ハムズ・オブ・ザ・ラヴィン・スプーンフル (Kama Sutra, 1966) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ハムズ・オブ・ザ・ラヴィン・スプーンフル (Kama Sutra, 1966)
ラヴィン・スプーンフル The Lovin' Spoonful - ハムズ・オブ・ザ・ラヴィン・スプーンフル Hums Of The Lovin' Spoonful (Kama Sutra, 1966) :   

Recorded at Bell Sound Studios and Columbia Studios, New York, NY and in Los Angeles, CA, 1966
Released by Kama Sutra Records Kama Sutra KLP/KLPS-8054, November 1966 / US#14 (Billboard)
Produced by Erik Jacobsen
(Side 1)
A1. ラヴィン・ユー Lovin' You (John Sebastian) - 2:29
A2. ベスト・フレンド Bes' Friends (J.Sebastian) - 1:54
A3. ヴゥードゥ・イン・マイ・ベイスメント Voodoo in My Basement (J.Sebastian) - 2:29
A4. ダーリン・コンパニオン Darlin' Companion (J.Sebastian) - 2:22
A5. ヘンリー・トーマス Henry Thomas (J.Sebastian) - 1:43
A6. フル・メジャー Full Measure (Steve Boone, Sebastian) - 2:42 / US#87 (Billboard)
(Side 2)
B1. レイン・オン・ザ・ルーフ Rain on the Roof (J.Sebastian) - 2:13 / US#10 (Billboard)
B2. ココナッツ・グロウブ Coconut Grove (J.Sebastian, Zal Yanovsky) - 2:43
B3. ナッシュヴィル・キャッツ Nashville Cats (J.Sebastian) - 2:35 / US#8 (Billboard), UK#26
B4. フォー・アイズ Four Eyes (J.Sebastian) - 2:53
B5. サマー・イン・ザ・シティ Summer in the City (John Sebastian, Mark Sebastian, S.Boone) - 2:45 / US#1 (Billboard), UK#8
[ The Lovin' Spoonful ]
John Sebastian - lead vocals(A1, 2, 4, 5, B1-5) and backing vocals, guitar, 12-string guitar, autoharp, piano, organ, ocarina, pedal steel guitar, Irish harp
Zal Yanovsky - electric and acoustic guitars, backing and lead vocals(A3), banjo, slide whistle
Steve Boone - electric and double basses, piano, organ, percussion
Joe Butler - drums, backing and lead vocals(A6), percussion
with
Henry Diltz - clarinet
Artie Schroeck - electric piano (B5)
Larry Hankin - Jews harp 

(Original Kama Sutra "Hums Of The Lovin' Spoonful" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 ついに全曲をジョン・セバスチャン(1944-)のオリジナル曲(メンバーとの共作含む)で固め、シングル・ヒット曲4曲、うち3曲はトップ10入りし、そのうち1969年の夏を代表する曲(ちなみに1967年初夏を代表する曲のはリリースから半年以上かかってヒットしたバッファロー・スプリングフィールドの「For What It's Worth」か、ザ・ドアーズの「Light My Fire」でしょうか)となった先行シングル「Summer in the City」(共作者のうちマーク・セバスチャンはジョンの実弟)はスプーンフル最大にして唯一の全米No.1ヒットに輝く本作を、 '60年代アメリカン・ロックの名盤にしてラヴィン・スプーンフルの最高傑作に上げる評者は多いでしょう。オリジナル・アルバムとしては第3作に数えられますが、第2作『Daydream』1966.5と本作の間にウディ・アレンの初監督作のサウンドトラック・アルバム『どうしたんだい、タイガー・リリー(オリジナル・サウンドトラック) What's Up, Tiger Lily? Original Soundtrack Album』1966.9があり、本作の名曲B2「Coconut Grove」は同サントラ盤のインストルメンタル曲「Lookin' to Spy」に歌詞をつけた改作です。このジャジーな名曲はイギリスのヴァーティゴ・レーベルの伝説的女性ヴォーカル・オルガン・ジャズ・ロックバンド、アフィニティのアルバムでカヴァーされており、案外プログレッシヴ・ロックのリスナーにはアフィニティのヴァージョンで知ったという方も多いのではないでしょうか。

