チャーリー・パーカー - バード・イズ・フリー (Charlie Parker, 1961) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

チャーリー・パーカー - バード・イズ・フリー (Charlie Parker, 1961)

チャーリー・パーカー Charlie Parker - バード・イズ・フリー Bird Is Free (Charlie Parker, 1961) :  

Originally Released by Charlie Parker Records PLP-401-S (Stereo), PLP-401 (Mono), 1961
Japanese Released by テイチクレコード / Baybridge Records ULS-1692-B, 1974 & 東芝EMI / Charlie Parker Records IGJ 50012, 1976
(Side 1)
A1. Rocker (Gerry Mulligan) - 5:15
A2. Sly Mongoose (Jack Edwards) - 3:27
A3. Moose The Mooche (Charlie Parker) - 3:55
A4. Star Eyes (Raye, DePaul) - 2:20
(Side 2)
B1. This Time The Dream's On Me (Mercer, Arlen) - 5:10
B2. Cool Blues (Charlie Parker) - 2:42
B3. My Little Suede Shoes (Charlie Parker) - 4:10
B4. Lester Leaps In (Lester Young) - 3:56
B5. Laura (Raskin, Mercer) - 3:00
[ Charlie Parker Quintet ]
Charlie Parker - alto saxophone
Mundell Lowe - guitar
Walter Bishop, Jr. - piano
Teddy Kotick - bass
Max Roach - drums
with unknown oboe & string section (A1, B5)

(Original Charlie Parker "Bird Is Free" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 このライヴ盤は全曲チャーリー・パーカー(1920-1955)の絶好調のワンホーン演奏が聴けるアルバムとして人気の高い、しかも非常に珍しい背景を持つ作品です。観客録音(日本盤ジャケットの帯に放送録音とされているのは誤り)を素にしているため音質にムラがあり、曲の冒頭やエンディングの編集が雑で、最初に聴くとそうした難点が気になるかもしれませんが、演奏の極上さに気づけばこのライヴが残されていたことだけでも不満は吹き飛びます。本作に収録された、ニューヨークのハーレム地区の「ロックランド・パレス・ボールルーム」で行われた1952年9月26日の慈善コンサートでのパーカーのライヴは、現在では23曲・うち7曲が2度演奏されているのが数人の観客録音から集成されており、全30テイクの完全版『The Legendary The Rockland Palace Concert』(Jazz Classics Records)、『Complete Live At The Rockland Palace』(RLR Records)もリリースされていますが、最初にリリースされたこの『Bird Is Free』と、やはりチャーリー・パーカー・レコーズからリリースされた同コンサートからの『Live At Rockland Palace』『Parker Plus Strings』といった具合に、当初は録音者ごとの異なるテープから分散して発掘リリースされていたものです。パーカー没後に設立されたリリース元のチャーリー・パーカー・レコーズとはどういうインディー・レーベルだったかは、アルバム『ハッピー・バード』をご紹介したリンク先記事をご覧ください。

 このコンサートは人種差別撤廃運動に尽力したハーレムの英雄的存在、黒人行政議員ベンジャミン・J・デイヴィスJr.(1903-1964、英語版ウィキペディアにも載っている黒人解放史上の先駆者です)が非合法共産主義運動の冤罪をかけられ、禁固五年を宣告された事件に対するハーレムの抗議運動として、5時間に渡るパーティー型式で免罪・減刑の署名を集めるために開催され、チャーリー・パーカーはクインテットとオーボエ入りストリングス・オーケストラとの共演で数セットに渡ってこの抗議集会コンサートに出演しました。パーカーの伝記ではパーカーが特に政治的信条を持っていた様子はありませんが、1952年にはパーカーは所属レコード会社にもっぱら白人向けのアルバムばかりを作らされ、ジャズ・クラブの客もほとんどが白人でしたから、黒人主催のハーレムの黒人観客向けのコンサートというと、当然ギャラも出たでしょうが、これは断れないぞという気持で臨んだでしょう。現在でもそうですが、広い黒人リスナーに歓迎されるのはポップなR&Bやソウル・ミュージックで、ジャズ、しかも最先端のビ・バップ系モダン・ジャズなどは気取ったインテリ層の白人リスナーか一部の特権黒人リスナーの好む音楽と敬遠されがちで、極端に言えばパーカーなどはインテリ白人のジャズ・リスナーに媚を売ってのし上がったジャズマンとも見られていた向きが多いにあります。のちにはジミ・ヘンドリックスも「ファンは白人リスナーばかりじゃないか」と黒人団体から糾弾を食らったそうですから、パーカーにも同様の危機感があったと類推してもいいでしょう。また、このライヴでは当時パーカーのレギュラー・ドラマーだったロイ・ヘインズではなく、1949年まで三年間パーカーのバンドにいて独立していたマックス・ローチ(1924-2007)が参加しており、ローチは早くから人種差別撤廃運動に関わった黒人ジャズマンでしたから、このコンサートはまずローチに話が行きパーカーを口説いたとも考えられます。

