ヴェルヴェット・アンダーグラウンド - III (MGM, 1969) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド - III (MGM, 1969)
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド The Velvet Underground - ヴェルヴェット・アンダーグラウンドIII Velvet Underground (MGM, 1969) 

Released by MGM Records SE 4617, March 1969
Engineerd by Val Valentin
Produced by The Velvet Underground
All Songs written by Lou Reed
(Side 1)
A1. Candy Says - 4:04
A2. What Goes On - 4:55
A3. Some Kinda Love - 4:03
A4. Pale Blue Eyes - 5:41
A5. Jesus - 3:24
(Side 2)
B1. Beginning to See the Light - 4:41
B2. I'm Set Free - 4:08
B3. That's the Story of My Life - 1:59
B4. The Murder Mystery - 8:55
B5. After Hours - 2:09
[ The Velvet Underground ]
Lou Reed - vocals, guitars
Starling Morrison - guitars
Doug Yule - organ, bass, vocals (A1)
Maureen Tucker - drtms, percussion, vocals (B4, B5)
(Original MGM "The Velvet Underground" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 本作はヴェルヴェット・アンダーグラウンドのオリジナル・スタジオ・アルバム4作のうち第1作『The Velvet Underground & Nico』(Verve, 1967.3)、第2作『White Light / White Heat』(Verve, 1968.1)に続く第3作で、前作のあとマネジメントが変わり1968年3月にはオリジナル・メンバーのジョン・ケイル(ベース、ヴィオラ、オルガン)が脱退、1968年4月からは間髪入れず21歳のダグ・ユール(ベース、オルガン、ヴォーカル)が加入し、マネジメントの方針からライヴ活動を活発化するとともに契約レーベルもヴァーヴからヴァーヴの親会社のMGMに移籍して発表されました。このサード・アルバムはアンディ・ウォホールがパトロンだった時期の前2作からの仕切り直しの意味で単に『The Velvet Underground』とタイトルされ、アルバム・チャート171位のファースト、199位のセカンドよりもさらに成績は悪くチャートインしませんでした。バンドはMGMからの次作のために1969年4月~5月にデモテープ録音を続けますが、半ばMGMからクビ、半ば強引なマネジメントの画策でアトランティック・レコーズ傘下のコティリオンに移籍、制作された第4作『Loaded』(Cotillion, 1970.9)の発売前前の8月にルー・リードは脱退してケイル同様ソロ・アーティストに転向します。のちに1980年代になってサード・アルバムと『Loaded』の間のデモ・テープ集『VU』(Verve, 1985.2)と『Another View』(Verve, 1985.2)が発掘発売され、『Loaded』はMGMでの未発表デモ・テープとは重複しない新曲集で、『VU』『Another View』は独立したルー・リードの初期のソロ・アルバム『Lou Reed』(RCA, 1972.4)、『Transformer』(RCA, 1972.11)、『Berlin』(RCA, 1973.7)の収録楽曲がすでにヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代にデモ録音されていたアルバムだったのが判明します。「今や1960年代のロック・バンド中2番目(1位はビートルズとしても)と認められるようになった」と称される(1995年のボックスセット『Peel and Slowly』解説ブックレット)ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの活動歴と全アルバムについては、セカンド・アルバム『ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート』をご紹介した際に概略しましたので、そちらをご参照いただければ幸いです。

 現代音楽出身で実験音楽指向のジョン・ケイルの脱退はヴェルヴェットをより商業的な活動に向かわせるためのマネジメントの画策だったようですが、事実上双頭リーダーだったルー・リードとの確執もあったようです。マネジメントはバンドに若いダグ・ユールを新メンバーに加入させ、本拠地ニューヨークのみならず毎月のようにボストン、テキサス、アメリカ西海岸にツアー巡業させています。リードはのちにゲイを公言しますが、美青年のユールをいたく気に入ったようでオリジナル・メンバーのスターリング・モリソン、モーリーン・タッカーらもルー・リードのユールへの優遇に不満を抱いたほどでした。しかしこの時期リードの作曲力は絶好調で、本作は佳曲を満載した名盤になりました。ヴェルヴェットのスタジオ盤4作はどれを聴いても聴いている間はこれこそ最高傑作ではないかと陶酔感をもたらすものですが、本作は4作中もっとも穏やかなサウンドのアルバムで、A1「Candy Says」から静謐なアシッド・フォーク曲系のA4「Pale Blue Eyes」B2「I'm Set Free」などしっとりとした名曲が並び、ダグ・ユールが歌うA5「Jesus」は前2作では麻薬密売人やジャンキー、マゾヒズムや乱交パーティーを歌っていたバンドとは思えないほど純真な信仰心を歌った曲で、かえって裏読みを誘うような仕上がりです。