 前作『Daydream』(ボブ・ディランの『Blonde On Blonde』とビーチ・ボーイズ『Pet Sounds』と同月の1966年5月発売)でイギリスのバンドとリスナーにも衝撃を与えたスプーンフルですが、本作はジャグバンド・スタイルのグッドタイム・ミュージック路線を踏襲しながらも前2作よりぐっとブリティッシュ・ロック寄りのサウンドが聴かれます。それはやはりビートルズの『Rubber Soul』1965.12と『Revolver』1966.8からの影響が大きいでしょう。またザ・バーズの『Fifth Dimension』1966.7とヤードバーズの『Over Under Sideways Down』1966.8(イギリス版『Roger The Engineer』1966.7の改題再編集版)は、それぞれビートルズの最新作『Revolver』を1曲に凝縮したかのような強烈なインパクトを放つ画期的なスタイルの先行シングル「Eight Miles High」(ザ・バーズ)、「Over Under Sideways Down」(ザ・ヤードバーズ)を含むもので、バーズはフォーク・ロックから、ヤードバーズはブルース・ロックからギターのラーガ奏法で偶然サイケデリック・ロックの始祖となるような楽曲を生み出したのです。そこまで来ると一度は方向性が離れつつあった英米ロックにも再び歩み寄りが進んで、先にクリームがデビューして英米両国で成功を収めていたとはいえ、1966年末にはシアトル出身のアメリカの黒人ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスが独創的なブラック・ロックでイギリスからデビューすることになります。スプーンフルもごく自然に英米ロックのスタイル融合の動きに移ろうとしていたと見ることができます。

 しかしクリームやジミの出現直前の、1966年夏を代表するヒット曲はスプーンフルの「Summer in the City」でしょう。後にドイツの映画監督ヴィム・ヴェンダースが大学映像科の卒業製作で、真冬のミュンヘンからアムステルダムまでの旅程をさ迷う男を描いた第1長編『都市の夏 (Summer in the City)』1970に逆説的にタイトルを借りていますが、ヴェンダースの同作には主人公が点けっぱなしのホテルのテレビで放映中のキンクスの「Days」の出演映像が1曲まるごと(テレビごと)撮影されているなど、ヴェンダースがスプーンフルとキンクスを表裏一体と見ていたのをうかがわせる場面があります。翌1967年夏のヒット曲というとバッファロー・スプリングフィールドの「For What It's Worth」の冷えびえとするような不穏さがふさわしくなるのですが、1966年にはまだ都市の夏に心をときめかせるようなスプーンフルのスリリングなヒット曲がふさわしかったでしょう。アルバム最終曲に置かれた同曲は中サビとエンディングでさらにイントロと同じパターンからフェイドアウトしていくので、再びアルバムの冒頭曲の軽やかなA1「Lovin' You」に戻ってアルバムをくり返し聴きたくなります。本作の多彩な楽曲はアルバム全体をメリハリのついた構成にしており、B5「Summer in the City」の前にスプーンフルにしてはもっともヘヴィな、名手ザル・ヤノフスキー(1944-2002)のスライド・ギターが縦横無尽に唸るB4「Four Eyes」が配されているのも上手い構成です。"Four Eyes"とは本で読んだか映画で観たか忘れましたが、眼鏡をかけた人への蔑称として使われる英語の俗語慣用句とこの曲で知った覚えがあります。もちろん眼鏡がトレードマークのセバスチャン自身にかけた曲で、眼球が2つ、レンズが2つで合わせて"Four Eyes"になるわけです。他の曲も面白い着想の歌詞と美しく可愛らしいメロディにあふれ、同時期のキンクスの作風にもっとも近いものですが、キンクスはスプーンフルからの影響で1966年の『Face To Face』以降の作風に進んだので順序は逆なのは前述の通りです。またキンクスのレイ&デイヴ・デイヴィス兄弟はスプーンフルに傾倒しながらもジョン・セバスチャンよりも屈折したセンスがあり、健康なスプーンフルはキンクスほど厭世的でもノスタルジックでもなく、風刺的でもありません。このスプーンフルの健康な作風はグラス・ルーツ、レフト・バンク、メリー・ゴー・ラウンドらビートルズとビーチ・ボーイズとザ・バーズとスプーンフルを折衷したアメリカのポップ・ロック・バンド、なかんずく最大の成果としてザ・モンキーズに受け継がれます。

