ザ・シーズ(1) ザ・シーズ (GNP Crescendo, 1966) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ザ・シーズ - ザ・シーズ (GNP Crescendo, 1966)
ザ・シーズ The Seeds - ザ・シーズ The Seeds (GNP Crescendo, 1966) :  

Released by GNP Crescendo Records GNPS 2023, April 1966 / US#132
Produced by Marcus Tybalt (aka Sky Saxon, The Seeds)
All tracks written by Sky Saxon, except where noted.
(Side One)
A1. 恋しい君よ(独り占めしたいのに) Can't Seem to Make You Mine - 3:05 / US#41 (May 1967)
A2. No Escape (Jimmy Lawrence, Jan Savage, Sky Saxon) - 2:16
A3. Lose Your Mind - 2:11
A4. Evil Hoodoo (Daryl Hooper, Sky Saxon) - 5:19
A5. Girl I Want You - 2:26
A6. プッシン・トゥ・ハード Pushin' Too Hard - 2:38 / US#36 (February 1967)
(Side Two)
B1. トライ・トゥ・アンダースタンド Try to Understand - 2:53 / US#No Chart
B2. Nobody Spoil My Fun - 3:54
B3. It's a Hard Life - 2:40
B4. You Can't Be Trusted - 2:12
B5. Excuse, Excuse (Marcus Tybalt, Sky Saxon) - 2:21
B6. Fallin' in Love - 2:49
[ The Seeds ]
Sky Saxon - lead vocals, bass guitar, harmonica, producer, concept, cover art
Daryl Hooper - organ melodica, piano, keyboards, vocals
Jan Savage - guitar, rhythm guitar, vocals
Rick Andridge – drums
with Additional Musician
Cooker (Aka Sky Saxon) - guitar, bottleneck guitar
(Original GNP Crescendo "The Seeds" LP Liner Cover & Side One Label)

 ザ・シーズについてはこれで三回目くらいの紹介ですが、素晴らしいミュージシャンが実績に価する評価を受けるのは当然ですから何度でも宣伝を買ってでます。世の中には寺内タケシこそ日本最高のロック・ミュージシャン、またはビーチ・ボーイズこそ最高という音楽嗜好の方は真っ当で、寺内タケシやビーチ・ボーイズの素晴らしさ、偉大さは疑う余地もないでしょう。筆者も誇るほどではないにせよ、手当たり次第に聴いてきたつもりです。それで結局行きついたのは、ザ・シーズがあればビートルズもストーンズもいらない、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドもドアーズもいらない、MC5やストゥージズもいらない、ジャックスも頭脳警察も裸のラリーズもいらない、ゴングもマグマもアレアもいらない、フロイドもツェッペリンもクリムゾンもロキシー・ミュージックもいらない、サイケもプログレッシヴ・ロックもハードロックもパンクもノー・ウェイヴもメタルもいらない、他にはせいぜいカンとサバスとホークウインドがいればいいという境地でした。曲など間が持てば十分と言わんばかりの貧困な音楽的アイディアと勢いだけの単調な演奏、素っ頓狂なヴォーカル、音楽に見合った間抜けなルックスと三拍子揃い、知性とセンスのかけらも見当たらない点でロック史上に屹立し、孤高・無類の最底辺に位置する存在感だけで究極のオルタナティヴを体現していた唯一無二のバンド、ザ・シーズを知ったきっかけは、キャバレー・ヴォルテールの傑作ライヴ『YMCA '79』(Rough Trade, 1980)でシーズの名曲「No Escape」(「出口なし」とは秀逸なタイトルです)がヴェルヴェット・アンダーグラウンドの名曲「Here She Comes Now」とともにカヴァーしていたからですが、同バンドはスタジオ盤のデビュー作『Mix-Up』(Rough Trade, 1979)でも同曲の秀逸なカヴァーを収録しています。そこで「No Escape」のオリジナルが収録されたザ・シーズのデビュー作、つまり本作を中古盤店で探し出し、聴いてみたのが最初でしたが、どこが良いのかまったくピンときませんでした。おそらくそれ以前にもFENやNHK-FM、また‘60年代ガレージ・ロックの傑作アンソロジー『Nuggets』でシーズを耳にしていたでしょうが、右から左へと聴き流していたと思われます。ようやくシーズの本当の素晴らしさがわかったのは、2012年に‘60年代ロックの研究家兼ミュージシャンにして名アンソロジスト、アレック・パロア氏の監修によって、全アルバム5作が新規リマスターの上に、別ヴァージョン、未発表テイク、未発表曲(そこで既発表アルバムの倍以上におよぶシーズ全録音の全貌が初めて明らかにされました)とともにデラックス・エディションで新装CD化されてからでした。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ドアーズ、カンを信奉し、エレクトロニクス派プログレッシヴ・ロックからポスト・パンクに進んでデビューしたキャバレー・ヴォルテールがいち早く、1979年当時評価のどん底だったシーズに眼をつけた慧眼が今となってはよくわかります。
◎Cabaret Voltaire - No Escape (Sky Saxon) (from the Album "Mix-Up", Rough Trade, 1979) : https://youtu.be/DPUgKdKbXSk 

