ピアノ・トリオのサン・ラ!ゴッド・イズ・モア・ザン・ラヴ (El Saturn, 1979) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - ゴッド・イズ・モア・ザン・ラヴ・キャン・エヴァー・ビー (El Saturn, 1979)サン・ラ Sun Ra - ゴッド・イズ・モア・ザン・ラヴ・キャン・エヴァー・ビー God Is More Than Love Can Ever Be (El Saturn, 1979) :  

Recorded at Variety Studios, NYC, July 25, 1979
Released by El Saturn Records 72579, 1979 also released as "Days Of Happiness".
All composed and arranged by Sun Ra
(Side A)
A1. Days Of Happiness - 7:29
A2. Magic City Blues - 4:50
A3. Tenderness - 8:36
(Side B)
B1. Blithe Spirit Dance - 10:37
B2. God Is More Than Love Can Ever Be - 6:52
[ Sun Ra Trio ]
Sun Ra - piano
Hayes Burnett - bass
Samarai Celestial - drums 

(Original El Saturn "God Is More Than Love Can Ever Be" LP Liner Cover & Side A Label)
 何とサン・ラのピアノ・トリオ・アルバム、しかもとびきり素晴らしい!全国に今どのくらいジャズ喫茶が残っているかはわかりませんが『Live at Montreux』や『Cosmos』、『Solo Piano Vol.1』や『Unity』にも増してこれこそは、と常備していただきたいのが、サン・ラの重症マニア以外には全然知名度のない本作です。なんとサン・ラが、1914年生まれのサン・ラが、1933年レコード・デビューのサン・ラが、アーケストラのデビューからも24年目で御年65歳のサン・ラが、前年初のソロ・ピアノ作品(『Solo Piano Vol.1』)に続いて初の完全ピアノ・トリオ作品を制作したのです。ドラムスとのデュオ、テナーとドラムスとのトリオ曲はこれまでのアルバムにもたまにアクセント的に入っていましたが、これまでデュオもしくはトリオの場合サン・ラはオルガンや電子キーボード(シンセサイザー含む)を使っており、なのに今回はアコースティック・ピアノにアコースティック・ベース(しかも音色からしてガット弦)、ドラムスと、まるでジャズ・ピアニストのようなピアノ・トリオ作品を作ってしまいました。これでスタンダード曲も混ぜていればなおキャッチーですが、オリジナル曲ばかりと言ってもブルースとどこかで聴いたことのあるような曲(しかも十分かっこいい曲)ばかりなので心配ありません。オーソドックスなピアノ・トリオでありながら、軽快なオープニング曲から8ビートを通過したコンテンポラリー・ジャズ色も感じられます。ジャズの輸入・中古専門店のフロアでこれが流れたら「プレイ中」の掲示板前にお客さん殺到必至でしょう。ええっこれがサン・ラ!?とたちまちその場でサン・ラのアルバム在庫の奪いあいが始まり、まだ値つけ前ですという店員にお客さんたちが「10万でも出す!」15万、20万とたちまち軽く30万円くらいまでは競りあいになり、「店長確認がないと」「ひいきのお客さまの取り置きです」とすげない店員に全員悶死の図が見える気がします。

 偉大なバンドリーダー、デューク・エリントン(1899-1974)の人気アルバムに唯一のピアノ・トリオ作品『Money Jungle』1962があり、チャールズ・ミンガスがベース、マックス・ローチがドラムスという悶絶盤でしたが、本作はエリントンの同作を連想させます。エリントンの系譜はセロニアス・モンクやセシル・テイラーに発展的に継承されたと言えるものですが、そのためモンクやテイラー以降のピアニストはモンクとテイラーを意識せずにエリントンから学ぶのが難しくなってしまったのも事実でしょう。しかしサン・ラはモンクより4歳年上であるばかりか、レコード・デビューは11年早いという人です。本来ならビッグバンドのリーダーがピアノ・トリオのアルバムを作る必要などないはずですが、ジャズ・ピアニストならピアノ・トリオ作品を聴かせてほしい、というリクエストにホイホイと応えたのがエリントンの『Money Jungle』で、CD化のためにマスターテープが精査されたら未発表テイク(曲)がLPもう1枚分あったことでも呆れる痛快作でした。エリントンの正統的後継者、サン・ラの本作もそんな感じです。これがターンテーブルから流れたら、あまりの凄さに会話禁止のジャズ喫茶でも騒然となり失禁者続出かもしれません。

