ピュルサー(3) ハロウィーン (CBS, 1977) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ピュルサー - ハロウィーン (CBS, 1977)ピュルサー Pulsar - ハロウィーン Halloween (CBS, 1977) 

All Composed, Arranged and Produced by Pulsar.
English Lyrics by Armand Fines.
(Face A) Halloween Part I (20:30) :  

b) Tired Answers - 9:30
c) Colours Of Childhood - 6:00
d) Sorrow In My Dreams - 3:40
(Face B) Halloween Part II (18:40) 

b) Dawn Over Darkness - 6:10
c) Misty Garden Of Passion - 2:15
d) Fear Of Frost - 3:35
e) Time - 1:50
[ Pulsar ]
Victor Bosch - drums, percussion, vibes
Gilbert Gandil - guitars, vocals
Michel Masson - bass guitar
Roland Richard - flute, clarinet, acoustic piano, strings
Jacques Roman - keyboards, Mellotron, synthesizers
(Guest musiciens)
Xavier Dubuc - congas
Sylvia Ekstrom - child voice (1a)
Jean-Louis Rebut - voice (2e)
Jean Ristori - cello
(Original CBS "Halloween" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Face A Label)

 誰しも趣味の分野では客観的評価など関係なく偏愛につきない作品があると思いますが、筆者にとってピュルサーの本作『Halloween』は日本のロック最高の1枚と愛してやまないファーラウトの『日本人』(DENON, 1973)と並んで、好きなロックのアルバムからは落とせません。何番目に上げるかはともかく、このアルバムが入るまでは数え上げていくでしょう。フランスのロックではゴングやマグマ、アンジュやアルプら大物を差し置いても、エルドンの『Agneta Nilson』、ワパスーの『Ludwig』とピュルサーの本作は必ず入れます。アメリカのロックにはピュルサーとかぶる作風のバンドはいませんが、イギリスならトラフィックやピンク・フロイドがいます。『Traffic (Second Album)』や『Dark Side of the Moon』を入れるなら『Halloween』も同列かそれ以上に上がります。キング・クリムゾン、イエス、ジェネシスの最高作に並ぶと言ってもいいほどです。もちろんクリムゾンらにはピュルサーなど及びもつかない名作が何枚もありますが、それを言えばピュルサーはフランス最高のバンドとも言えないでしょう。しかし『Halloween』は唯一無二のアルバムとして愛着ひとしおになる魅力が全篇に詰まっています。『Agneta Nilson』や『Ludwig』もそうしたアルバムです。

 メカニカルな意味でのテクニック、楽器の演奏力と表現力は同じではないことを本作はまじまじと感じさせます。エルドンもワパスーもピュルサーも、メンバーの演奏力は他のバンドでは通用しない程度なのは聴くたびに唖然とします。にもかかわらず表現力の豊かさは他のバンドと代えが利きません。それは感受性の豊さと音楽的イマジネーションの広さ・深さを楽器の演奏力の限界以上に表現することに成功しているからで、一応ロック・バンドらしい編成のピュルサーはともかくエルドンとワパスーはロック・バンドと言えるかどうかもあやしい編成なのですが、音楽にはロックならではのセンスが宿っています。さらにこの3組に共通するのは音楽にみなぎる強い陶酔感でしょう。大物バンドは清濁合わせ飲んだ柄の大きさがあり、かえってなかなか純粋に陶酔感を押し出せない良識が働いて耽美性は抑制されています。ピュルサーの他のアルバムでも、ここまで死臭すら漂う陶酔感を湛えた作品はありません。

 これまでにピュルサーのデビュー作『ポーレン』1975と第2作『終着の浜辺』1976を紹介する記事を載せ、現在も活動しているバンド(すでにデビュー48周年、バンド結成からは58年を越えます)の起伏に富んだ歩みはそこでたどってきました。'60年代半ばに学生バンドとして始まったピュルサーは、アマチュア・バンドの例にもれず流行のビート・グループやソウル・ミュージック、サイケデリック・ロックが流行ればサイケと手当たり次第に演奏していましたが、やがてピンク・フロイドから決定的な影響を受けます。また、'70年代以降のマーラーの本格的評価からもロマン主義の飽和点というべき楽想、ドラマティックな構成法などバンドの個性を左右させるほどのアイディアを取り入れます。レコード・デビューは1975年になりましたが、イギリス、ドイツ、イタリアなどのロックの潮流から見ればピュルサーは1970年にはデビューしていても遅くはない音楽性で、逆にフランスのロック・シーンの立ち後れを感じさせます。イギリスやイタリアのロックなら『ハロウィーン』は1972年~1974年発売のアルバムの作風だったでしょう。

