卒業後、しばらく西陣織の図案描きに従事。
大正7年、日本画家を志し て京都市立絵画専門学校に入学。
翌年、初出品した「深草」が第1回帝展に入選。
第3回展では「調鞠図」で特選、また、第6回展の「華厳」では帝国美術院賞を受賞するなど一躍画壇の花形となった。
絵画専門学校の教授として、また私塾東丘社の主宰者としても多くの後進を育成、昭和19年、帝室技芸員となった。
戦後は、独自の社会風俗画により日本画壇に刺激を与えた。昭和25年、芸術院会員。さらに昭和30年以降は抽象表現の世界に分け入り、その華麗な変遷は世界を驚かせた。多くの国際展にも招かれ、昭和36年には文化勲章を受章した。
昭和41年、自作を展示する堂本美術館を自らのデザインにより設立。また、様々な技法を駆使しあらゆる画題をこなす画才は、各地の寺社仏閣の障壁画においても発揮され、多くの作品を残した。昭和50年9月逝去、83歳。
戦後は、独自の社会風俗画により日本画壇に刺激を与えた。昭和25年、芸術院会員。さらに昭和30年以降は抽象表現の世界に分け入り、その華麗な変遷は世界を驚かせた。多くの国際展にも招かれ、昭和36年には文化勲章を受章した。
昭和41年、自作を展示する堂本美術館を自らのデザインにより設立。また、様々な技法を駆使しあらゆる画題をこなす画才は、各地の寺社仏閣の障壁画においても発揮され、多くの作品を残した。昭和50年9月逝去、83歳。
(※サイトより引用させて頂きました)
仏教・古典やその時代の思想が主題になった絵や、戦後はヨーロッパをめぐり西洋絵画などからも影響を受けたので油彩画などもあった。
でも、作風ががらっと変わるので同じ人の絵なのに違う人の作品を見てるみたいだった。
それだけ多才な方だったんやろうね。
「木華開耶媛」
この絵は大阪の玉造教会の壁画の下絵だそうです⛪
聖母マリアが打掛姿という、和装なのが斬新。
なんか柄も可愛いし
こういう絵は・・でなければいけないという固定観念みたいなものが払拭される感じがするね。
晩年70から80歳代の作品も展示されてたけど大作にも挑戦されていて、力強さや作品にかける情熱が伝わってきてすごい
やっぱり、人生ずっと打ち込めるものがあるって素敵だなって思った
いつも西洋絵画がほとんどだから、日本画は新鮮だったなぁ〜
おととしくらいからかな、日本画も見てみたいなって思ってたから今回機会を頂いて良かったです。
ありがとうございました




