あれから30年
植田修さんのお墓参りに行きました。
空研塾の西田先生と去年の秋にお墓参り行こうと約束して、延期延期で今日になりました。
3月12日で植田さんが22歳で亡くなられて、30年たちます。
30年前のこと、昨日のように思い出します。
私が空手始めて正道会館の阿倍野支部で練習してる時、本部から植田さんが指導しに来られてました。
いつもガンガンスパーする練習内容でしたが、なぜかその土曜日は植田さんが「今日は護身術しよう」と言われました。
しかも「もしも竹藪で襲われたら、、竹藪編」とか言い出して、なんで竹藪?と思いながら教えてもらいました。
終わってから植田さんが、来週はキックの試合で来れないってことを言われました。
私らは、え?この前試合したとこやのにまた試合?って聞いたら、ケガで出れない選手の代わりに急に出ることになって、、と説明してくれました。
この前けっこうなKO負けしたのに、、と思いながらびっくりしました。
植田さんは、喋ろうと思っても言葉が出てこないこと、試合には出たくないこと、病院には行ってないことを言われてました。
植田さんは男前で明るくて誰からも慕われていて、正道もK-1に向けて植田さんをどんどん出そうとしてるのはわかりました。
明るい植田さんが不安そうなのをみたの初めてで、試合終わったら病院行こうと話して後楽園に行きました。
そのまま試合中に亡くなられ、それっきりです。
お葬式でみんな号泣するなか、泣き虫な私は涙出ませんでした。
正道側の発表は、きちんと検査して異常なかったということでした。
それから色々あり、私らができることはなく無力でした。
私が脳外科で仕事してる理由は、この出来事が大きいです。
それから同期の森くんが70キロくらいなのにヘビー級でK-1デビュー。
武蔵って名前に爆笑したけど、人気とは裏腹に、私はK-1ヘビー級はあまり見ませんでした。
そしてなぜか私はキックしてるのですが、植田さんはどう思いますか?
最後の練習が竹藪で襲われる編でしたが、襲われることがないんですけど?
30年たったけど、西田くんも私も全然変わってなくて、太ったりあちこち痛かったりはするけど、やっぱり真面目に格闘技しています。
植田さんのこと、忘れてないし忘れたらあかん。