ゾンビーズに見るリマスターの是非 | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ゾンビーズ - テル・ハー・ノー (Decca/Parrot, 1964)
ゾンビーズ The Zombies - テル・ハー・ノー Tell Her No (Rod Argent) (Decca/Parrot, 1964) - 2:05 :  


Released by Decca Recrds/Parrot Recrds Parrot 45-PAR 9723 ('7, 45rpm), December 28, 1964 (US♯6), January 1965 (UK♯42)
The Zombies - Tell Her No (MV, US ABC-TV Broadcast "Sindig!", 1965.1.6) :  

The Zombies - Tell Her No (HQ Restored MV, US ABC-TV Broadcast "Sindig!", 1965.1.6) :  

 2010年代だけでも4回来日公演を行っている'60年代からのロック・レジェンド、ゾンビーズについて詳しく書くときりがありませんが、現在はオリジナル・メンバー中コリン・ブランストーン(ヴォーカル)、ロッド・アージェント(キーボード)が新メンバーを補填して現役活動しているゾンビーズは1964年のデビューから1968年に解散するまで実力やヒット実績に対してアルバム制作に恵まれなかったバンドで、アージェントとクリス・ホワイト(ベース)と二人も強力な楽曲が書けるメンバーがいた上に、伸びやかで甘い声質ながら本格的なR&B曲も歌いこなすブランストーンのヴォーカルの魅力、ポール・アトキンソン(ギター)、ヒュー・グランディー(ドラムス)の全員が洗練されたアレンジ力と演奏力を備えたグループでした。'60年代のオリジナル・アルバムは内容が重なる(どちらもデビュー・アルバムですがシングルAB面を中心にしたアメリカ盤に対して、イギリス盤ではシングル曲を含まずR&B曲を中心にして半数の収録曲が異なる)アメリカ編集盤『The Zombies』(Parrot, 1965.1)とイギリス盤『Begin Here』(Decca, 1965.4)、完成と本来発売予定から半年遅れてリリースされた『Odessey and Oracle』(CBS, 1968.4)しかありません。デビュー・アルバムがイギリスよりアメリカ編集盤の方が先行しているのは、ゾンビーズの人気やチャート実績はイギリス本国よりアメリカでの方が高かったためで、デビュー・シングル「She's Not There」(Decca/Parrot, 1964.7)は全英12位に対して全米チャートでは2位(ビルボード)、1位(キャッシュボックス)の特大ヒットとなり、セカンド・シングル「Leave Me Be」(Decca/Parrot, 1964.10)は英米でもチャートインを逃すも、サード・シングル「Tell Her No」は全米6位のビッグヒットになりました。もっとも全米6位の「Tell Her No」でさえイギリス本国では42位が最高位だったので、ゾンビーズはデビュー・アルバム以降の1965年に5枚、1966年に4枚、1967年には3枚のシングルを発表するもアメリカですらトップ40やトップ100圏外に凋落してしまいます。CBSレコーズに移籍して制作され、今日でこそ名盤の誉れ高い『Odessey and Oracle』はアメリカ発売を見送られそうになるも、敏腕ミュージシャン&プロデューサーのアル・クーパーが強力に推してアメリカ発売にこぎつけ、クーパーの推挽で先行シングル・カットされた「ふたりのシーズン (Time of the Season)」(CBS/Date, 1968.3)は全米1位の特大ヒット(しかしイギリス本国ではアルバム『オデッセイ~』ともどもノー・チャート)になりました。しかしオリジナル・ゾンビーズは『Odessey~』制作時には1965年~1967年までの売り上げ不振から解散とアージェント、ホワイト以外のメンバーが音楽界からの引退を決めており、1968年には最後の特大ヒット曲「ふたりのシーン」を含む2曲のシングル・カット曲と再発売シングル「好きさ好きさ好きさ (I Love You)」1枚の3枚、1968年にはレコード会社の慰留からアージェントとホワイトが残ってレコーディングした新曲のシングル2枚が発売されたきりで(この時期に制作途中で終わり大半が未発表曲になった未完成アルバムがあり、のちに編集盤『Time of the Zombies』1973を経てCD4枚組のコンプリート・ボックスセット『Zombie Heaven』1997に『The Lost Album』としてまとめられ、2000年に単体アルバムとしてリリースされた『R.I.P.』があります)、ロッド・アージェントは新バンド「アージェント」、ホワイトはアージェントのブレインと楽曲提供(「好きさ好きさ好きさ」の作者でもあるホワイトは、またアージェント1972年の全米5位・全英5位の最大のヒット曲「Hold Your Head Up」も提供しています)に回りました。現在では『Odessey and Oracle』は'60年代ロックの名盤として、ビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』(Capitol, 1966)やラヴの『Forever Changes』(Elektra, 1967)に並ぶ絶大な評価を得て、新たなリスナーに聴き継がれています。

