ウォルト・ディッカーソン&サン・ラ - ヴィジョンズ (Steeplechase, 1979) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ウォルト・ディッカーソン&サン・ラ - ヴィジョンズ (Steeplechase, 1979)ウォルト・ディッカーソン&サン・ラ Walt Dickerson & Sun Ra - ヴィジョンズ Visions (Steeplechase, 1979) :  

Recorded on July 11th. 1978
Released by Steeplechase Records SCS 1126, Denmark, 1979
(Side 1)
A1. Astro (Dickerson) - 7:52
A2. Utopia (Dickerson) - 8:10
A3. Visions (Dickerson) - 2:50
(Side 2)
B1. Constructive Neutrons (Dickerson) - 10:13
B2. Space Dance (Dickerson) - 8:10
(CD Bonus tracks)
6. Light Years (Dickerson) 15:21
7. Prophecy (Dickerson) - 9:06
[ Personnel ]
Walt Dickerson - vibraphone 
Sun Ra - piano 

(Original Steeplechase "Visions" LP Liner Cover & US Side 1 Label)

 サン・ラがルロイ・ジョーンズ劇団との『Black Myth』1968以来久しぶりにアーケストラ以外のパーソネルで録音したアルバムが、ヴィブラフォン奏者ウォルト・ディッカーソン(1928-2008)と連名のデュエット作品『Visions』でした。エリック・ドルフィーの推薦でプレスティッジ・レコーズからデビューした公立学校音楽教師のジャズマン、ディッカーソンは'60年代初頭からアーケストラのメンバーと共演しており、アーケストラの重鎮ジョン・ギルモア(テナーサックス)とロニー・ボイキンスの参加したエルモ・ホープ・アンサンブル(Elmo Hope Ensemble)のアルバム『サウンズ・フロム・ライカーズ・アイランド(Sounds from Rikers Island)』(Audio Fidelity, 1963)のプロデュースを勤めたり、この連載でもご紹介しましたが、サン・ラのデビュー・アルバム『Jazz By Sun Ra』1956やニューヨーク進出作『The Futuristic Sounds of Sun Ra』1961など重要な転機にプロデュースを買って出てくれた黒人フリー・プロデューサーのトム・ウィルソンのプロデュースによるディッカーソンのアルバム『Impressions of a Patch of Blue』1966(1965年録音)でもサン・ラがカルテットのメンバーとして参加しています。トム・ウィルソンは同期にサイモン&ガーファンクルの「Sound of Silence」やボブ・ディラン「Like a Rolling Stone」、フランク・ザッパの『Freak Out!』やアニマルズの『Animalisms』、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビュー・アルバム(名義のみアンディ・ウォホール)を手がけており、そういうとんでもなく手広いヒット・メイカーでありながらアンダーグラウンドな音楽にも尽力していた人で、不人気ジャズマンのディッカーソンはサン・ラ参加の同作『Impressions of a Patch of Blue』から1975年のカムバックまで10年あまりシーンから引退していました。本作の表ジャケットのディッカーソン(47歳)、裏ジャケットのサン・ラ(64歳)はアーティスト写真だけのアルバム・ジャケットとしては最高にクールで、本物のジャズマンの面構えというのはこういうものだという名盤の香りがにじみ出ています。

 復帰後のディッカーソンはヨーロッパと日本での伝説的な人気から数年間多作なジャズマンになり(そして再び引退しましたが)、サン・ラとの再会セッションが企画されたわけです。この全曲ディッカーソン作曲の『Visions』は本来ソロ・ヴィブラフォン演奏によるアルバム構想によって作曲されていたのではないかと思われ、どの曲もひとしきりディッカーソンのヴィブラフォンがほぼ完全ソロ演奏(サン・ラのピアノは軽くコードを添える程度)でテーマとインプロヴィゼーションを披露してからサン・ラのソロ・ピアノ演奏がディッカーソンに返礼し、徐々にデュエット演奏になってエンディングを迎える、という演奏フォーマットになっています。アレンジ込みの作曲だからかディッカーソンのテクニシャンぶりは壮絶で、ジャズのヴィブラフォンとしてウディ・ハーマンやミルト・ジャクソンを思い浮かべて聴くと本当にこれを人間がヴィブラフォンで生演奏しているのか、と生唾を飲み込むような超高速フレーズが駆けめぐり、しかも正確でクールこの上ないサウンドなため、表面上はむしろ静謐な印象すら受けます。それに応えるサン・ラもディッカーソンのコンセプトに呼応した見事な精密点描画的演奏で、ベーシストもドラマーもいないヴィブラフォンとピアノのデュオだからこそできる深海のように澄明かつ水圧の高いサウンドが実現しています。CD化に当たって追加された未発表曲もお蔵入りテイクとは畏れいるほど本編と遜色のない出来栄えです。本作は連名とはいえサン・ラとの共作というよりも、あくまでディッカーソンのアルバムですが、カルテットの一員としてサイドマン参加した『Impressions of a Patch of Blue』と較べても、ディッカーソンの意図をくんだサン・ラの理解力と演奏の見事さはとてもスウィング時代にキャリアを始めたピアニストとは思えないほど清新なもので、ソロ・ピアノ作品以来のサン・ラの音楽性を自然に融けこませており、これでピアノがやはりディッカーソンと縁の深いアンドリュー・ヒル(1929-2008)がピアニストだったらもっと澱んだ、切れのよくないサウンドのアルバムになっていたでしょう。ディッカーソンとヒルのデュオではおそらく両者のそうした内省的に過ぎる面が出てしまったと思われるのです。ディッカーソンやヒルのファンでもある筆者でもそう思います。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)