 前述の通り、実績の大きいヒット・シングルを満載したアルバムの割には、前作『Daydream』のチャート10位から本作はアルバム・チャート14位に下がりましたが、1966年はまだアルバム・セールスが全米5万枚の売り上げでゴールド・ディスク認定の大ヒット・アルバムだった最後の年で、翌年ビートルズが『Sgt. Peppers Lonely Hearts Club Band』1967.6をリリースした前後から戦後ベビー・ブームの頂点の世代が成人し、レコード・マーケットは突然活況に入り、それまで厳重だったアメリカのレコード協会の規定も緩和されます。たとえばレコード裏ジャケットのカラー/白黒印刷、著作権法による収録曲数の制限、クレジットの明記などが1967年を境に緩和され、12曲を越える収録曲数、裏ジャケットのカラー印刷やヴィジュアル重視による著作権上のデータの省略などが可能になります。それまでは著作権規定上12曲以上の収録や、アルバム・ジャケットにレコード会社のロゴマークと品番、アルバム名や曲目、アーティスト名の記載もない装幀のゲートフォールド(見開き)ジャケットなどは禁止されていたのです。スプーンフルも1967年9月発売の第4作『Everything Playing』では裏ジャケットもカラー印刷になります。1969年にアメリカのレコード史上初めて100万枚を越えるセールスを記録したアルバムは前年の発売からロングセラーを続けていたアイアン・バタフライの『In-A-Gadda-Da-Vida』で、'70年代には10万単位のセールス(50万枚でゴールド、100万枚でプラチナム)がヒット・アルバムの基準になっていきます。その頃にはラヴィン・スプーンフルは解散していましたから、実売稼動数は当然としても、ラジオ・オンエアによる著作権料発生数がチャート上に大きく算定された時代のアーティストとして、スプーンフルはビッグ・ヒットを放ったバンドでこそあれメガ・セールスを誇ったバンドではありませんでした。1967年アメリカの年間アルバム・チャートNo.1はビートルズでもストーンズでもボブ・ディランでもザ・バーズでもなく、また'60年代前半までのように大ヒット映画のサウンドトラック・アルバムでもなく、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのデビュー作『Are You Experienced ?』(前年1966年の年間アルバム・チャート1位はモンキーズの『恋の終列車 (The Monkees)』、翌1968年の年間アルバム・チャート1位は前述の『In-A-Gadda-Da-Vida』)でした。バンドの創造力が絶頂期に達して間もないにもかかわらず、スプーンフルの存在感が急速に薄れてしまっても仕方ない時代が到来したのです。
 またクリーム以前、ジミ以前という1966年のロックの特色ということに目を向ければ、「Summer in the City」に匹敵する1966年の名曲は、同年晩秋から翌'67年にかけて国際的に大ヒットした、オーストラリアのビートルズと呼ばれたジ・イージービーツ(デビュー1964年、解散1969年)の「わが心の金曜日(Friday on My Mind)」(United Artists, October 1966 / UK♯6, US♯16, AUS♯1, Holland♯1)に尽きるでしょう。同年9月に録音され翌月発売されたこの曲は曲調・楽想も「Summer in the City」に非常に似ており、スプーンフルの同曲をもっと性急でスリリングなビート・ナンバーに改作したような楽曲です。バンドのソングライターだったハリー・ヴァンダ、ジョージ・ヤング(AC/DCのヤング兄弟の兄)のギタリスト・コンビも「Summer in the City」からヒントを得たのではないかと推測されます。デイヴィッド・ボウイも酷愛してアルバム『Pin-Ups』1973でカヴァーしたこの曲の、フランスのテレビ出演時のMV(音源はレコードと同一)と、音質・画質は落ちますが、イギリスのテレビ出演時のリアル・スタジオ・ライヴ(!)映像を上げておきます。トロッグス1965年の「Wild Thing」と並んで、'60年代ロックのもっともかっこいい名曲のひとつです。
◎The Easybeats - Friday on My Mind (Harry Vanda, George Young) (United Artists, 1966 / French TV '67 MV) - 2:55 :  


(旧記事を手直しし、再掲載しました。)