 結局それが原因で『ハロウィーン』は順調な売り上げを見せるも、レコード会社から時流に外れた失敗作と見做され、このアルバムを移籍第1弾に3枚契約を結んだはずのピュルサーは『ハロウィーン』きりでCBSから契約を破棄されてしまいます。イギリスのデッカ・レコード配給のキングダム・レーベルからは、ピュルサーの初期2作はレーベルの熱心なプッシュによってイギリス、フランス、ポルトガル盤がリリースされ、3国合計でデビュー作『ポーレン』は20,000枚を売り、第2作『終着の浜辺』は40,000枚を売り上げました。'70年代のヨーロッパ市場では1万枚を超えるセールスはLPレコードではヒット作で、『ハロウィーン』はCBSがまったくプロモーションせずにフランス国内盤とポルトガル盤の合計で25,000枚のセールスを上げましたが、制作時間と制作費を潤沢にかけ、バンドの持ち出し分までかけて完成させたアルバムだったために十分な売り上げとは言えませんでした。CBSレコードはコンサート・ツアーのサポートも拒否したので、バンドは独力で地方都市を数か所まわり、特に人気の高かったポルトガルでは熱狂的に迎えられ、リスボンでは2日間で25,000人(アリーナ級)を動員するコンサートを開きました。これがプロのバンドとしての最後のひと花と言えて、CBSに契約破棄されたピュルサーは時代遅れのプログレッシヴ・ロック・グループとされ新たなレコード契約を結べませんでした。

 ピュルサーはメンバーが就職しアマチュアに戻っても解散しませんでした。アルバム・リストを掲げると、
1975:『ポーレン(花粉)』Pollen (Kingdom Records, U.K.)
1976: 『終着の浜辺』The Strands of the Future (Kingdom Records, U.K.)
1977: 『ハロウィーン』Halloween (CBS Records, Fr.)
1981:『歓迎』 Bienvenue au Conseil d'Administration (Theatre De La Satire, Fr.)
1989: Gerlitz (Musea Records, Fr.)
2007: Memory Ashes (Cypress Music, Fr.)
 と、1981年の『歓迎』以降はムゼア・レコーズの『ゲルリッツ』以外自主制作盤ばかりになりますが、忘れた頃にアルバムをリリースしています。今ではピュルサーのアルバムをもっとも多く再発売、しかも一般流通される国内プレス盤で出したのは日本になるかもしれません。『ハロウィーン』はCBS盤がすぐ廃盤になった後プログレッシヴ・ロックの復刻レーベル、ムゼア・レコーズから1987年に初めてアナログ、CDで再発売され、韓国では2003年に初リリース、日本初発売は2008年になりましたが、ムゼア・レコーズからの輸入盤が地道にロングセラーを続けていました。

(Die HARAKIRI CD "Sorrow In My Dreams", 2000)
 1999年に発足した海賊盤レーベル「Die HARAKIRI」はユーロ・ロックの発掘レーベルでしたが、2000年に300枚限定でオザンナ、アース&ファイアの発掘ライヴとともにピュルサーの1978年1月のフランス国内でのライヴ『Sorrow In My Dreams』を発売しています。1回のコンサートをフル収録した2枚組CDで、ディスク1は『ハロウィーン』全編の完全演奏。ディスク2は『終着の浜辺』のタイトル曲全編から始まり、アルバム未収録曲のアコースティックな小曲が続き、デビュー作『ポーレン』タイトル曲でコンサート本編終了、アンコールがかかってデビュー作から「パズル/オーメン」を演ってコンサートは終了しています。よくまあこんな音源が残っていたもので、音質は万全とは言えず、オフィシャルならもっと他に良好な音質の音源はなかったのかと文句も出ますが、オーディエンス録音のプライヴェート盤なら仕方がありません。内容はこれが公式録音のライヴ・アルバムだったら『ハロウィーン』と並ぶピュルサーの総決算的名作ライヴになったであろう極上の演奏が聴けます。6,500円という価格にかかわらず即座に完売し現在ではめったに市場に出ないコレクターズ・アイテム化していますが、音質的難点があっても貴重きわまりない絶頂期のピュルサーのライヴ音源として、バンド自身による正規リリースが望まれてなりません。

