小学5年生(昭和41)の頃、父と二人で出掛けた成田山新勝寺への抜け道沿いにある模型屋さんで、ヒノデ製のゲルマニウムラジオ(完成品を800円代だったと記憶しています。)を父から買って貰いました😍
父「電池がいらないラジオ」だよ?と買ってもらったゲルマニウムラジオですが、流石に回路構成上スピーカーを鳴らすことは出来ませんが、クリスタルイヤホンで、日中はせいぜいNHK、夜間は混信の中から民放も聴こえました😋
また、同じヒノデ製でも私が買ってもらったモデルは、同調にポリバリコンを使ってなくコイルのインダクタンスを変化させるミュー同調式でした🤔⬇️
ほぼ同時期に、半田付けを現在電気屋の相棒でもあるカズオ君から伝授された私は、小学校高学年から中学時代を電子工作(ラジオやアンプの作製)に夢中となるのです😄
その結果、迷うことなく工業高校電気科へと進みますが、途中、紆余曲折(趣味と仕事は別物と気付く😅)があり、卒業後は文系(政経学部)の大学へと進み、更に地方公共団体職員となるのでした。
ところが、定年退職を2年後に控えたあるとき、技術系職員募集のため母校(工業高校)を訪ねる機会を得ました。その際、自分が電気工事士資格を学科免除で受験できることを思い出し、当時リタイア後の生活設計を検討していた私は、これだ☝️と閃いた❗️
翌年(定年退職の年)の夏、第二種電気工事士試験(※技能試験のみ)を受け無事合格しました😋
更に3年後、子供の頃なりたかった電気屋(電気工事業)を開業するのでした😌




