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君たちの話を聞いているとね、と毒虫、いや眼帯のドジソン先生こと私は言いました。君たちと私たちには一連の事態について認識に認識阻害どころではないずいぶん大きな懸隔があるようだ。おそらく客観的真実はさらに事態を俯瞰したあたりにあるのだろう。たぶんそれは突き止めてみれば簡単明瞭で、わかってみればあくびが出るほど退屈に違いない。地球上に厳密な意味での水平は存在しない、のだが概念としての水平は普遍的に存在する。君たちにとって現実であるものを私たちが変えることはできない。もちろんその逆もだ。どうするね?この女にしても同じことだ。君たちが彼女をどう頼ろうとも、彼女は君たちを本質的には助けることはできない。
それはあなたの言い分です、とサルはムキになって抗弁しました。僕らは直接この人の知恵を借りたいんです。
そうか、君たちは若いな、とドジソン先生。男も中年になると女一般にそこそこ悟りができる。まず女は食習慣についても男と違う動物だということに絶望せねばならない。まず連中はかなりの割合でモツ煮や脂身、アナゴやシメサバを好まないのだ。干しシイタケは食べるが生から調理したシイタケは食えなかったりする。畜肉や魚介、ヴェジタブルやフルーツの好き嫌いもヒジョーに多い。ピーナッツや干しぶどうは好き嫌いでも構わないと思うが、好きではなくてもそこにあるものを食えるのは生物の生存がかかった適性問題だろう。私は食い物の好き嫌いにうるさいやつはブン殴りたくなるのだ。
それはそれでいいですが、とカッパ。このままだと僕たち殺されてしまうんですけど。あのウサギと、その連れの女の子に。
アリスね、とお姉さんは不機嫌にドジソン先生に向き直ると、あの子のことは先生にも責任あるんじゃありません?
私がかい?とドジソン先生は肩をすくめると、私は教育者だが、他人に教えられるのは数学と哲学くらいのものだよ。
数学と哲学の世界では、とセリフの少ないイヌが真面目な顔で訊きました。他人の命はそんなに安いものなんですか?
ドジソン先生が答える間もなく、客車と客車のあいだの扉が開きました。アリスが来たわ、とロリーナ。ウサギもね、とドジソン先生。何、すぐにはバレはしないさ。彼らは地球を突き抜けてきた、私たちは地上を迂回してきたからね。私たちは歳をとった、だがアリスは一瞬で今ここにやって来たのだ。
そしてアリスが現れました……青年のような男装をして、ウサギの両耳をつかんでぶらさげながら。
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今までカッパたちはアリス(とウサギが呼んでいました)たちには追われて命を狙われ、ロリーナ(という名前は知りませんでしたが)には危機一髪を助けられてきましたが、この二人と同時に出くわしたのは初めてで、そこでようやく三匹もふたりが姉妹らしいと気づいたのでした。世の中には似ていない姉妹は掃いて捨てるほどいますし、他人の空似の可能性もあればアリスとロリーナも容貌だけでは決め手には欠けるでしょう。しかしウサギをぶら下げ現れたアリスとキッと睨みを交わしたロリーナの間には、姉妹とするに十分な、容貌の近似以上に近親者以外には働かないような根の深い桎梏が横たわっているように見えました。女は怖いわ、とサルはささやきました。きれいな顔して本性は何考えてるんだかわからんもんなあ。
サルにはそのつもりはありませんでしたが、サルのボヤきは毒虫ことドジソン先生の耳にも入ってしまったようでした。私、ドジソン先生はニヤリと笑うと、君たちだって学んでこなかったわけじゃああるまい、と見透かしたようなことを言いました。
どういうことですか、とカッパ。
イヌはもともと口数は決して少なくはないのですが、何か言おうとすると口達者なカッパやサルに先に言われてしまうのでこの場もさっきからモヤモヤしていましたが、アリスとロリーナ、カッパとサルとドジソン先生が同時ににらみあいの沈黙に踏み込んだ一瞬に一言、客車中に響き渡る声で、
助けて!
と叫びました。
アホやな、助けを呼んだってこの客車にはこの人たちしかおらんのやで、とサル。どうにもならん。カッパもうなずきました。
イヌはかまわず、もう一度、
助けてください!
と言いました。だから、とサル、誰に言っとるんや?僕たちを助けてくれる人は、もうおねえちゃんだって助けてくれんのやで。僕らは逃げ続けるしかないと決まったようなもんや。なあ?とサルは顔を上げると、
最初からこういうことだったんですか?おねえさんたちの一方が追う、一方が逃がす。僕たちはそういうゲームの駒みたいなものだったんでしょう?僕たちが動いていることで何かしらお金も動いているのに違いない。どういう種類のお金かはわからないけれど、どういうゲームなのかは何となくわかる。つまり僕たちが死んだら上がり、そういう種類のえげつないゲームと違いますか?
助けて!とイヌ。
ああバレてたかい?とウサギがアリスの手から、ひょいと降りました。
次回第四章完。
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