サン・ラ - コスミック・トーンズ・オブ・メンタル・セラピー (El Saturn, 1967)サン・ラ Sun Ra and his Myth Science Arkestra - コスミック・トーンズ・オブ・メンタル・セラピー Cosmic Tones for Mental Therapy (Saturn, 1967) :
Released by El Saturn Records SR408, 1967
All songs by Sun Ra
(Side A)
A1. And Otherness - 5:10
Sun Ra - clavioline, cosmic side drums
Bernard Pettaway - bass trombone
Marshall Allen - oboe
John Gilmore - bass clarinet
Robert Cummings - bass clarinet
Pat Patrick - electric bass
Danny Davis - flute
James Jacson - flute, log drums
Tommy Hunter - percussion
Clifford Jarvis - percussion
A2. Thither and Yon - 4:01
Marshall Allen - oboe
John Gilmore - sky tone drums
Robert Cummings - bass clarinet
Danny Davis - flute
Pat Patrick - flute
Ronnie Boykins - bass
James Jacson - log drums, flute
Clifford Jarvis - percussion
Tommy Hunter - percussion
A3. Adventure-Equation - 8:26
Sun Ra - Hammond B-3 organ
Marshall Allen - astro space drums
John Gilmore - bass clarinet, sky drums
James Jacson - log drums
Ronnie Boykins - bass, reverb
(Side B)
B1. Moon Dance - 6:34
Sun Ra - astro space organ (Hammond B-3)
Ronnie Boykins - bass
Clifford Jarvis - drums
B2. Voice of Space - 7:42
Sun Ra - astro space organ
Danny Davis - alto saxophone
Ronnie Boykins - bass
John Gilmore - sky tone drums
James Jacson - log drums
Clifford Jarvis - drums
Tommy Hunter - reverb
(CD Bonus Track)
6. Twilight (previously unreleased) - 2:03
[ Sun Ra and his Myth Science Arkestra ]
(Collective Personnel)
Sun Ra - astro space organ (Hammond B-3 organ), clavioline, percussion
Marshall Allen - oboe, astro space drums
Danny Davis - alto saxophone, flute
John Gilmore - bass clarinet, percussion, sky tone drums
Bernard Pettaway (possibly) - bass trombone
Pat Patrick - electric bass
Robert Cummings - bass clarinet
Ronnie Boykins - bass, reverb
Clifford Jarvis - drums
James Jacson - log drums, flute
Tommy Hunter - percussion, reverb
Arkestra members - Ensemble vocals
毎度つたないご紹介の作文で芸がありませんが、直訳すれば『精神療法のための宇宙音響』とタイトルされた本作は先立つ会心作『Secrets of the Sun』、前作の傑作『When Sun Comes Out』に続いてサン・ラの名盤がまた出た、と息を飲む快作です。B1「Moon Dance」だけでもぶっ飛ぶこのアルバム、サン・ラもすごいですが世界のサン・ラ・マニアの近年の研究もすごいとため息が出ます。他社との契約もほとんどなく自主レーベルのサターン・レコーズ用に録音していた'50~'60年代のサン・ラ作品は制作から発売までのスケジュールも行き当たりばったりでライナーノーツがないのは当たり前、録音データどころか参加メンバーの記載さえ信用できたものではありませんでした。'70年代に入ってメジャーにしろインディー・レーベルにしろ他社へ録音するようになると契約上ビジネス上の記録として録音データも必ず残りますが、かつてのサターン作品はストック録音から思い出したようにリリースされるのが常で、録音メンバーも本人たちすら把握していないのが日常茶飯事だったようです。良くてもアルバム収録当時のメンバーを全員まとめて載せてしまう(Collective Personnel)というやり方で、これでは眼光紙背に徹してアルバムを聴かなければわかりません。このシリーズでもそうしてきました。しかし今回はさすがにお手上げで(特にA1, A2)、海外サイトによる調査を楽曲ごとに記しました。よくここまでメンバーと担当楽器を特定できたものです。
全5曲、同一編成による演奏がなく、B2の1ホーン、3ドラムス・エフェクト専任者入りのオルガン・セプテット、B1のオルガン・トリオなどはまだしも『Art Form of Dimentions Tomorrow』以来の傾向で済みますが、『Secrets of the Sun』『When Sun Comes Out』と傑作を連発していたこの時期にはっきり変化があったのは、リズム・セクションをバックにソロイストがアドリブを応酬するという従来のジャズの演奏フォーマットからの逸脱を『Art Forms~』の数曲で実験して以来(その時はリズム・セクションのみの演奏の実験でしたが)、パーカッションの増員やヴォイスの導入ばかりかホーン・プレイヤーにもアドリブ・ソロではなく(当然ホーン・リフではなく)リズム・セクション主体の演奏にパーカッシヴな効果を狙ったインプロヴィゼーションを要求する、というかたちで表れました。その結果フルートやサックスにしろ明確なソロ・パートがなくなって楽器編成が予測できず、音色やフレーズもソロイらしいくっきりしたものではなく浮かんでは消えていくような効果音的なものになります。これはギル・エヴァンズがアレンジャーだった'40年代のクロード・ソーンヒル・オーケストラやギル・エヴァンズからノウハウを借りたマイルス・デイヴィスの『Birth of Cool』に発想の前例はありますが、ソーンヒル楽団やマイルスは洗練された品の良いサウンドでした。サン・ラの場合は真っ黒で、方法は似ていても目的と作り出されたものはまったく別物です。
しかもアーケストラは創設以来マーシャル・アレン(アルトサックス)、ジョン・ギルモア(テナーサックス)、パット・パトリック(バリトンサックス)をお抱えサックス奏者にしていましたが、1963年に17歳で加入したダニー・デイヴィス(アルトサックス)を含めて、本作のサックス陣はアレンはフルートとオーボエ兼任、ギルモアはクラリネットとバスクラリネット兼任、パトリックはフルートとエレキベース兼任、デイヴィスはフルート兼任というフルート・アンサンブル中心の変則的編成で、さらに全員がパーカッションとヴォイス・コーラス要員でした。これでは重複する楽器の場合、組み合わせから担当メンバーを割り出すしかありません。さらに1曲の中で楽器の持ち替えをやられた日には一聴して判別がつくようなものではなく、今回は曲ごとにパーソネルをつけましたが(孫引きですが)どれほど異様な編成かおわかりいただけるでしょうか。本作はレギュラーのサックス4人衆、ベースのボイキンス、ドラムスのジャーヴィス、専属録音係とパーカッション・音響操作のトミー・ハンター(メンバーに専属ミキサーを擁したバンドなどジャズに限らず他には当時考えられませんでした)以外にもトロンボーン、バスクラリネット、パーカッション&フルートの臨時メンバーの増員があります。またA1、A2ではアレン初のオーボエ演奏が聴けて、ギルモアがテナーサックスのソロイストとして傑出していたためアレンはアルトよりもフルートでフィーチャーされる機会が多かったのですが、ついにオーボエまで守備範囲にしたのもサン・ラの命令が下ったのでしょう。
さらに驚くべきはそのA1、A2はいつもの無料練習場の公共施設体育館コレオグラファーズ・ワークショップ録音、つまりスタジオ録音で、ここのスタジオには立派なピアノがあったのですが、今回のA1はサン・ラは少しだけクラヴィオーヌ(電気ストリングス・オルガン)で主にパーカッションのみ、A2に至っては演奏に参加しておらず、作曲と指揮・音楽監督に徹しています。この実験的なスタジオ録音2曲は後からA3、B1、B2に合うテイクを録音したか探してきたのではないかと思われます。またはその逆かもしれません。というのはA3、B1、B2はアルバムではA1、A2と対照をなし、ブルックリンのティップ・トップ・クラブで朝の10時から行われたライヴ録音なのです。本職はドラマーのトミー・ハンターは当時同クラブの箱バンだったサラ・マクロウラー・トリオに兼業参加しており、このバンドは当時流行のいわゆるオルガン・トリオだったらしくクラブには重量250kgもの超重量級電気オルガンの名器、ハモンドB3オルガンが備えつけてありました。A3、B1、B2でサン・ラのハモンドB3オルガン・プレイが聴けるのはそのおかげで、特にオルガン・トリオだけのB1「Moon Dance」は絶品の1曲で、オルガン・トリオが再評価された後にはオルガン・ジャズ・ファンクの古典と言えるテイクになっています。
早朝からのクラブ録音は当然観客入りのライヴ収録が目的ではなく、たまたまハンターが便宜を取りつけてきたのとハモンドB3オルガンが使えたことから(ハモンドB3オルガンは当時の価格で2万ドル、日本円で200万円以上する高価な楽器でした)、録音エンジニアとしてハンターが無人のクラブ録音の音響効果に着目してサン・ラに進言したものだったようです。こうして身近なアイディアからいろいろ工夫できるのがインディー出身でほぼ生涯インディーのジャズマンであり続けたサン・ラとサン・ラ・アーケストラらしい点で、メジャーのマス・プロダクションでは思いつきでリスキーな試みのレコーディングなどはまず不可能なのを思い合わせると、サン・ラのインディー活動は経済的制約より創作的自由のもたらすメリットの方が大きかったといえます。
クラブ録音は観客の出入り自由で行われたそうですから無料開放していたのでしょう。ライヴ出演のブッキングがクラブと結べたかどうかはともかく、満席の観客が入って音響的にデッドになった状態よりも空っぽのクラブの残響効果を狙った録音なのがわかります。電気的なエフェクト処理なしにハンター発明のイヤホン改造マイクのセッティングだけでこの深いリヴァーブがバンド全体にかかった録音には驚嘆します。出入り自由とはいえ朝の10時ですから近所の子どもたちが面白半分に遊びに覗きに来た程度だったそうですが、ハンターによれば演奏中ずっとガキどもは "These guys don't know how to play!"(「デタラメじゃん!」というところでしょうか)と騒いでいたといいます。アルバム全体の出来も素晴らしいものですが、この調子でクラブ録音だけで全編制作か、またはスタジオ録音で1枚、ライヴ録音で1枚ずつ作られていたらもっと良かったのではないかと思わされるアルバムでもあります。これまでも1曲のみライヴというアルバムはありましたが、過半がライヴ録音のアルバムはアーケストラ史上本作が初なのです。アルバム・タイトルを「メンタル・セラピーのための宇宙音響」とするセンスとともに、サン・ラがいかに音楽的発想において先駆的だったか、どれほど驚嘆してもし足りないアルバムです。
(旧記事を手直しし、再掲載しました。)