お母さんの人生はとてもか細く感じる。
「遠くから」俺を「想う」心はまさに想念が
エネルギーとなって俺に本来以上に
持たせたのだろう、
自身が発するエネルギーへと
科学反応を起こし融合した気がする。
理屈じゃないのだ。
火事場の馬鹿力は確かにある、
今よく言われる自分のリミッターを外すというのを
この馬鹿力を日常化することと履き違えないようにしたい。
お母さんの想念は馬鹿力だったのだ。
簡単に言っちゃえば生命力を俺に切り分けてくれた。
お母さんは俺と別れて以降、体も心もずーっと弱い。
何十年も。
信じられないくらい。