 世界的にはゾンビーズの三大ヒット曲は「She's Not There」「Tell Her No」「Time of the Season」の3曲になるでしょう。しかし日本では「好きさ好きさ好きさ」と「ふたりのシーズン」が二大ヒット曲になるので、「好きさ好きさ好きさ」(原題通りのタイトルと英語詞で実力派GSのアウト・キャストが1967年11月の唯一のアルバム『君も僕も友達になろう』でカヴァーしましたが)は漣健児の訳詞で若手GSのカーナビーツのデビュー・シングルになり(1967年6月)、16歳のドラマー兼ヴォーカリストのアイ高野が自ら考案したブレイク部分の決めポーズとともに公称150万枚、または実売120万枚とも言われる大ヒット曲になりました。1968年にゾンビーズのオリジナル盤シングルがA面曲として再発売(1965年の初発表時はB面で、まったくの無名曲でした)されたのはアメリカのバンド、ピープルが1968年5月にヴァニラ・ファッジ風にアレンジして全米最高位14位につけたカヴァー・ヒットと、日本のカーナビーツ版の特大ヒットによるものです。再結成ゾンビーズが2010年代に4回もの来日公演が実現しているのも、アルバム『Odessey and Oracle』の絶大な再評価で今なお新たなリスナーを獲得しているとともに、「好きさ好きさ好きさ」と「ふたりのシーズン」の二大ヒット曲(この両曲はカーナビーツのデビュー・シングルとラスト・レコーディング曲になりました)を持つ強みゆえでしょう。ただし鮮烈なデビュー・ヒット「She's Not There」はまだしも、「Tell Her No」はアメリカでの大ヒット実績の割には日本ではあまりゾンビーズの代表曲に上がらない曲です。しかし「Tell Her No」リリース前後のゾンビーズの人気はすさまじく、1964年10月下旬から11月下旬には32公演のライヴ、2回のテレビ出演を一か月の間にこなしています。1997年リリースの'60年代ゾンビーズ音源をすべて収めたボックスセット『Zombie Heaven』のブックレットは1962年~1969年のゾンビーズ完全年表を掲載していますが、一例としてその1964年10月下旬から11月下旬の年表を上げましょう。よくまあこんな過密スケジュールで「Tell Her No」ほどの名曲の作曲・アレンジをものせたものです。
 この「Tell Her No」をフェヴァリット・シングルNo.1に上げたのが山下達郎氏で、1980年代初頭のNHK-FMの深夜番組「サウンド・ストリート」で渋谷陽一氏がDJの曜日でしたが、ゲストに招かれた山下氏が自ら持参して同曲を「生涯のNo.1シングル」に上げたのには、当時いち高校生リスナーだった筆者にも一本取られた気がしました。普段フィル・スペクターのフィレス・レーベルとビーチ・ボーイズ、ラヴィン・スプーンフルやラスカルズをフェヴァリットに上げる、山下氏の選曲ならではの重みです。オルガンやギターのソロもなく、2分5秒で完璧なポップ・ロックを体現した「Tell Her No」は、ゾンビーズのヒット曲でもオルガン・ソロの見事な「She's Not There」や「Time of the Season」、日本で独自ヒットしたのも納得の日本人好みの短調の曲「I Love You」よりも独創性や音楽的な純度の高さでは突出した楽曲で、アレンジも完璧です。この曲はレコード音源にリップ・シンク(当て振り)をした、1965年1月6日放映のアメリカのテレビ番組「Sindig!」出演映像(音源はレコードと同じ)がありますが、さてようやく本題にたどり着きました。