 エリントンの『Money Jungle』と違って本作のベースとドラムスはまったく無名のプレイヤーで、これまでのアーケストラにも参加していない新顔です。アーケストラのような特殊なバンドではテクニック以上の適性が必要ですが、このトリオはベーシストとドラマーの貢献度も高く、新曲ばかりにもかかわらずおそらくリハーサルも楽譜もなく一発録りしたと思われるセッションで見事に一体化したトリオ演奏を聴かせてくれます。サン・ラのピアノは'20年代ジャズのストライド奏法から'30年代のブギウギ奏法、'40~50年代のバップ奏法、'60年代のモード/フリー奏法まで何でもござれで、ジャズ・ピアノ60年の歴史をまるごとぶちこんだものですが、20代の気鋭ピアニストと言っても通るような本作のみずみずしさは何と言ったらいいのでしょう。1979年というとサン・ラより30歳年下のキース・ジャレットがスタンダード曲を演奏するレギュラー・トリオで話題を呼び、キース・ジャレット・トリオは来日のたび今上天皇ご夫妻の御前公演になるそうですが、サン・ラの場合はジャズ・ピアノの歴史を生きてきた、作ってきた人ならではの強烈な一貫性があるのです。それなしで多彩な技法のみのパッチワークではフランケンシュタインまがいの継ぎはぎジャズにしかなりません。しかも本作には、初めてピアノ・トリオ作品を吹きこむ新人ピアニストのデビュー作のようなはつらつとした若々しさもあるのです。

 本作は一見ノリノリのオーソドックスなピアノ・トリオに見えて実は相当な代物で、前記の通りあらかじめ準備してあった曲などなかったと推定されます。たぶん曲ごとにサン・ラが12小節か16小節弾いて調性、モチーフとテンポ、リズム・パターンをベーシストとドラマーに指示し、一気呵成に録音したものでしょう。キャッチーな6/8のワルツ・テンポにスウィングするA1、サン・ラの生地バーミングハムのキャッチフレーズ「Magic City」をタイトルにしたミドル・テンポ・ブルースのA2、バラードのA3と来て、再びノリノリのB1、再びワルツ・テンポのアルバム・タイトル曲B2と、おそらくこの順に録音も進められたと思われる自然な流れの良さがあります。全曲オリジナル新曲なのにリハーサルらしいリハーサルもなかったためかピアノ・トリオとしてはピアノによるベース・ノートやコードの提示、テーマのデュアル・ラインがやや過剰で、ベーシストとドラマーもともに優秀ですが、ベースのオクターヴやルート・5度の多用、ドラムスの手数過剰にレギュラー・メンバーではない1テイク録音の性急さが見られます。しかしそれも本作の勢いと見れば魅力の一部であり、ジャズはピアノ・トリオが一番好きというような一部の偏向したジャズ・リスナーにはなおのこと絶大なアピール力のある作品です。ここでのサン・ラはハービー・ハンコックやチック・コリア、キース・ジャレットそこのけの超モダーンな技法を軽々こなしながら音楽性は明快そのもののメインストリーム・ジャズで、モンクやセシル・テイラーばりのトーン・クラスターが炸裂しても、ビル・エヴァンスやポール・ブレイさながらの変則ヴォイシングが揺れても、心地よくポップにすら聴こえます。ピアノの全音域とペダル効果をしっかりとらえ、ベースを太く、ドラムスを歯切れ良く分離良くとらえた録音も優秀です。知られざるピアノ・トリオ・アルバムの名盤と言っても過大評価にはならないでしょう。ただし本作からサン・ラに入っても、この路線は他にソロ・ピアノ作品が数作あるだけなのです。しかも極上の内容にして誰も見向きもしないようなこのジャケット。これだからサン・ラのアルバムはご紹介しがいがあるのです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)