それは自分の前提をはっきりさせること。
そんな考えが浮かんだ。
例えば自分を凡人だと思っている人がいて、
その人が自分の平凡なところを認めるというのは。
「私は自分が平凡だと思っている」
と、はっきりさせることなのだと思う。
出発点に戻るような、そんなイメージもある。
スタートに戻ったら、そこからどうするかを選ぶことができる。
凡人のままでいることもできるし、それを止めることもできる。
凡人だと認めたからと言って、
ずっとそうなってしまう訳でもない。
時に論理を越えてしまうのが人間だ。
選択肢が見えないことは、不自由なことで。
自分の影・闇・ネガティブを否認している時は、実は選択肢を持てていない時だ。
認めるは「観止める」。
観えていないものに対しては、リアクションを起こせない。
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