 この曲の作者はオルガン奏者のロッド・アージェントですが、キモになっているのはボサ・ノヴァとエイト・ビートを折衷したリズムと、イントロやアウトロで聴ける洒落たギターのコード・カッティングでしょう。アージェントはこの曲を全米ツアーで共演したディオンヌ・ワーウィックのバート・バカラックの作風に影響されて「ボサ・ノヴァ的なバカラック風のコードを取り入れよう」として書いたそうで(1997年のボックスセット『Zombie Heaven』ブックレット解説)、曲の調性はホ長調ですが、通常ボサ・ノヴァではメジャー7thのコードが多用されるところを(アージェントは電気ピアノを弾き、全編でメジャー7thコードを弾いています)、このイントロやアウトロでのギターの動きはホ長調に対する三度のト長調で、基調のホ長調に対して6度に当たる移動ラ音(Major 6)をトップ・ノートにしているのがジャズ的な洗練と爽やかで切ない響きを奏でています。ト長調に対するトップノートの移動ラ音はト長調に対しては全音階では2度で、基調のホ長調に対しては6度であることでベタなボサ・ノヴァでもブルース音階になりそうでならない、実質的に基調のホ長調を分母にIV度のイ長調が重なり分数コードになっている(しかも電気ピアノの7thと全音階で衝突する破格の!)微妙なニュアンスがあり、作曲者アージェントの作曲力とギタリストのアトキンソンのアレンジ・センスがうかがえます。山下達郎氏が生涯のNo.1フェヴァリット曲に上げたのもこの曲の洗練された完成度と独創性なフュージョン性ゆえでしょう。それだけに、ギターの弾くコードのトップノート(高音部)がくっきり聴こえるのと、そうでなく中音域に塊まった(高音部の埋もれた)コードに聴こえるのではまるで印象が違います。もっともアージェントはのちにこの「Tell Her No」をデル・シャノンがバカラック風にカヴァーしたヴァージョンを聴き、「しまった、大失敗だった!」とクリス・ホワイトに打ち明けたそうで(前出『Zombie Heaven』ブックレット)、アージェントのバカラック解釈の勘違いが偶然独創的な作曲とアレンジになった、という面白い裏話があります。ロッド・アージェントのライヴァルと言えるアラン・プライス(アニマルズ)は正統派R&B系オルガン奏者でアージェントのような試みはなく、マンフレッド・マン(マンフレッド・マン)と言えば完璧にバカラックの楽曲をこなしたオルガン奏者でしたから、なおのこと(勘違いから生まれたとしても)ゾンビーズの独創性は光ります。また、'60年代半ばのエレクトリック・オルガンはファルファッサ社やヴォックス社製が主流で、ジャズではすでに使われていたアメリカ製のハモンドB-IIIオルガンはあまりに高価かつ重量が重いためロックで普及するのは'60年代後半になりますが、'70年代には標準となった渦巻くような巨大アンプ・レスリー・スピーカー搭載のブーミーなサウンドのハモンド社製オルガンと違って倍音の少ないファルファッサ社やヴォックス社のエレクトリック・オルガン(電気ピアノにプリセットするのも可能)はシンプルな響きに長所があり、ゾンビーズのロッド・アージェントの弾くオルガン(電気ピアノ)には音圧の強いハモンド・オルガンにはない良さがあります。またこの曲のデル・シャノン・ヴァージョン(全米90位)はあまり聴かれていないので、バカラック風のメジャー7thコードを多用したデル・シャノン版も併せて聴きたいものです。
◎Del Shannon - Tell Her No (Island Records, 1975) - 2:58 :  

 そこでゾンビーズ版に戻ってアメリカのテレビ番組「シンディグ!」の映像を見ると、YouTubeでは特にリマスター(レストア)されていないミュージック・クリップとHQレストアされたリマスター版ミュージック・クリップの、映像ソース自体は同一の二種類のミュージック・クリップが観られます。どちらも映像ソース自体が同一なら、もともとレコード音源が使用されリップ・シンク(当て振り)されたテレビ出演映像ですが、元々のストレートなテレビ出演映像と、映像のHQ(ハイ・クオリティー)レストアがされたHQヴァージョンではまるでサウンドの響きが異なってしまっているのに気づきます。この場合サウンドはあくまでレコード音源なのですが、映像をリマスター(HQレストア)した結果、「Tell Her No」のキモと言うべきギターの洒落て切ない高音域がマスキングされてしまい、中音域に団子状に固まったサウンド・バランスになってしまって、全体的、特にギターの高音域が潰れたリマスターになってしまったのが、特にプロフェッショナルではないリスナーの耳でさえも明らかです。

 楽曲と基本的なアレンジ、ゾンビーズの演奏力・表現力が素晴らしいので、このHQレストア版ミュージック・クリップでも「Tell Her No」が突出した名曲なのは十分伝わります。しかし本来この曲はさり気なく凝ったギターのコードワークにあり、それはレストア以前の、レコード音源そのままのサウンド・バランスの方がはっきり真価を伝えています。この場合は映像を優先したためにHQレストアに伴った事態ですが、リマスター必ずしも本来のオリジナル・ヴァージョンの素晴らしさを伝えるとは限らない見本でもあります。かつての名盤の数々は1990年代以降優れたリマスター版でCD化それていますが、オリジナル盤と同等かそれ以上に優秀なエンジニアと監修プロデューサーあってこそ従来版のアナログLP用旧規格マスターより、オリジナル盤の骨太で鮮明なサウンドを復原できるので、かえってなまなかな新作録音よりデリケートかつ耳の優れた復刻スタッフの力量が問われます。ゾンビーズのオリジナル・ギタリスト、ポール・ワトキンスンは2004年に亡くなりましたが、ソロなど取らずコードワークだけでも楽曲の根幹を支える素晴らしいギタリストでした。リップ・シンク(当て振り)ながら、ワトキンスンさんの雄姿をご覧ください。誠実なゾンビーズのメンバーはレコード音源のリップ・シンク(当て振り)でも手抜きのない演奏映像を披露しています。そしてワトキンスンさんのプレイは、レストア前のテレビ出演映像のレコード音源、なおのことテレビ出演の原盤となったレコード音源でこそ際立っていると言えます。