 アルバム『ハロウィーン』は1977年9月1日から5週間合宿して録音されたそうで、ハロウィーンの夜、夢の世界をさまよう少女という『不思議の国のアリス』風なアルバム・コンセプト、さらにジャケット・デザイン(モデルの女性は後にボッス夫人になる)はドラムスのヴィクトール・ボッスのアイディアだそうです。海賊盤『Sorrow In My Dreams』はアルバム完成直後のライヴだけあって瑞々しさのみなぎる演奏で、2008年の音楽誌「ゴールドマイン」のプログレッシヴ・ロック特集号でプログレッシヴ・ロック名盤25選に数えられた『ハロウィーン』の、数少ない全曲演奏でしょう。デビュー作の曲は、アルバムでは『ポーレン』1枚で脱退するフィリップ・ロマンが歌っていましたが、喉を詰めた唱法だったフィリップ・ロマンに代わって第2作からリード・ヴォーカル兼任になったジルベール・ギャンディル(ギター)のヴォーカルでデビュー作の楽曲のライヴ・ヴァージョンを聴いてもピュルサーの音楽にしっくり溶け込み、かえって弱々しい唱法のギャンディのヴォーカルで出来が良くなっているほどです。むしろ英語詞なのに全然英語に聞こえないのがフランスのバンドならではの繊細さを感じさせます。

 ピュルサーの魅力はフレーズは単純ですが多彩な音色のキーボード・アンサンブルと、簡素ながら音色の使い分けが巧みでよく歌う情感溢れるギター、フルートやクラリネットの控えめですが効果的な使用に、ヘヴィなパートでがぜん冴えるドラムスなど聴きどころはきりがありませんが、ほとんど英語に聞こえない英語歌詞(専属のステージ・スタッフに英訳してもらっています)のはかなげなヴォーカルが魅力をいや増しています。ピンク・フロイドもそうでしたが、ピュルサーも喉の強くないヴォーカルをメランコリックなサウンドにうまく乗せることでリスナーの耳に囁きかけるような効果を作り出していました。そしてギャンディのギターとヴォーカルにはデイヴィッド・ギルモアのようなブルース的・アシッド的な響きはまったくありません。メロディーとアンサンブルを大切にした非常に端正で丁寧な作曲・アレンジとヴォーカル、演奏がピュルサーの美点にも限界にもなっています。

 ロックのほとんどはヴォーカルにはマッチョ的で扇情的な威圧感をこめるのが普通で、ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーター、ジェスロ・タル、キング・クリムゾン、ジェネシスなどもマチズモを利用していますし、中性的な声質のリード・ヴォーカルが特徴のイエスでさえ歌唱スタイルはむしろより男性的でした。ヘヴィ・メタルでは男性ヴォーカルの金切り声は一般的なものです。ピュルサーの非マッチョ的なヴォーカルは、バンド自体が独特な繊細さを持ったサウンドであることを考慮してもやはり特異な魅力になっています。またフランスのアーティストにはジプシー音楽に由来するトラディショナルなエキゾチシズムとフォークロアを採り入れた音楽的アイディアが多く見られますが、これは後期ロマン派の音楽の系譜を継ぐピュルサーには見られない特徴です。

 とにかく『ハロウィーン』は冒頭の少女の歌うイギリス民謡「ダニー・ボーイ」から尋常ならざる雰囲気が立ちこめ、メロトロンのたなびきとフルートのアンサンブルに移り、やがてオン・ビートになるとヘヴィなリフへと展開して行きます。この冒頭数分でゾクゾクしてくる必殺の展開です。そのゾクゾクがA面~B面40分続きます。ピュルサーはこの1作だけでも忘れられないバンドとして残るでしょう。現存しているバンドには失礼かもしれませんが、ピュルサーの存在はこのアルバムを作り上げたことに尽きるでしょう。以て瞑すべし、とすら思えます。アカペラの童謡から始まりメロトロンが一触即発を告げる鬼気迫るようなアルバム冒頭から涙のちょちょ切れるはかないヴォーカル・アコースティック・バラード「Sorrow In My Dreams」までお聴きになって、このA面の水準の音楽がB面でも20分展開されます。これはプログレッシヴ・ロック、フレンチ・ロックにとどまらない、夢見るような陶酔感に満ちた幻想的ロック最高の逸品です。最後に1975年のジェノヴァでのライヴ映像と、2020年のプログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルに出演したピュルサーの最新ライヴ映像のリンクを載せておきましょう。特に選曲は主に初期3作からですが、これがオリジナル・メンバーのまま当時結成55年のバンドとは思えない、瑞々しいライヴです。
◎Pulsar Live Geneva 1975 :  

◎Pulsar Live Baja Prog :  


(旧記事を手直しし、再掲載しました。)