 ザ・シーズについては以前、イギリスで1974年~1976年に刊行された『ロック百科(Encyclopedia of Rock)』の第2巻(1975年刊)のアーティスト解説、アメリカのロック雑誌「ローリングストーン」誌のレコードガイドブックからそのまま全文引用掲載してご紹介しました。これらは当時忘却されつつあった、'70年代末のザ・シーズへの評価を示す歴史的資料として貴重なものです。「ローリングストーン・レコードガイド」の結びは、

「(変名によるブルースロック・アルバム『Full Spoon』を除いた)すべてのアルバムが現在でも入手可能ということは、世界には時として正義があるのだという決定的な証拠である。水ギセル(マリファナ用)をまわしてくれ」

 と、あざけっているのか褒めているのかわからないような評でしたが(「水ギセル(マリファナ用)をまわしてくれ」とは、つまり素面では聴けない音楽だと茶化しているわけです)、このレコード・ガイドの評をご紹介した時に筆者はあえて記事に「ロック史上もっとも偉大だったバンド」というタイトルをつけました。筆者がコンテンポラリー・ロックでいちばん古く記憶に残っている曲はローリング・ストーンズの「夜をぶっとばせ (Let's Spend The Night Together)」で、この曲は1967年1月にイギリスでシングル発売され、同時にアメリカではイギリスではB面だった「ルビー・チューズデイ (Ruby Tuesday)」をA面に(つまりAB面逆に)発売されています。日本では数か月送れながら「夜をぶっとばせ」「ルビー・チューズデイ」の両A面あつかいで発売されていますが、幼児だった筆者は母親の買い物中のスーパーの放送や両親が点けていたラジオでこの曲を聴き覚え、なんだか尿意をこらえているようにムズムズする音楽だなと強い印象が残りました。自分でロックのレコード(もちろん当時はアナログ盤シングル、LP)を買ったりラジオでエアチェック(LPレコードは高価だったので、ラジオからの録音はコレクションを増やす貴重な機会でした)し、また友人知人と貸し借りするようになったのは中学生になってからでしたが、ことロックについては40~50年聴いてきて、その間にはやたら範囲を広げたりまったく聴かない時期を経て、棺桶に片足を踏みこんだ現在、これこそ究極のロックではないかと思えてならないバンドがこの永遠の落第生または劣等生、人類(と言って大袈裟ならば、アメリカ文化)の生んだ音楽的バグとしか言いようのない、最高にいかれた音楽をやっていたザ・シーズです。素晴らしいミュージシャンが実績相応の評価を受けるのは当然です。しかしシーズは徹頭徹尾勘違いの産物として存在したため、相対的評価すら通用しない、隔絶され例外視された、ある種の絶対的・究極的バンドとなったのです。本作はその第一歩となった、‘60年代アメリカ西海岸のガレージ・ロック~プロト・パンク~ガレージ・サイケの記念碑的アルバムです。また1954年創設のハリウッドのインディー・レーベル、GNPクレッシェンドにとっては、映画音楽、サーフ・インスト、テレビドラマ「スター・トレック」のサントラと並んで数少ないレーベルのヒット作だったため、シーズのアルバムは決して廃盤にしないロングセラー商品として大事に扱われました。
 
 ザ・シーズをお聴きになると、第一印象はザ・ドアーズのバッタもんという感じではないでしょうか。しかしザ・ドアーズのデビュー・アルバムは1967年1月、ファースト・シングル「ブレイク・オン・スルー (Break On Through)」が同月、大ブレイクしたセカンド・シングル「ハートに火をつけて (Light My Fire)」が全米No.1ヒットになったのが'67年7月ですから、デビュー・アルバムが1966年4月でそれに先立ってデビュー・シングル「独り占めしたいのに」を'65年6月、セカンド・シングル「プッシン・トゥ・ハード」を'65年11月に発売していたザ・シーズの方がずっと早いのです(どちらのシングルも'67年2月、5月の再発売でようやくチャートインしましたが)。またベースレスの4人編成でヴォーカル、オルガン、ギター、ドラムス、しかもカリスマ?的なリード・ヴォーカリストを前面に立てたイメージでもザ・シーズとザ・ドアーズは類似性を持っていました。しかしこと音楽的な素養となると、ザ・シーズの音楽性の低さ、演奏力の貧弱さ、アイディアの乏しさ、楽曲の陳腐さと低俗さ(歌詞のテーマはセックス、ドラッグ&ロックンロールだけ!)は当時のアメリカの精鋭バンド中でもチョコレート・ウォッチバンド('67年9月アルバム・デビュー)さえ下回る(10年後のダムドやオイ!パンク勢ですら知的に見える)最底辺に位置すると言えるもので、下手にも程があるのに自己陶酔的にがなり立てるヴォーカル、オクターヴを昇降するだけのチープなオルガン、千鳥足のようなギター、バタバタしたドラムスは、微妙なニュアンスをまったく欠いたシーズならではのスタイルでした。それがロックの旨味を完璧に凝縮し体現していると気づくには長い修練が必要でした。またバンド名の「The Seeds」はヒッピー主義の「自然に帰れ」という主張から採られていますが、安上がりな農作業服をステージ衣装にできるという安易な理由もありました。この間抜け美にあふれたシーズを一言で言えば、ロック史上もっとも貧弱な、格好つけすらついていない落ちこぼれバンドというのが妥当でしょう。しかしそれゆえに、シーズは唯一無二の存在感を歴史に刻むことになったのです。

 ザ・シーズはガレージ・パンクとサイケデリック・ロックに両足をかけたバンドですが、同時期のアメリカのバンドとしてはザ・ポール・バタフィールド・ブルース・バンド('65年10月アルバム・デビュー)やファッグス('65年11月アルバム・デビュー)を先駆的存在に新人バンドのアルバム・デビューが相継ぎ、主要なアメリカのバンドだけでもラヴ、ザ・ブルース・プロジェクト('66年3月)、ザ・シャドウズ・オブ・ナイト('66年4月)、フランク・ザッパ&マザーズ・オブ・インヴェンジョン('66年6月)、ジェファーソン・エアプレイン('66年8月)、ブルース・マグース、ザ・ディープ(フリーク・シーン)、ザ・13thフロア・エレヴェーターズ('66年10月)、ザ・ゴッズ('66年11月)、バッファロー・スプリングフィールド('66年12月)、ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド('67年3月)、グレイトフル・デッド、ジ・エレクトリック・プリューンズ('67年4月)、ザ・リッター、カントリー・ジョー&ザ・フィッシュ、モビー・グレイプ('67年5月)、ヴァニラ・ファッジ('67年8月)、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニー(ジャニス・ジョプリン在籍、'67年9月)、パールズ・ビフォア・スワイン('67年10月)、ストロベリー・アラーム・クロック('67年11月)、スピリット、アイアン・バタフライ、ステッペンウルフ、ブルー・チアー('68年1月)、ジ・エレクトリック・フラッグ('68年3月)、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル('68年5月)と百花繚乱・多士済済の顔ぶれが並びます。イギリス人メンバー二人を含みイギリスからデビューしたジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス('67年7月アルバム・デビュー)はデビュー作で'68年の全米年間アルバム・チャートNo.1を獲得し、同年の全米年間アルバム・チャートにはザ・ドアーズ、ヴァニラ・ファッジのデビュー作もトップ10入りしました。
 
 この時期の英米ロックをリードしたのはボブ・ディラン『追憶のハイウェイ61』'65.8とザ・ビートルズ『ラバー・ソウル』'65.12を筆頭に、ディラン『ブロンド・オン・ブロンド』'66.5、ビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』'66.5(発売当時は不評で、イギリスでしか評価されませんでした)、ビートルズの『リボルバー』'66.8、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』'67.6、『マジカル・ミステリー・ツアー』'67.11とザ・ローリング・ストーンズの『アフターマス』'66.4、『ビトウィーン・ザ・バトンズ』'67.1、『サタニック・マジェスティーズ・リクエスト』'67.12がアーティストの存在感もあってもっとも影響力が大きく、ザ・バーズ『ターン!ターン!ターン!』'65.12、『霧の5次元』'66.7、『昨日よりも若く』'67.7、『名うてのバード兄弟』'68.1とザ・ヤードバーズ『ハヴィング・ア・レイヴ・アップ』'65.11、『ザ・ヤードバーズ(ロジャー・ジ・エンジニア)』'66.7、『リトル・ゲームス』'67.7、ジ・アニマルズの『アニマル・トラックス』'65.9、『アニマリスムス』'66.5、『アニマリゼーション』'66.7、『アニマリズム』'66.11、『ウィンズ・オブ・チェンジ』'67.7などがビートルズやストーンズに先んじて革新的サウンドを打ち出していたのがわかります。ピンク・フロイドのデビュー・アルバム('67年8月)とムーディー・ブルースの再デビュー・アルバム('67年11月)が本国イギリスで即座に大評判を呼んだのも、フロイドやムーディーズが当時のアメリカのサイケデリック・ロックへのいち早い回答としてプロモートされたからでした。

 ザ・シーズのデビュー以前にビートルズ、ディラン、ビーチ・ボーイズ、ストーンズ、バーズ、アニマルズ、ヤードバーズが達成していたロックの水準からしてもザ・シーズのサウンドはあまりに原始的で(日本の「ミュージック・ライフ」誌の「ニュー・ロック」紹介ですら、クリームやジミ・ヘンドリックス、ジェファーソン・エアプレインらとの比較で「音楽的にはニュー・ロックとは言えない」と留保されたほどです)、意図的なロックのパロディ・バンドなのではないかと疑わしくなるほどです。実際テレビの音楽コメディ・ドラマ用に結成されてデビューしたザ・モンキーズ('66年8月デビュー)が同時期に存在しましたが、モンキーズはたっぷり時間をかけて構想を練り上げた制作チームが総力を上げて立ち上げ、また実績のあるメンバーの結束力と意欲の高さを備えたプロジェクトだけあって最高品質のポップ・ロック・ヒットを次々と放ちました。ザ・シーズは'80年代後半以降CD復刻とともに再評価が進み、それまで断続的にスカイ・サンライト・サクソンとさらに盛った名義でソロ活動していたサクソンは新旧メンバーでザ・シーズを再結成し、2000年代には2作の新作『Red Planet』2004、『Back to the Garden』2008をインディー・レーベルからリリース、加齢からデス声しか出せなくなった壊滅的なサクソンの声質以外は往年とまるで変わらない音楽性とエキセントリックなステージ(スカート姿で歌い踊るサクソン!)でリスナーや観客を眩惑させましたが、バンドのカリスマにしてシンボル、サクソンの逝去(心不全・2009年6月)によって一旦活動にピリオドを打ちました。サクソン(本名リチャード・マーシュ)は従来1948年生まれと称していましたが、逝去にともない実の生年は1937年(享年71歳)だったことも明らかになりました。スカイ・サンライト・サクソンの追悼コンサートは歴代シーズの現存メンバーと、やはり再結成活動していたラヴ、エレクトリック・プリューンズによって行われ、再結成チョコレート・ウォッチバンド(アレック・パロアさんが正式メンバーに参加)がいち早くサクソン追悼曲をニュー・アルバムで発表しました。これら'60年代ロックの伝説的バンドの再結成が相次いだ1990年代には半ば揶揄して語られましたが、2000年代以降には尊敬を集めるようになっていました。サクソンの逝去以降もシーズの最終メンバーは時折オリジナル・メンバーのダリル・フーパーとジャン・サヴェージをスペシャル・ゲストに、スマッシング・パンプキンズ主催のイヴェントなどでラヴ、プリューンズ、ウォッチバンドらと共演セッション形式でシーズの楽曲を演奏し続けましたが、近年では新たなヴォーカリストを迎えてダリル・フーパーがシーズを再結成してレギュラー活動を続けており(しかもこれまたアレック・パロアさんが正式メンバーに参加)、ザ・シーズがリーダーのサクソン始めメンバー全員のライフワークになったのを思うと、やはりこれはマジだったのかと襟を正す次第です。
 
 次回以降もザ・シーズの全アルバムをご紹介し、活動歴についてはその際触れていきますが、今回は最初のヒット曲になった「プッシン・トゥ・ハード」を演奏(いわゆる「口パク」ですが)するザ・シーズの姿を、テレビの連続コメディ・ホームドラマ「Mother-In-Law (義理の母)」(「義理の母」はアメリカ流コメディの定番ネタです)のゲスト出演時(お茶の間にシーズが来てゴーゴーガールが踊る爆笑映像)、また音楽番組での口パク出演時の映像をご覧ください。さらに本作のA4「Evil Hoodoo」は、デラックス・エディションCD化の際にアルバム収録ヴァージョンと異なる16分以上にも上る未編集ヴァージョンが発掘、ボーナス・トラック収録されました。ほとんど楽曲らしい展開もなしにただ単に長いだけの演奏は圧巻です。ザ・シーズのマネージャーは「半年以内にストーンズに代わってザ・シーズの時代が到来する!」が口癖だったそうです。またこの映像は日本のGSはビートルズでもストーンズでもなく、他ならないザ・シーズの兄弟だったのを示す貴重な映像資料でもあります。しかもヴォーカルのスカイ・サクソンは11歳もサバを読んでデビューしていたのです。
◎The Seeds - Pushin' Too Hard (TV Broadcast, Late 1966)https://youtu.be/HQWVHvjdfZw 

◎The Seeds - Evil Hoodoo (Unedited Take) - 16:29 :  


(旧記事を手直しし、再掲載しました)