 一方A2「What Goes On」やB1「Beginning to See the Light」(デューク・エリントンのスタンダード曲とは同名異曲)などのロックンロール曲、カントリー・ブルース調のA3「Some Kinda Love」やB3「That's the Story of My Life」があり、モーリーンとリードがデュエットする前衛的なB4「The Murder Mystery」もあれば、アルバム最終曲はモーリーンが歌うポップス「After Hours」と捨て曲がなく、もっともヴェルヴェットの全アルバムに捨て曲はありませんが、ロック曲やカントリー・ブルース曲、実験的な曲や脳天気なポップスまであってもアルバム全体の印象はA1「Candy Says」やA4「Pale Blue Eyes」、A5「Jesus」やB2「I'm Set Free」のかもし出す、バッド・トリップ後の虚脱感さえ感じさせる美しいバラード曲です。

 欧米諸国のリスナーが日本のアンダーグラウンド・ロックのグループ、例えば裸のラリーズを聴くと「セカンド・アルバムのヴェルヴェット直系ではないか」と思うようですが、実際に裸のラリーズ(1968年結成)はブルー・チアーやヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響下に作風を形成したことを認めています。また欧米諸国のリスナーが日本のジャックスを聴くと「ヴェルヴェットのサード・アルバムではないか」と連想するようですが、ジャックスは1968年3月にデビュー・シングル「からっぽの世界」、5月にセカンド・シングル「マリアンヌ」を発表しており、ヴェルヴェットのサード・アルバムに比較されるデビュー・アルバム『ジャックスの世界』は1968年9月のリリースでした。ラリーズはヴェルヴェット・アンダーグラウンドやアモン・デュールII、ホークウィンドらアメリカ、ドイツ、イギリスのアンダーグラウンド・ロックの影響下に作風を確立したバンドでしたが、ジャックスはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの初期2作が日本に紹介される前にすでにヴェルヴェット・アンダーグラウンド的なサウンドでデビューしてもいれば、類似点がもっとも多いヴェルヴェットのサード・アルバムの作風に関して言えばジャックスの方が先駆をなしていたのです。しかもジャックスは日本のアンダーグラウンド・シーンを二分する存在とされたフォーク・クルセダースと違って、ビートルズや寺内タケシ、さらにモダン・ジャズの大ファンが結成したフォーク・ロックのバンドながら、リーダーの早川義夫の指向によって、同時代のグループ・サウンズともまったく違う、英米ロックからの影響を完全に拒否したバンドでした。フリー・ジャズとアシッド・フォークを融合した嵐のような「マリアンヌ」、またマルチプレイヤーのドラマー木田高介がフルートにまわり、ドラムレスの異様なサウンド空間でサイケデリックなリード・ギターとフルートにフリー・ジャズ的なベース、アコースティック・ギターのアルペジオで淡々と虚無的心象風景をつぶやくように歌う「からっぽの世界」は異常なリズム・アレンジ、説得力のあるヴォーカルでヴェルヴェットの「Candy Says」や「Jesus」、パールズ・ビフォア・スワインの「Another Time」や「Morning」をしのぐ独創的なアシッド・ロックの突然変異的な名曲でした。おそらくそれゆえに比較を拒んで、ジャックスより少し遅れて活動を開始し、作風の確立の遅かった裸のラリーズはジャックスからの影響を完全に否定しているほどです。

 とまれヴェルヴェット・アンダーグラウンドのオリジナル・アルバム4作『The Velvet Underground & Nico』、『White Light / White Heat』、本作『The Velvet Underground』、そしてリード在籍時の最終作『Loaded』はロック名盤リスト500枚などではすべて上位に上げられるもので、本作のA面5曲は多くのカヴァー・ヴァージョンを生む'60年式ロックのスタンダード・ナンバーとなっています。多彩な曲の並ぶB面も佳曲揃いで非常に完成度の高く、聴き飽きのしない元祖オルタネティヴ・ロックの名盤としてロサンゼルスのラヴやドアーズ、テキサスの13thフロア・エレベーターズの諸作に並ぶモンスター級のサイケデリック・アルバムです。本作を流すと、部屋の湿度が一気に数度下がったと錯覚するほどに体感温度が下がります。ヴェルヴェットの4作の中でも不穏な穏やかさという特異な点で本作は際だっており、このぎりぎりのバランス感覚が本作をポップなフォーク・ロックとは分けています。未体験の方はぜひ本作ならではの奇妙で異常な音楽体験をお楽しみください。音響的にも脳内に直接響いてくるような本作のサウンドは病みつきになるようなもので、商業的ポップス(も当然良いものですが)とは一線を画すようなものです。また本作からジャックス、カン、アモン・デュール、裸のラリーズを結ぶ線はロックの裏街道をなしており、それもまたオルタネティヴ・ロックの元祖とされるゆえんです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました)