サン・ラ - ヴィジット・プラネット・アース (Saturn, 1966) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - ヴィジット・プラネット・アース (Saturn, 1966)
サン・ラ Sun Ra - サン・ラ・アーケストラ・ヴィジット・プラネット・アース Sun Ra And His Solar Arkestra Featuring John Gilmore, Pat Patrick, Charles Davis Visits Planet Earth (Saturn, 1966) :  

Recorded at the Balkan Studio, Chicago, November 1, 1956 (a), and recorded at Rehearsals, late 1957 or 1958 (b)
Released by Saturn Records LP No. 9956-11, 1966
All songs by Sun Ra unless otherwise noted.
(Side A)
A1. Planet Earth (b) - 4:54
A2. Eve (b) - 5:35
A3. Overtones of China (b) - 4:21
(Side B)
B1. Reflections in Blue (a) - 5:55
B2. Two Tones (Patrick, Davis) (a) - 3:36
B3. El Viktor (a) - 2:28
B4. Saturn (a) - 3:55
[ Sun Ra and his Solar Arkestra Featuring John Gilmore, Pat Patrick, Charles Davis ]
Sun Ra - Wurlitzer electric piano, piano, percussion (a) (b)
Art Hoyle - trumpet (a)
Lucious Randolph - trumpet (b)
John Avant or Julian Priester - trombone (a)
Nate Pryor - trombone (b)
James Spaulding - alto saxophone (b)
Marshall Allen - alto saxophone, flute (b)
Pat Patrick - baritone saxophone, tenor saxophone, alto saxophone, 'Space Lute', percussion (a) (b)
John Gilmore - tenor saxophone (a) (b)
Charles Davis - baritone saxophone (a) (b)
Victor Sproles - bass (a)
Ronnie Boykins - bass (b)
William Cochran - drums (a)
Robert Barry - drums (b)
Jim Herndon - Tympani, timbales (a) (b) 

(Original Saturn "Visit Planet Earth" Liner Cover & Side A Red Label)
 このいかれたジャケット・アートを前にすれば、「これは聴かねば」と思う人と「こんな物聴きたくもないな」と思うリスナーは真っ二つに分かれるでしょう。録音から8年を経て発表された本作はシカゴ出身の宇宙人(土星人)ジャズマン、サン・ラ(1914-1993)がいよいよ「宇宙ジャズ」に乗り出した代表作と言えますが、本作(ストレンジなジャケット・アートもサン・ラ自身が手がけています)のご紹介に入る前に、ニューヨークに拠点を移す前の、シカゴ時代のサン・ラ・アーケストラのアルバム一覧をもう一度掲載しておきます。録音年と発売年の開きにご注意ください。
1. Jazz by Sun Ra, Volume 1 (Transition, rec.1656/rel.1957)
2. Super-Sonic Jazz (El Saturn, rec.1956/rel.1957)
3. Sound of Joy (Delmark, rec.1956/rel.1968)
4. Visits Planet Earth (El Saturn, rec.1956-58/rel.1966)
5. The Nubians of Plutonia (El Saturn, rec.1958-59/rel.1966)
6. Jazz in Silhouette (El Saturn, rec.& rel.1959)
7. Sound Sun Pleasure!! (El Saturn, rec.1959/rel.1970)
8. Interstellar Low Ways (El Saturn, rec.1959-60/rel.1966)
9. Fate In A Pleasant Mood (El Saturn, rec.1960/rel.1965)
10. Holiday For Soul Dance (El Saturn, rec.1960/rel.1970)
11. Angels and Demons at Play (El Saturn, rec.1956-60/rel.1965)
12. We Travel The Space Ways (El Saturn, rec.1956-61/rel.1967)
13. The Futuristic Sounds of Sun Ra (Savoy, rec.1961/rel.1962)

