大塚幸代さんというライターの話 | 真っすぐに之く

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格闘家気取りはやめてライター気取りしてます

デイリーポータルZというウェブサイトがありまして。
http://portal.nifty.com/about/
説明は↑のページで記載されていますが面白ネタ記事を毎日更新しているサイトで、
職場での昼休みはだいたいここを読んで過ごしています。数少ない、会社に向かう楽しみでもあります。
 
このサイトにライターとして参加していた大塚幸代さんという方についての話です。
http://portal.nifty.com/cs/writer/kijilist/110607144632/1.htm
僕はこの人が書く記事がちょっと嫌いでした。
嫌いだっただけど、直接知り合いでもないのにずっと心にひっかかっていた人でした。
 
この人の記事の特徴としては、どんなテーマの記事だろうと、どこに取材に行こうと「私いまうまくいってません、悩んでます、つらいです」と言いたげな内容が独特の表現で織り込まれるところ。
 
その独特の表現が、仕事がうまくいってなかった時代の僕の心をちょいちょい刺してきたのです。
 
特に一番刺してきたのが2012年9月に公開されたこの記事。
(※あくまで「刺さった」ではなく「刺してきた」が正解です)
 
初めて一人暮らしした家に行ってみる
http://portal.nifty.com/kiji/120910157319_1.htm
人生で初めて一人暮らしをしたアパートを道に迷いながら訪れるその道程を描きながら、その当時の上手くいっていない自分と、やっぱり上手くいってない今の自分を語る、そんな内容。
 
特に刺してきた部分を引用すると、
 

"仕事は忙しく、毎日終電まで作業をする、徹夜もしばしば。"
 
"仕事は増える一方で、若くてバカだったので、器用にこなすことが出来なかった。"
 
"30歳前後で壊れる社会人のよくあるエピソードだ。珍しくもない話。"
 
"というか、正確に言えば、ただひたすらに「起き上がれなかった」。目が覚めても、気持ちが落ち込んで動けない。"
 
"何とかなるだろうと思っていたけど、何者にもなれていない。"
 
"あと軽くパニックになった時は、近所のモンマートまでウォッカを買いに行って、そのままゴクゴク飲んだ。酔えれば味なんか何でも良かったから、いちばん強くて安い酒。1日、半瓶くらい飲んで、自分をウヤムヤにして、横になっていた。"

 
この辺のくだりは、記事が公開された当時の僕の姿、向かおうとしている未来の姿そのもののように映った。
 
仕事が上手く捌けなくて、ほとんど毎日夜中に帰ってきて、しかもいつまで続くのか、出口が見えない不安。休みの日がきたら目が覚めてても夕方ぐらいまでは大抵起き上がれなくて。
平日でも朝「会社に行きたくない」という感情が抑えきれなくて、午前半休にさせてもらったこともあったし、朝はそうなのに夜になったら今度は眠れなくなることもあって、そんなときは部屋で一人とりあえず強い酒を入れて無理やり眠りにつくことがあった。
 
こんな生活だから家の中は荒れ放題だったし体調もしょっちゅう崩した。
 
今思うとすべてメンタル上の問題で仕事に来なくなる人がとる行動の典型例だ。実際僕がいた5年の間、同じ部署から体を壊して入院した人1名、心の病で休職した人2名(うち退職1名)、見限って転職してった人1名。僕はまだマシな方だったんだろう。
 
物量の違いはあったかもしれないけど、大塚さんの記事は僕と同じ方向で苦しんだ人の独白だったのに、読んだ僕に湧き上がった感情は「共感」なんて言える種類のものじゃなかった。
 
突然目の前に鏡が表れて、哀れで惨めな未来の自分の姿を無理やり見せられたような。
 
そんな状態だった。
 
悪い夢から覚めた時に似た何とも言えない嫌な気分で記事を読み終え、これは二度と読めないとその当時思った。 だけど、4年越しにずっと心に引っ掛かり続けていた。
 
前回のブログで、自分の過去を振り返りながらこの記事のことを思い出し、今ならもう一度読める気がしたから、今回ネタに上げることにしました。
 
今こうやって振り返ると、僕は大塚さんと違って会社を辞めなかったし体も心も壊れはせず、今は何やかんやで幸せで、つまり結局のところ大塚さんは僕の未来の姿ではなかった。
 
大塚さんが自分と比べてどこまでキツい状況だったのかはわからないけど、僕が乗り越えられたのは
 
「色々大変だけど、何やかんやで楽しくやってます!」
 
というスタンスを貫き通せたからだと思う。
 
仕事量と上司は最悪だったし、後輩の出来も悪かったけど、そればっかりじゃなくて、後輩とは上司の悪口を言って励ましあえる仲だったし、他の部署にも味方はたくさんいたし、昼休みにはデイリーポータルZも読めたし、キックボクシングも辞めずに続けられた。
 
家に帰るとクズで廃人みたいな生活を送っていたけど、どこかに心の支えを作ってそれを励みにすることで、なんとか人間を辞めずにここまで来れたんだと思ってる。
 
昔、僕は大塚さんみたいに「悩んでます、つらいです、不幸です」を表に出しがちだったけど、その頃にはそれをしなくなってたから。きっかけは分からないけど、或るタイミングでそういう事いう人は自らに暗示をかけて自ら不幸になりに行っていることを感覚的に理解したんだろう。
 
だから無理してでも「何やかんやで楽しくやってます」という姿勢を崩さなかった。
 
実は2年ほど前、大塚さんは亡くなられました。
死因は少なくともネット上ではどこにも明かされていません。記事から察する人間像から、僕には一つしか想像できないのですが。
 
本人には失礼と分かりつつ、やっぱり自分で気づかないうちに不幸に向かって自ら走っていたのかな、とか思ってしまう。もし仮に本当にそうだったとしてもそれは本人の責任というよりは正しい道に導く良き仲間が周りにいなかった不運が大きいと思いますが。
 
最初にあの記事を見てから約4年超。
 
あの記事のせいで大塚さんが書く文章が嫌いになっていたけど、本当に嫌だったのは記事を通して向こう側に見える「もう一人の自分」が嫌だったんだろうと思います。
 
過去の自分が選ばなかった道、避けることが出来た道を進んでしまった、そんな「もう一人の自分」。
 
今となっては、こうやって直接会ったことない人の心をここまで揺さぶる力って物書きとしてすごい能力だなと思えるし、その力で「こうやって悩んで苦しんでもがきながら生きてる人が世の中にいる」ってことを世間に発信してたことに対しては尊敬しています。本人にその意図があったかは知らないけど。
 
本人に声が届くなら、知らない所で勝手に嫌いになってすみませんでした、と伝えたい。立ち飲み屋とかも好きだったみたいだし、もし万が一直接知り合うことがあったなら実は楽しく酒が飲めたのかもしれない。
 

ふと見たら僕が言いたかったことがこの一言に集約されていた。