金井克子『他人の関係』(CBS・ソニー, 1973) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

金井克子『他人の関係』(CBS・ソニーレコード, 1973)
金井克子『他人の関係』(CBS・ソニーレコード, 1973)
Originally Released by CBS・ソニーレコード, SOLJ-81, September 21, 1973
All Arranged by 川口真
Narration by 野沢那智 (B6)
(Side A)
A1. 他人の関係 (作詩・有馬三重子/作曲・編曲・川口真) - 3:48 :  

A3. ああ無情 (作詩・有馬三重子/作曲・編曲・川口真) - 3:28
A4. 蜜の誘惑 (作詩・有馬三重子/作曲・編曲・川口真) - 3:01
A5. あなたしだい (作詩・有馬三重子/作曲・編曲・川口真) - 2:40
A6. 人間模様 (作詩・有馬三重子/作曲・編曲・川口真) - 2:59
(Side B)
B1. やさしく歌って (Norman Gimbel作詩・増田直子日本語詩/Charles Fox作曲・川口真編曲) - 4:03
B2. アローン・アゲイン (Raymond O'Sullivan作詩作曲・山路路夫日本語詩/川口真編曲) - 3:20
B3. 愛の休日 (B. Dabadie作詩・柴田未知日本語詩/Michel Polnareff作曲・川口真編曲) - 2:54
B4. レット・イット・ビー・ミー (Pierre Delance作詩・島津ゆうこ日本語詩/Gilbert Becaud作曲・川口真編曲) - 2:31
B5. うつろな愛 (Carly Simon作詩作曲・安井かずみ日本語詩/川口真編曲) - 4:04
B6. あまい囁き (L. Chiosso, G. Daire作詩・杉紀彦日本語詩/Gianniferrio作曲・川口真編曲) - 3:42
(Original CBS Sonny "他人の関係" LP Liner Cover & Inner Sleeve)
 本作は大ヒットしたアルバム・タイトル曲しか試聴リンクをご紹介できませんが、オリジナル曲で固めた旧LPのA面・当時の最新洋楽の日本語カヴァーによるB面の全篇が高い完成度を持ち、'70年代前半のアダルト歌謡女性ポップスの究極と言える、一度聴いたらやみつきになる魅惑の名盤です。金井克子(1945-)さんといえば花王石鹸提供のバラエティー番組「レ・ガールズ」(日本テレビ系列局・1967年8月4日~1968年7月12日)で西野バレエ団四人娘(金井克子、原田糸子、由美かおる、奈美悦子)または五人娘(江美早苗)として1960年代のアイドルだった方で、今では歌う少女アイドルダンサー・グループは当たり前ですが、歌手は歌手、ダンサーはダンサーという当時では画期的な存在でした。レ・ガールズにしても歌手グループというよりエレキ・グループやグループ・サウンズに乗って踊るGSダンサーガールズ・グループ(しかも「レ・ガールズ」ですからフランス風)というイメージで売り出されました。金井克子さんは最新洋楽ポップスの日本語カヴァー歌手としてもビートルズのデビューより早い(!)1962年から活動しており、「レ・ガールズ」のメンバーとしては番組主題歌「ミニ・ミニ・ガール」をソロ・シングルとしてリリースする(1967年8月)という具合に、西野バレエ団を代表する看板アイドルでした。
◎金井克子+ブルー・ビーツ「ミニ・ミニ・ガール」(日本コロムビア, 1967) :  

 西野バレエ団五人娘は1964年からNHK「歌のグランド・ショー」に出演し、1965年には金井克子さんのシングル「ノーチェ デ・東京」が初ヒット、同曲が第7回日本レコード大賞編曲賞を受賞し、1966年にはNHK紅白歌合戦に「ラバーズ・コンチェルト」で初出場を果たします。バックダンサーは西野バレエ団のチームメイトが勤め、紅白史上初めて「出場歌手のパンツが見えた」と話題を呼びました。翌1967年には「ラ・バンバ」で紅白に連続出場し、翌1968年からは歌手としてではないものの応援合戦で由美かおる、奈美悦子らとともにレ・ガールズとして、また1969年の紅白歌合戦でもソロでダンスを披露し、4年連続してNHK紅白歌合戦に出場しました。日本コロムビアからCBSソニーへの移籍を経て、1973年3月21日発売のシングル「他人の関係」はユニークな振りつけ(当時「交通整理」とも言われ、腕・上半身だけのダンスとしては「パラパラ」の先駆とも言えます)が話題を呼び金井克子さん初のオリコン・シングルチャートのトップ10入りヒット(最高位7位)になり、公称100万枚突破のロングセラーを記録、同年の日本レコード大賞企画賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも出場します。1982年8月の「愛さまざま」以降の新曲発売はありませんが、1990年代には再び往年のアイドルとして活動が活発化し、1992年には「他人の関係」がパールライスのCMに本人出演とともに使用され、テレビ出演も増えるとともにCBSソニーでの代表作アルバム『他人の関係』が初CD化されました。今回ご紹介するアルバムが同作で、全曲をいずみたく門下生で'60年代~'80年代の歌謡ポップスを西郷輝彦、川口真、鈴木邦彦、都倉俊一らとともにリードした川口真(1937-2021)が編曲し、アルバムA面6曲は川口真作・編曲、有馬三重子(1935-2019)作詞のオリジナル曲、B面6曲は1973年当時の最新洋楽ヒット・ポップスの日本語カヴァーという、当時の歌謡ポップスのアルバムとしては標準的な作りになっています。川口真氏の業績は言うまでもありませんが、有馬三重子さんは伊東ゆかり「小指の想い出」、南沙織「17才」、 布施明「積木の部屋」などのヒット曲を持つ作詞家ですからA面のオリジナル曲も粒ぞろいですし、B面の最新洋楽ポップス日本語カヴァーも「他人の関係」の和製フレンチ・ポップス風味に統一された、完成度の高い大人の女性歌謡ポップスのアルバムに仕上がっています。

 「他人の関係」は中森明菜のカヴァー(アルバム『ムード歌謡 〜歌姫昭和名曲集』2009年)や一青窈の2度におよぶカヴァー(2012年・2014年)でも知られ、特に一青窈版の2014年のシングル・ヴァージョンはフジテレビ系ドラマ「昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜」主題歌に使われて再ヒットしました。オリジナルの金井克子ヴァージョンはヴィブラフォンにフルート、エレクトリック・ピアノに女性スキャットとずばり1970年代ならではの日本人がイメージする「和製フレンチ・ポップス」(イントロでシンコペーションして入る印象的なベースは第一人者の故・鈴木勲氏と思われます)を実現したシンプルながら無駄のないアレンジが光るサウンドで、タイトル曲のみならずぜひアルバム全篇を聴いていただきたいのですが、この名盤『他人の関係』は一度CD化されたきり廃盤になっており、CBSソニーはその後YouTubeプレミアムに有料公開するも、現在ではYouTubeプレミアムからも撤退しています。アルバム全篇はプレミアがついて販売されている中古盤か、Amazon Primeなどでのダウンロード販売か、新編集CDのベスト・アルバムで一部の曲しか手に入りません。ヒット曲「他人の関係」のみがYouTube上で聴け、1990年代以降のテレビ出演映像も豊富にアップロードされていますが、当時の歌謡曲業界では音楽家協会とJASRACの協定でテレビ出演でのカラオケ歌唱が禁じられており、テレビ映像ではオーケストラまたはビッグバンド・アレンジされたヴァージョンでしか聴けません。またこの曲のオリジナル・スタジオ・ヴァージョンのキーはB♭ですが、1990年代の金井克子さんは半音下げたAのキーのアレンジで歌っており、2010年代以降にはさらに半音下げたA♭のアレンジになっていることからも1973年版のオリジナル・カラオケは使用できないのでしょう。簡素な楽器編成と女性スキャット(おそらく伊集加代子さんのヴォーカリーズ・グループによるもの)、さらにB♭のキー(ピアノで言えば黒鍵音階)でダブル・トラックの気だるいヴォーカルの1973年のオリジナル・ヴァージョンと1990年代のテレビ出演のスタジオ・ライヴではムードが一変しており、フレンチ・ポップス的なオリジナル・ヴァージョンに較べR&B、ソウル風のヴォーカル、アレンジになっているのが時代の推移を感じます。リンクを引いたテレビ出演映像は比較的オリジナル・ヴァージョンに近い、ダルで頽廃的なムードを残したアレンジとヴォーカルです。アルバムA面6曲は歌詞・曲とも「他人の関係」の延長上の背徳的なムードのラヴ・ソングで占められており、有馬三重子さんの作詞と川口真氏の作曲・編曲の才気と、曲ごとにヴォーカル・スタイルを曲想に合った発声に変える金井克子さんの表現力が光ります。
金井克子 - 他人の関係 (TV出演, 1992-1994?) :  