 ここまでの13枚のうちすぐ発売されたのは1、2、6、13の4枚しかありません。他のアルバムはすべて1965年以降の発売になっています。もっとも1956年~1961年にかけて4枚、そのうちニューアーク録音で初のニューヨーク公演と同年発売になった13を過渡期のアルバムとすれば1957年~1959年に3枚発売されたのですから、1961年までシカゴとその近郊以外に出なかったバンドとしてはそこそこで、完成済みなのに発売未定のアルバム制作がこれほどあった方が異例ともいえます。実は今回のアルバム4.『Visit Planet Earth』は、1.『Jazz by Sun Ra, Volume 1』に続いてトランジション・レーベルに録音した『Jazz by Sun Ra, Volume 2』がレーベル倒産によって発売未定になったため、1と3の2作は後の1968年にデルマーク・レーベルに売却され、1は『Sun Song』と改題、3は全曲1956年11月1日録音の『~Volume 2』を『Sound of Joy』と改題し(ヴォーカル曲2曲は省く)前回ご紹介した、
Sun Ra and the Arkestra - Sound of Joy
(Side A)
A1. El is a Sound of Joy - 4:04
●A2. Overtones of China - 3:25
◎A3. Two Tones - 3:41
A4. Paradise - 4:30
●A5. Planet Earth - 4:24
(Side B)
B1. Ankh - 6:31
◎B2. Saturn - 4:01
◎B3. Reflections in Blue - 6:21
◎B4. El Viktor - 2:33

 としてまとめられていましたが、◎の4曲は『Sound of Joy』収録テイクをそのまま流用して本作『Visit Planet Earth』B面に再収録されており、発売年から言えばサン・ラ自身がマネジメントのアルトン・エイブラハムと設立した自主制作インディー・レーベルのサターン盤『Visit Planet Earth』の方が早かったことになります。厄介なのは本作『Visit Planet Earth』A面で、●の2曲と初出曲「Eve」の計3曲を収めますが、●の2曲は明らかに『Sound of Joy』の同曲とは別テイクで、A面3曲はメンバーの半数が入れ替わった1957年後半~1958年の録音らしいのです。サン・ラの場合完全な自主制作録音ゆえに他のジャズマンのように正確なデータが特定できないので、弱小インディー・レーベルの無名作品でレーベルの記録が消滅していてもレコードやジャケットのプレス工場や録音スタジオに取引証明書から録音年月日の調査特定が可能なのですが、サン・ラは古い借家を社員寮にして思い立ったら録音していたらしく、またレコード・プレスも外部記録が残っていないことから、正規に商業プレスされたものではない可能性もあります。本作も初回プレスに赤レーベルと青レーベルが混在しており、ジャケットはアーケストラのメンバーと家族が総出で手作りしていたようです。LPレコード本体もどうやら課税対象となる商業用正規プレスではなく、おそらく廃棄用レコードを原材料にプライヴェート・プレスされたもので、赤レーベルと青レーベルが混在していますがどちらも初回プレスと見られます。当然プレス記録は残らないわけで、自主制作のサターン盤ならあり得る話です。

