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2020年は未曾有の規模の新型感染症により多くの生演奏、生舞踊が中止されました。
演奏、舞踊を生業とする方々と接する機会が多い私としては実に残念な一年でありました(勿論弦の展示販売なども出来ずギター愛好家の皆さんと触れ合えず残念の極みでもありました(´・ω・`))。
先日、(大阪のフラメンコダンサー向京子さんが主宰されている)スタジオNORA大阪が主催で菅沼聖隆のギター演奏会に協力会社として参加してまいりました。
演奏会の内容はクラシックギター演目とフラメンコギター演目の半々で構成されフラメンコの部にて奥濱春彦さんによるカホン伴奏もありました。
今年1年生演奏に接する事があまり無かったという飢餓感が下駄を履かせているとはいえ
『当世1の良さを目指した内容』
と評したとて何処になんら恥じる事のない内容でした。
ここで主題の『生演奏』についてですが、やはり演奏の場に居合わせるというのはポジティブな意味での『事件』に遭遇する事が出来る機会であるなぁと思った次第です。
産まれてから死ぬまで1繋がりである事を定められた我々人間は擬似的な
『死』と『生』と『再生』
を本能的に求めているのだと思います。
来るべき死の予行演習、次世代の産まれる瞬間への立ち会い、そして自身の『再生』
この全てが『生演奏』には存在します。
録音、録画は定められた生死を再確認するには十分ですが
『自己の再生』
には少し足りなくならざるを得ないと思います(録音、録画でしか出来ないこともありますが)
目の前で同じ『人間』が死力を尽くして『美』を紡ぎだす様は自己の投影、反省、挑戦、陶酔その全てを託す事が出来ます
コロナという戦時下において『美』とそれを護らんとする事は人が人であるために非常に大切な事であると思えてなりません
出来うる限りその援護者でありたいと思っています
