近年ではAD,4世紀キリスト教がローマ国教になったのを

皮切りに聖母マリア『白いマリア』が普及し始めました。

 

古くから《ブラック・マリア》を身近に感じている人々の間にも

その波はひたひたと押し寄せてきたことでしょう。

 

《ブラック・マリア》の素性を知り得たことで

『白いマリア』が

貞淑、純潔、正統、完璧、繊細、容姿が一定して気高さ、

天上を有し、父権的女神像としての性質を

併せ持つことは隠せなく

《ブラック・マリア》はより一層、

異端、清濁併せ持つ包容力、潜在的な力強さ、庶民性(様態がまちまち)、

大地の色を有した母権的女神像として映るようになりました。

共通しての慈しみは『白いマリア』さまは表層から

《ブラック・マリア》は内側に内包しているように感じます。

遠く離れた異国の私がそう思うのですから、

仕方なくキリスト教は根強い信仰《ブラック・マリア》を

受け入れざるを得なかったのでしょう。

 

根強い信仰には“奇跡”がついてまわります。