 セッション(a)の版権はスポンサーだったトランジションにあったはずですが、『Jazz by Sun Ra, Volume 2 (Sound of Joy)』が発売中止になったためギャラは半額、代わりに音源の半分相当をサン・ラ側が使える、という口約束が成立したとも想像されます。版権譲渡が書面化されていたら『Visit Planet Earth』発売(1966年)に遅れたデルマークからの『Sound of Joy』発売(1968年)はややこしいことになっていたはずです。もっともサターンのプレス枚数は当時の常識では300枚~500枚がせいぜいで、老舗インディーのデルマークなら売れればその倍は出る、とはいえ600枚~1000枚ですが、もともと黒人音楽のLPレコードは熱心なコレクター向けで一般的なポピュラー音楽のリスナーには相手にされなかったのが当時のレコード事情でした。一応全国的な流通網に乗った老舗デルマークと、アーケストラのライヴ会場の手売りと通信販売くらいしか販売網がなかった自主制作盤のサターンでは購買層もさほど重ならなかったでしょう。ライヴに足を運ぶほどのファンならすでにサターン盤を買っていたでしょうし、デルマーク盤は初めてレコードでサン・ラの音楽を聴きライヴを観る機会もないような層に求められていたと思われるので、アルバム片面分の4曲同テイク、もう片面の3曲中2曲同曲別テイク、初出曲は1曲のみであっても『Sound of Joy』と『Visit Planet Earth』は個別に存在価値のあるアルバムといえます。また本作が「Sun Ra and his Solar Arkestra Featuring John Gilmore, Pat Patrick, Charles Davis」名義なのは、サン・ラのバンドはサックス・セクションの腕前で注目を集めていたからでした。ジョン・コルトレーンはマイルス・デイヴィスのバンド・メンバーだった'50年代後半からマイルスのシカゴ公演でサン・ラ・アーケストラの存在に注目していたそうで、アーケストラの初ニューヨーク公演になった1961年、アーケストラがニューヨークに本拠地を移した1962年以降ははっきりとサン・ラ・アーケストラ、特にテナーサックス奏者のジョン・ギルモア(1931-1995)からの影響を公言しています。またコルトレーンの師ディジー・ガレスピーも何度となくビッグバンドを組んではバンド運営に苦労したことから、ニューヨーク移住後のサン・ラ・アーケストラを応援していました。サン・ラが1993年に没した後もアーケストラはマーシャル・アレン(アルトサックス、フルート、1924-)をリーダーに今なお活動しているので、サン・ラ・アーケストラは現役最長寿の黒人ビッグバンドとなっています。

 サン・ラのアルバム・デビューは1957年(42歳)ですが、それ以前のシングルを集めたアルバムも数枚ありました。現在では2011年発売の未CD化音源集『The Eternal Myth Revealed Vol.1』TRANSPARENCY 0316 (2011, 14CD)(Vol.2以降は未発売)があり、副題に1914-1958とあるように、サン・ラ生誕の1914年~少年時の参考音源から1933年の初レコーディング(19歳)、数々のアーティストへの参加音源を経て徐々にメンバーが揃い始め、アーケストラがデビューしてシカゴのシーンの重鎮となった1958年までCD収録時間目一杯を収めてCD14枚組で、これが1933年の初録音からアルバム1~12の時期をカヴァーしていますが音源はまったくだぶりません。つまりLP換算総計28枚のアレンジャー時代のサン・ラ関連音源とアーケストラ発足後の未発表音源があったことになります。また、14枚組を濃縮した『A Space Odyssey; From Birmingham to the Big Apple-The Quest Begins』FANTASTIC VOYAGE FVTD154(2013, 3CD)も別会社から出ていて、ディスク1にデビュー・アルバム以前のサン・ラの参加シングル28曲、ディスク2は『Jazz by Sun Ra』『Super-Sonic Jazz』『Sound of Joy』『Visit Planet Earth』からのセレクト(17曲)、ディスク3は『Jazz in Silhouette』とエル・サターンからのシングル、『The Futuristic Sounds of Sun Ra』からのセレクト(15曲)という構成で、パブリック・ドメイン化に伴うリリースでしょうが他のレーベルからもサン・ラ初期作のパブリック・ドメイン復刻はデータ記載やリサーチも行き届いていて、元のアルバムが雑な発売をされていたのをきちんとリプロしようという姿勢が見られます。この3枚組も特にディスク1は良く出来ていますが、ディスク2、3は未発表音源の発掘の成果はあるものの、サン・ラにベスト盤が必要かは疑問があります。選曲が良くても、作風が多彩で1枚聴いただけではよくわからないにしても、サン・ラはベスト盤で聴くとかえって混乱します。オリジナル・アルバムとしてリリースされたアルバムを1枚ずつ聴いていく方がサン・ラの意図がつかみやすいのです。それはこの『Visit Planet Earth』の構成にもよく表れていて、元々『Jazz by Sun Ra, Volume 2 (Sound of Joy)』として録音した全9曲+ヴォーカル曲2曲はトランジション・レーベル(本社はボストン)の販売網を見込んだアーケストラのショーケース的アルバムでした。自社のサターンから直前に発売していた『Super-Sonic Jazz』からの代表曲「Eli is a Sound of Joy」を再演しているのもそのためでしょう。

