こんにちは。
ひつじ哲也です。
2017年広島へ行った。
人生で二度
海でおぼれる経験がある。
幼いころ
天気の悪い海で浮き輪で足のつかない所で
流されかけた。
浮き輪が流されたが
父が立ち泳ぎしながら抱っこして
なんとかなった。
もう1つは
日本海の海で
沖のロープが張ってあるところまで流されて
小さな浮き輪の船で
若い男二人でつかまり
波が来るタイミングを合わせて
なんとか岸に戻れた。
父の家系の記録にも
海難事故で亡くなった先祖もいた。
足のつかない海は
おそれている1つのものであります。
もう1つ
はだしのげんが怖かった。
母が、怖くても見なさいという意味が理解できなかった。
2017年
先祖巡礼をする機会がありました。
母は、原爆の日
広島にいた。
福山にいたが
情報で爆撃があるから広島へ移動したが
広島に原爆が落ちた。
広島駅から東京へ戻ることになるのだが
長く待った。
そのため
母は、カラダが弱い自分に対して
あのときに、放射線を受けたのだと
罪の意識があったことを
初めて聞かされた。
大事なことほど
言わない。
言うデメリットが多い。
どこかの遺伝子は
壊れたのかもしれない。
しかし
原爆が怖いという
遺伝子や
海で足がつかない恐怖の遺伝子は
受け継がれているのかもしれないなと
感じています。
平和が続いた
縄文時代。
縄文の神様と仲良くなるのも大切かなと思いました。
最後までお読みいただきましてありがとうございます。
