こんにちは。

ひつじ哲也です。

 

幼少期

熱を出して寝ているとき

天井の模様をみていた場面があります。

 

すごい闇に吸い込まれるような夢

こわい

 

熱が出ると

小学校まで親が迎えにきてくれて

帰り道で

お赤飯を売っている店で

お赤飯を買ってくれました。

 

当時、できたばかりのスーパーで

焼きたての餃子を買ってくれることもありました。

 

お赤飯も餃子も

母は、作るけれど

できたものを買うことが

何か贅沢な感覚があったのか

それとも

単に、特別感がある状況で食べるものが

感情に愛を感じていたのかもしれません。

 

 

幼き頃

祖母が住んでいた大森というか馬込。

 

地下鉄が苦手だったのか

単に、外の景色がみれないと

ぐずぐずしたためか

 

両親は、大森駅という場所から

バスを使って祖母の家へと連れていってくれました。

 

当時、ハンバーガーショップが人気でした。

ピクルスは、美味しくないけれど

外で食べるハンバーガーには

あの酸っぱい味のピクルスが入っていました。

 

大森駅のハンバーガーショップを目指しました。

 

時の流れは、店がありませんでした。

 

脳は、ハンバーガーでしたが

餃子のお店へ入ることにしました。

 

 

この世界の片隅に

 

映画を見終わって

日本人の戦争の頃のことを思っていて

もしかしたら

お腹を空かせた子供のようになっていたのでしょうか。

 

隣の席に座っていた外人が話しかけてきました。

 

おなかいっぱいだから

この餃子、1皿あげる。

 

ちょうど、ビールだけが届いていて

ありがたくいただきました。

 

餃子2皿を注文したけど

1皿だけ食べて、その方は、席を離れました。

 

特別感を味わう体験。

 

映画の中でも

食事を分ける場面がありました。

 

お腹を空かせているのをみると

自然と出るものなのかもしれません。

 

場所の名前も

おおもりだけに

 

大盛りサービスが味わえました。

 

記憶の中には

その時の感情が一緒にセットになっていることがあります。

 

苦いものなどがあると

その記憶が、ずっと、苦いままでいて

それが原因で前に進みにくくなることもあります。

 

私は、元気でいるときより

風邪で寝込んでいるときのほうが

優しくされた記憶がありました。

 

風邪で寝込んで休むことが

大切にされている特別な感覚がある。

 

手作りの味よりも

ハンバーガーや餃子の味が

幸せな記憶になっていました。

 

無理しすぎて風邪ひいて寝込むことが

自分にとっては、大切にされる生き方とインプットされています。

 

はたして

本当にそうなのでしょうか?

 

自分らしく生きず

他人との比較で生きていれば

こういう生き方の中に

自分の居場所を見つけていることがあります。

 

もう

当時の幸せだと思い込んでいた記憶は

本来、求めているものではなく

がんばって、競って、がんばっていた

当時のてつや君に言ってあげます。

 

風邪ひいて寝込まなくてもいいんだよと。

 

なにもしてなくても

大好きな餃子は、食べられるのだから。。。

 

歪んだ性格や記憶のコンガラガッタ紐は

ひとりでほどかなくてもいいのです。

 

誰かに、手伝ってもらってもいい。

気持ちの整理や整頓していくお手伝いの

ご相談がありましたら

体験気功にご興味ありましたら

下記のフォームよりお越しください。

 

https://ws.formzu.net/fgen/S51825172/

 

 

 

個性心理學認定講師®

壱義流気功

山本哲也

 

https://nekozetherapy.jimdo.com/

 

 

最後までお読みいただきましてありがとうございます。