山本キミ

家のおばあちゃんですが

唯一、自宅で亡くなりました。

三郎、旦那ですか、

病院行って、すぐに死んだような記憶です。

おそらく、キミさんは、

病院で死にたくないと感じたのでしょう…

少し、一緒に住みましたが

介護は大変なので

元の団地に戻りました。

ボケていると言われてましたが

同じ話を自分は聞いたので喜んでいた記憶があります。

キミさんは、

通訳のタイプライターをしていました。

三郎は、ラジオの技師でした…

函館では裕福な生活だったらしいですが

なんかあったのでしょう。

東京来たけれど、

それほど裕福でない人生だったような気がしました。

でも、

今になって

おばあちゃんが伝えたかったことが

わかる気がします。

ありがとう♪

わがままなおばあちゃんで

まとまりのない親戚でしたが

いいおばあちゃんでした。