今日米軍がオサマビンラディンを殺害したというニュースが入ってきた。
言わずとしれたテロ組織アルカイダのリーダーがこの世から
いなくなったことは確かに世界に少しの安心感を与えたと思う・・・
けれどアメリカのお祝いムードにはなんだかなあと首を傾げる。
CNNでは先ほどからグラウンドゼロやDCのモニュメントの前で
星条旗を掲げた大勢のアメリカ人がバカ騒ぎをしている様子を
伝えている。
木に登ったり、肩車したり、いつもの”USA!USA!”
コールで大盛り上がりでまるでオリンピックの競技で
金メダルを取ったかのような様子。
2001年のショッキングな映像はまだ頭にこびりついているし、
世界のみんなにとってとても悲しく恐ろしい出来事だった。
少し前にオバマがビンラディンの殺害を伝える時に、
その日の情景を回顧していた。
9・11のNYのクリアスカイに飛行機がツインタワーに突っ込んでいった、
タワーは崩れ去り、DCではペンタゴンにペンシルバニアでは
飛行機が落ちた・・・
その10年前の惨劇を思い出せば思い出すほど許しがたい、
誰がやったにせよ人間が仕組んだとは思えない許されない行為だった。
亡くなった人、その子供や母親や父親、恋人、夫、妻を失った人が
たくさんいて一生消え去ることのない苦しみを味わされた。
その犯人とされる憎き人間の形をした悪魔がこの世から消えた
ことを思うとほっとするし、よかったなと私も思う。
でも静かに一人でガッツポーズする。
同じことが日本であったらどうだろう。決してサッカーで勝ったときの
ようなお祭り騒ぎはしないだろうと思う。大きく報道はされるだろうし、
家族や友人とよかったと話すだろうけど
集まって祝杯あげて”日本チャチャチャ”とはならないんじゃないかな。
正義が下されたというけれど、下したのはアメリカ人で人間。
もちろんビンラディンを赦すことは出来ないし殺されて当然だと
思うけれど、正々堂々と「正義が下された」としたり顔でいわれると
どこか違和感を感じる。
俺たちが正義を下してやったという人間の思い上がりを感じ得ない。
キリスト教徒のアメリカ人なのに、神のように正義を下すところに
矛盾を感じないのだろうか。
即殺害することがミッションで、法廷で裁くとか他に方法がなかった
としても、もう少し控えめに言ってほしい。
どこの国にもやじうまはいるし、非常識ななんにでも乗っかって
騒ぐ人はいるけれどアメリカはちょっと多すぎじゃない?
だからそれがアメリカのマジョリティーなのだ。
日本は近年アメリカのまねをずっとしてきたけれど、
こういうところまでアメリカ流が浸透してこないといい。
思い上がらず謙虚でいる日本の美徳があればこんな
盛り上がり方はしないと思う。