 さらにアルバム『他人の関係』のB面の最新洋楽カヴァー6曲は選曲・訳詞ともにサービス満点で、日本人好みの楽曲がずらりと並びます。
「やさしく歌って」(ロバータ・フラック)
「アローン・アゲイン」(ギルバート・オサリヴァン)
「愛の休日 (ホリデイ)」(ミシェル・ポルナレフ)
「レット・イット・ビー・ミー」(ジルベール・ベコー→エヴァリー・ブラザース→ロバータ・フラック)
「うつろな愛」(カーリー・サイモン)
「あまい囁き (パローレ)」(ダリダ&アラン・ドロン)
 と、これが6曲連続するのかと曲目だけでも恐ろしくなりますが、「やさしく歌って」はおそらく深町純さんをリーダーとした日本の第一線スタジオ・ミュージシャンのジャズマンと伊集加代子グループがバックアップしており、「うつろな愛」は原曲でゲストにミック・ジャガーが参加した男性コーラス・パートを加藤和彦に間違いない声が歌っていることからもサディスティック・ミカ・バンドが演奏していると思われ、ここで聴けるギター・ソロは同年(1973年)最大のヒット・アルバム、井上陽水の『氷の世界』(日本録音とロンドン録音が半々)で聴ける高中正義のリード・ギターとそっくりです。ミカ・バンドは東芝との契約上正式クレジットできなかったのでしょう。つまりB面は深町純グループ&伊集加代子グループとサディスティック・ミカ・バンドの混成グループによる演奏と推定され、川口真編曲名義ですが実質的なサウンド・プロデュースは演奏リーダーだった深町純と加藤和彦が分けあっていたと考えられます。ストリングス・アレンジも深町純によるものとしたら、「アローン・アゲイン」や「愛の休日」、とりわけ「うつろな愛」などはサディスティック・ミカ・バンドに深町純のストリングスというとんでもない、この時期のこういう機会('70年代後半にはこの面子を集めるのはすでに不可能だったでしょう)でしか実現できなかった贅沢なバックアップによるものです。また、アラン・ドロンの吹き替え声優・野沢那智さん本人がアラン・ドロン役になりきって金井克子さんの歌うイタリア系女性歌手ダリダ(1988年に自殺)のパートと男女の助平なかけ合いを再現するアルバム・クロージング曲のポルノ歌謡「あまい囁き (パローレ)」など、「うつろな愛」からの流れで聴くと、あまりのアダルトな破壊力に意識が飛ぶこと必至です。

 当時はまだミカ・バンドは存続中で加藤和彦さんの夫人はミカさん、当然加藤さんと安井かずみさんは結婚前ですから、安井かずみ訳詞・加藤和彦コーラスの「うつろな愛」は取り合わせとしても早く、また安井かずみさん唯一のアルバム『ZUZU』(1970年)は全12曲中5曲が川口真氏の作・編曲ですから、和製フレンチ・ポップスの先駆的アルバムと再評価の高い『ZUZU』から本作への流れもあるでしょう。有馬三重子作詞のA面はまるで加賀まりこさんの演じてきた『月曜日のユカ』や『乾いた花』『悦楽』の不道徳で純真なヒロインのモノローグのようですが、安井かずみさんは加賀まりこさんの親友でしたし、有馬三重子さんも安井さんや加賀さんと同世代の女性でした。「レ・ガールズ」の放映と西野バレエ団の人気はちょうど加藤和彦さんのザ・フォーク・クルセダーズがシングル「帰ってきたヨッパライ」とアルバム『紀元弐千年』でポップス界を席巻していた真っ最中です。1967~68年に蓄積されていたものが5年経って熟成したのがアルバム『他人の関係』とも言えるので、かつて加賀まりこ主演作『悦楽』1965を撮り、1968年に『無理心中日本の夏』(素人読モのGカップギャルと田村正和主演)、『絞死刑』(全員スタッフの素人出演)、『帰ってきたヨッパライ』(フォーク・クルセダーズ主演の朝鮮拉致問題映画)を撮った大島渚は1973年には『愛のコリーダ』1976の製作準備にかかっていました。1962年にはハイティーン歌手としてデビューした金井克子さんもアルバム『他人の関係』ではくらくらするような悶絶アダルト官能ポップスの世界にたどり着いたので、10年ほどの間にもっとも平俗な歌謡ポップスの世界ですら、世間に受け入れられる女性像もそれほど激変したのを明かす、見方によっては歴史的証言ともいえるアルバムです。1994年の初CD化は1,500円の廉価盤で、廃盤になった今でもプレミアつきながら中古市場でも簡単に見つけられますから、昭和日本の歌謡ポップス、洋楽の日本語カヴァーにご興味をお持ちのかたなら今聴いてこそ面白く、興味のつきない背景のあるアルバムです。金井克子さんは70代後半の現在でもなお現役で、ほぼ最新の2019年11月の有馬三重子さん追悼コンサート番組での「他人の関係」映像(と2021年の川口真氏追悼番組出演と思われる映像)を最後に上げておきましょう。先に引いた'90年代のスタジオ・ライヴよりさらに半音下げたA♭のキーで歌っていらっしゃるのもわかります。ぜひオリジナル盤のB♭キーのヴァージョンとお聴き較べていただきたいのですが、50年近くを経てB♭→A→A♭と半音ずつ下げてでも歌い続けてきた金井さんにとってこの曲はライフワークにもなった、そのニュアンスをくんでいただければと思います。ヒット曲「他人の関係」以外に肝心なアルバム本体全篇をご試聴いただけず無念ですが、ダウンロード販売のみなどと言わずCBSソニーも廉価盤CDを追加プレス、またはサブスクリプション販売してほしいものです。
金井克子「他人の関係」(2019年11月放映「作詞家・有馬三重子さんの世界」より) :  


(旧記事を手直しし、再掲載しました)