 一見して本作は『Sound of Joy』の全9曲から6曲を選び、2曲を再録音して新曲1曲を加えただけのアルバムに見えますが、実は選曲を再構成することでA面とB面ごとにコンセプトを持ったトータル・アルバムに仕上げられています。この選曲が録音完了時に行われたのか、1965年~1966年にかけて一斉に行われた(一部は1970年まで持ち越された)1950年代の未発表音源のアルバム・リリース時に編集されたのかは判明しませんが、収録曲自体は『Sound of Joy』に1曲以外全部含まれてしまうのに、本作はまったく印象の異なる、トータリティの高いアルバムに聴こえます。現行CDではA面とB面が逆転していますが、各面の曲順はそのままなのでくり返し聴けば同じことになります。CDでAB面が逆転しているせいでなおさら気づかせられますが、オリジナル盤に従えば、

B1. Reflections in Blue (a)
B2. Two Tones (Patrick, Davis) (a)
B3. El Viktor (a)
B4. Saturn (a)
Recorded at the Balkan Studio, Chicago, November 1, 1956 (a)

 のB面4曲は『Sound of Joy』収録テイクをそのまま使っています。楽曲は中規模バンド・アレンジのビッグバンド・ジャズ、もしくは中規模編成のハードバップで、スウィンガー・サイドと言えるものになっています。新メンバーによる再録音を入れる必要がない、と判断されたのはアレンジ的に完成されているからでしょう。もし新メンバーで再録音したらアレンジ面の見直しが必要になる上、全曲再録音しないと統一感がとれません。せっかく(当時)未発表アルバム『Sound of Joy』で録音した音源に陽の目を見せられるのだから、1956年11月1日録音分からスウィング系のハイライト・ナンバーばかりで固めたい(「Eli is a Sound of Joy」はエル・サターンからの『Super-Sonic Jazz』既出なので含めない)という意図がうかがわれます。うって変わってA面3曲は、メディテーション、トランス、エキゾチックな実験的選曲で、

A1. Planet Earth (b)
A2. Eve (b)
A3. Overtones of China (b)
Recorded at Rehearsals, late 1957 or 1958 (b)

 このうち「Planet Earth」と「Overtones of China」は『Sound of Joy』セッションでも録音していましたが、新曲「Eve」も合わせて1957年後半~1958年の新メンバーで再録音してA面3曲を統一しました。この3曲はいわゆる4ビートのジャズではなく、当時流行したエキゾチック・ミュージックという、架空の楽園に流れる音楽をコンセプトにしたムード音楽・リゾート音楽に近いものでした。サン・ラの場合は地球上ではなく太陽系です。『Sound of Joy』セッションにはこの路線の曲は「Paradise」と「Ankh」もあるから「Planet Earth」「Overtones of China」の4曲とも『Sound of Joy』セッションから採る、という手もあったでしょう。新曲「Eve」が先にあったので新曲に合わせて再録音したのか、全曲『Sound of Joy』からは使えない事情があったのか(後者だと思いますが)、とにかく結果的にA面とB面がはっきりと異なる音楽性に統一されたことで、このアルバムは50年代のサン・ラの音楽の見本帳のような佳作になりました。ベスト盤ではなくオリジナル・アルバム単位の方がサン・ラは聴きやすい、というのはそういう意味でもあります。

(旧記事を改訂・再掲載しました。)