第四章完!Nagisaの国のアリス・第20回 | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。



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 すべての宗教は建て前としては自分自身の幸福より他者の幸福を祈念する、とウサギは言いました。はあ、とカッパ。
 つまりおのれの幸福ばかりを願う者は悪しき意味でのエゴイストということだ。そしてこの場合他者とは何だろう。それが家族や恋人、友人のみを指すならエゴイズムの延長に過ぎまい。それはもっと大きなものでなければならない。われわれがつながっている共同体、そのもっとも大きな他者の単位は結局祖国ということになる。右であれ左であれ祖国のために身を挺し、時には殉ずる者は敵味方を越えて最高の敬意で語り継がれられる。国のために働くことは最高の名誉であると考える。世界の秩序は国家単位の法体系を尊守することから生まれ、ゆめゆめ法の正当性を疑ってはならない。
 なぜなら、とウサギは言いました、われわれの大半の者が法の正当性によって人権を護られていると信じて疑わないからだ。正確には疑いたくない。われわれの自由や可能性は国家資格や法規定によって制限される。われわれが近代化と呼ぶ文化改革がそれで、多くの侵略国家が王制から共和制、民主制に移行することで利権を議会制社会の人民に広く解放した革命的意義は大きい。その代償にわれわれは進んでそれ以上の自由と可能性を犠牲にすることになった。誰もが密告者たる資格を持ち、誰もが被疑者足りうる社会の一員となった。つまりそういうことなのだ、この世界の原理は。
 だが君は一種の宗教論から始めた、と私、ドジソン先生は言いました。一般的には宗教は政治的党派より上位にあるとされる。そこを君は民心一般の愛国心と混同している。宗教の多くは共同体の精神的基盤として発生したもので、世界最大の宗派などは国土を持たない放浪民族が、いわば国土の代わりに作り上げた父権制の神話体系から生まれている。
 それに君は共同体の単位の延長から国家の成立を規定したが、共同体が共同体である最大の理由は人はある程度の単位でまとまらないと生きていけないということでもあり、また異なる共同体が接触すれば競合から争いに発展するのは珍しくなく、統廃合以外に平和的解決がないことはしばしばで、私はあえて上品な表現を使っているが早い話が皆殺し、大虐殺で終わる戦争以外の戦争を数える方が今日では難しい。
 でもそれが僕たちに何の関係があるんです、と屁のカッパが言いました。ああ、つまり君たちはどこへ逃げても同じってことさ、ドジソン先生は言いました。
 アリスが笑いだしました。私笑う理由なんかないわ、とアリスはムッとしました。


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 何てことだ、とカッパはサルと顔を見合わせると、揃って地団駄を踏みました。イヌもワンテンポ遅れて踏みました。あんたたち結局グルだったんですか、いったい僕らを何だと思っているんです?
 グルというのは良くない言い方ね、とおねいさんのロリーナが答えました、それを言うならキャッチ&リリースと言ってほしいわね。それに踊らされているのはあなたたちだけなんじゃないわ。私たちだって好きでこんなことやっているわけじゃないのよ。
 もちろん私のせいでもない、とドジソン先生、こと私。
 ウサギはそでをまくると腕時計を見て、そろそろ結論を出そうじゃないか、と言いました。結論て何ですか?君たちがどちらの国に属しているかだよ。
 それじゃまるであんたたちが両国の代表みたいだ、とサルが文句をつけました。僕らから見ればあんたたちこそ……。
 どちらも外国人というのかね?とドジソン先生。だが人は親と国籍は選べないで生まれてくるものじゃないかね?
 それは今年死んだら来年は死なないというのと同じ理屈です、とカッパ。こんなキャッチ&リリースがありますか?
 早く終わらせちゃいましょうよ、とアリスが冷たく言いました。そうだね、とドジソン先生。それでどうするね?
 この国らしいやり方でやりましょ、とロリーナがスマホを片手に言いました。この国では生き物の所有者を決するためにちょっとした力較べをするの。綱引きの要領で左右の腕を引っ張り合うのよ。それで獲物が苦痛のあまり死にそうになっても手を離さなかった方が勝ち。
 死ななかったら?とアリス。
 死ぬまでやるのよ、とロリーナ。
 僕たち三人いますけど、とサル、順々にやっていくんですか?
 それも面倒そうね、とロリーナ、三人いっぺんに済ませる良い方法はないかしら?
 手をつながせよう、とウサギが言いました。左右のバランスもあるから、真ん中に小さいの(とイヌを見て)を置き、左右に大きいの(とカッパとサルを見て)を分ければいい。
 案外僕ら助かるかもしれないぞ、とサルはこっそりささやきました。引っ張り合いがきつくなったら、真ん中のお前が両手を離せば綱引きが弾けて、どさくさ紛れに逃げるチャンスもあるかもしれん。
 三匹はイヌを間に、カッパとサルを左右にして並ばせられました。手をつないで、とロリーナ。男同士で手をつなぐのも気色悪いですわ、とサルが軽口を叩きました。
 そうね、とアリスが目配せすると、ウサギが三匹の腕をロープで縛り始めたのです。
 第四章完。

※「Nagisaの国のアリス」は今年1月1日から始めた全5部・全200回予定の偽童話シリーズ『偽ムーミン谷のレストラン』の第5部・完結編です。前4部「偽ムーミン谷のレストラン」「荒野のチャーリー・ブラウン」「戦場のミッフィーちゃんと仲間たち」「夜ノアンパンマン」(各40回)は、記事カテゴリー「シリーズ童話」にまとめてありますので、もしよければ、拾い読みしていただければ幸いです。ひたすらくだらない内容ですし、自分で言っては何ですが、またまりえさんの素晴らしいイラストのおかげですが、けっこう面白いですよ。

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