 コンサートはパーカー・クインテットとこの頃パーカーが定期公演していたクインテット+オーボエ入りストリングス・オーケストラとの混合で行われましたが、普段リハーサルもめったにやらないパーカーはコンサートのついでにオーケストラとのリハーサルも兼ねた出演と割りきって、5時間で数セットのステージを引き受けたものでしょう。何しろ残されたライヴ曲目だけでのべ30曲、録音されなかった曲もあったと考えると5時間の開催時間中にほぼ10曲ずつ4セットは行われたと推測され、ダンスパーティーを兼ねたハーレム住民の黒人議員応援集会ですから、純粋なコンサートというよりもライヴの合間合間に支持者の支援演説や教師や牧師の説法、教会の合唱隊を交えた大合唱やお祈り、レコードを流しながらの立食パーティーなどを交えたイヴェント、ハーレム住民の手作りのお祭り的な催しとして開催されたものだったようです。イヴェントの性格上商業的なコンサートではありませんから、聴衆も払える金額をカンパして逮捕抗議に署名し、出入り自由で楽しんでいったと思われ、それで出演バンドがパーカーですから記録映画でも残してほしかったようなものです。ハーレムど真ん中のダンスホール会場となると普段から住民とつきあいのあった少数の白人以外は聴衆のほぼ全員がハーレム住民の黒人、と地元カンザスからニューヨークに出てきた以来のパーカーにとっては異例中の異例のコンサートだったでしょう。普段のジャズ・クラブの観客層とは対極にあるような、「ジャズの世界じゃ白人にも一目置かれる大スターだってよ」くらいにしかパーカーの名前を知らない観客ばかりです。そしてパーカーの演奏はというと、前年の1951年にレギュラー・クインテットが維持できずに自然解散させ、臨時編成メンバーで各地を巡業していた下り坂のパーカーが、絶頂期を彷彿させる気迫のこもった快演を炸裂させたすさまじいライヴになりました。

 全編ワンホーンのパーカーのライヴはありそうで実際はほとんどないもので、ここでのパーカー・クインテットはヴェテランのローチ(ドラムス)に若手のウォルター・ビショップJr.(ピアノ、1927-1998)、テディ・コティック(ベース、1928-1986)を迎え、さらにストリングス・セクションとの兼ね合いで譜面に強い白人ジャズ・ギタリストのヴェテラン、マンデル・ロウ(1922-2017)を加えています。ロウは正統派のチャーリー・クリスチャン(1916-1942)派ギタリストで、元祖ビ・バップ・ギタリストのクリスチャンはパーカーのニューヨーク進出前に夭逝していましたが、ギターという楽器の構造上パーカーより先にコード進行と代理コードによるビ・バップのアドリブ手法にたどり着いていたギタリストでした。またギタリストはピアニストとともに楽譜に強い方が仕事に有利なので、ジャズでも音楽理論の基礎を身につけた白人プレイヤーの比率が高い職種でした。本作でもパーカーの先発ソロに続いてソロを取るのはロウのギターで、ロウほどのギタリストなら当然ですがこれだけ弾ければどこでもやっていける、音色・フレーズとも70年後の現在聴いても古びない、テクニックでもアイディアでもこれぞジャズ・ギターと唸らせられる鮮やかなソロを聴かせます。ロウからバトンタッチしてソロを取るのはビショップで、もともとパーカーのピアニストになりたくてジャズを始めたというビ・バップ一筋の若手ジャズマンだけあって、これまた新鮮で華があり、活気あふれるソロをコティック、ローチとのトリオで披露します。ベースとドラムスがぴったり息が合ってピアノも乗り乗り、ギターも乗り乗りとくれば、この時期にこのメンバーのギター入りワンホーン・クインテットで何で公式スタジオ・アルバムを残さなかったんだノーマン・グランツ(ヴァーヴ社長)のばか、と恨み言のひとつも出ます。

 メンバーの好演を引き出したのは何より絶好調のパーカーで、本作収録曲ではA1「Rocker」とB5「Laura」がオーボエ入りストリングス・オーケストラとの共演ですが(実際のライヴでは、現存するのべ30曲のうちオーボエ入りストリングス・オーケストラとの共演が半数だったのも判明しています)、ジェリー・マリガンからの提供曲のA1「Rocker」はテーマ(オーボエがAメロ、パーカーはBメロから入ります)から飛ばす飛ばす、パーカーのソロは次々アイディアが湧いてきて止まらない、という勢いです。B5「Laura」はストリングス入りのスタジオ・ヴァージョンもあり、1944年のヒット映画『ローラ殺人事件』の主題曲で、パーカーのレパートリーによってジャズ・スタンダードになった曲でもあり、ここでのライヴ・ヴァージョンもパーカーのバラード演奏では最上の出来です。A2の「Sly Mongoose」とパーカー自作曲のB3「My Little Red Shoes」は軽いポップなラテン・ジャズですが、これまたパーカーが実に好調で、「My Little Red Book」はスタジオ・ヴァージョンもありますが、パーカーはラテン・ジャズ曲はレコード録音はしても普段のライヴでは演らないジャズマンでしたから、このコンサートでは珍しく、機嫌良く観客サーヴィスに演奏したものでしょう。ギター入りのバンドなのもラテン・ジャズ曲に適度にエッジを添えて、効いています。全9曲中で2曲不完全テイクがあり、パーカーのテーマ吹奏が冴えるA4「Star Eyes」が中間部を割愛しパーカーの吹くエンドテーマの途中で終わってしまい、B2「Cool Blues」(このパーカーのオリジナル曲もギター入りで一新されたアレンジが新鮮です)がギター・ソロの途中で終わってしまうのは残念ですが、観客録音のオリジナル・テープ由来の欠損でしょうから聴ける部分だけを楽しんでフェイドアウトするテイクと思えば演奏自体は好調です。

 イントロ処理が雑ですがほぼ完走テイクが聴けるのは、オーボエ入りストリングス・オーケストラとのA1「Rocker」と、クインテットだけのA3「Moose The Mooche」(パーカーのオリジナル)とB1「This Time The Dream's On Me」で、アルトサックス~ギター~ピアノとソロを回してそれぞれ4分、6分とジャズ・クラブでのライヴ演奏よりは短めなのは観客層から比較的コンパクトにまとめた結果でしょうが、ピアノ・ソロからさらに4バース(サックスとドラムスとの掛けあい)まで入る「This Time The Dream's On Me」は「Moose The Mooche」とともにロウのギター、ビショップの最高のバックアップやソロ(「Moose The Mooche」ではアルトサックス・ソロ~ギター・ソロのあとピアノ・ソロがカットされ、パーカーとドラムスの4バースからエンディング・テーマにつなげる処理がされていますが)が聴け、煽りまくりのローチのドラムスとともに、バンド全体の一体感はパーカーのライヴ史上でも屈指です。トランペットではなく、パーカーのソロの間でも絶妙なバックアップを聴かせるギター入りのクインテット編成は、パーカーのラスト・レコーディングになった1954年3月・12月録音の『Plays Cole Porter』(Verve, 1957)で初めてスタジオ録音で行われることになるもので、同作にも参加したビショップが「念願のパーカーとのスタジオ録音は遅すぎた」と言う同作より前にギター入りクインテット編成のスタジオ録音が行われなかったのが惜しまれます。しかし本作最高のテイクは、4分間に渡ってパーカーのアドリブ・ソロがものすごく勢いで炸裂するレスター・ヤングの曲「Lester Leaps In」の熱烈演奏でしょう。本作は全編観客の反応が生々しくとらえられていますが、この「Lester Leaps In」では踊りまくった観客が感極まったような歓声を上げており、20代の絶頂期のスタジオ録音でも聴けないほどの猛烈な演奏は圧倒的です。

 先にお断りした通り、本作は音質面では観客による客席録音という限界があるので、良好な音質のスタジオ録音や主催者録音、ラジオ中継録音のライヴでパーカーの音楽にある程度慣れていないと演奏より音質が気になってしまうかも知れませんが、ひとたびパーカーの絶好調に気づくと、ディジー・ガレスピーと組んだライヴでの名演とはひと味違う、理想的なメンバーを得てワンホーンでぶっ飛ばす最高のパーカーの熱演を全編臨場感たっぷりに浴びるように聴ける、素晴らしいライヴ盤です。普段はジャズなど聴かないような観客も度肝を抜かれたように歓声を上げながら踊りまくっているのが見えるようで、『Bird Is Free』とは良くぞ決まったタイトルをつけたものです。この時のライヴが現在では全30テイクを収めたCD2枚組完全版でリリースされているのは冒頭に記した通りですが、LP1枚ものでリリースされた初発掘時の9曲入りの本作は一気に聴ける点でも密度と凝縮感が高く、パーカーの発掘ライヴでも高い人気を誇るのがうなずけます。