クラウス・シュルツェ全アルバム(6)・ムーンドーン (Brain, 1976) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

クラウス・シュルツェ - ムーンドーン (Brain, 1976)
クラウス・シュルツェ Klaus Schulze - ムーンドーン Moondawn (Brain, 1976) :  

Released by Brain Records / Metronome Records GmbH, BRAIN 1088, April 16, 1976
Produced and All tracks composed by Klaus Schulze.
(Side 1)
A1. Floating - 27:15
(Side 2)
B1. Mindphaser - 25:22
(SPV Edition CD Bonus Track)
3. Floating Sequence - 21:11 *early take of Floating
(1995 Manikin Records "Original Master" edition Bonus Track)
4. Supplement - 25:22 *early take of Mindphaser 

[ Personnel ]
Klaus Schulze - Moog, ARP 2600, ARP Odyssey, EMS Synthi-A, Farfisa Syntorchestra, Crumar keyboards, Sequenzer Synthanorma 3-12
Harald Grosskopf - drums
(Original Brain "Moondawn" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 本作はもう文句なしに、血湧き肉躍る躍動感と爆発的なエモーションに満ちた、最初に聴くクラウス・シュルツェのアルバムとして手放しでお薦めできる快作にして名盤です。アメリカ最大の音楽総合ディスクガイド・サイト、Allmusic(allmusic.com)ではクラウス・シュルツェのアルバムはおおむね全体的に(特に'70年代のスタジオ・アルバム11作に)高い評価が与えられていますが、特に本作は記念すべきソロ・デビュー作『Irrlicht』とともに、批評家票・ユーザー票とも★★★★★の最高点を与えられています。Allmusicでの、デジタル録音に移行する前までのシュルツェ'80年までのアルバムの評価を一覧にすると、

[ Klaus Schulze Album Discography 1972-80 ]
Allmusic Rating/User Rating
1. Irrlicht (1972) ★★★★★/★★★★★
2. Cyborg (1973, 2LP) ★★★★☆/★★★★☆
3. Blackdance (1974) ★★★★/★★★★☆
4. Picture Music (1975) ★☆/★★★★
5. Timewind (1975) ★★★★/★★★★☆
6. Moondawn (1976) ★★★★★/★★★★★
7. Body Love (1977, soundtrack) ★★★/★★★★
8. Mirage (1977) ★★★★☆/★★★★☆
9. Body Love Vol. 2 (1977) ★★★☆/★★★★☆
10. X (1978, 2LP) ★★★★/★★★★★
11. Dune (1979) ★★★★/★★★★
12. ...Live... (1980, live, 2LP) --/★★★★
13. Dig It (1980) ★★★/★★★★
 
 と、批評家票(Allmusic Rating)もユーザー票も全体に高いのですが、批評家票が低い(なぜか『Picture Music』だけ例外的に低く、『...Live...』は批評家票対象外になっている)アルバムでもユーザー票は高く、全体的にも高い批評家票をさらにユーザー票が上回っています。その『ライヴ』までの12作はどれを取っても70年代エレクトロニック・スペース・ロック究極の名盤ばかりと言っていいものですが、シュルツェらしさはどのアルバムにも横溢しているにしても作風には何度か変遷があり、聴く順番によっては取っつきづらいミュージシャンに聞こえるかもしれないので、ひと口に名盤ぞろいと言っても何から聴けばいいか手を出しづらいという未聴のリスナーも多いでしょう。ちなみに録音機材を一新してデジタル化した'81年以降のシュルツェ作品でAllmusicで★★★★以上のアルバムは(Allmusic Rating結果のみ)、

・Trancefer (1981) ★★★★
・Miditerranean Pads (1990) ★★★★
・The Dresden Performance (1991) ★★★★☆
・Das Wagner Desaster: Live (1994) ★★★★
・Klaus Schulze: Totentag (1995) ★★★★

 といったところで、2000年代からは『Ballet』シリーズ(1-4)が★★★☆といったところです。★★★~★★★☆のアルバムは'81年以降にもまだまだあるのですが、Allmusicでの評価は'78年の『X』、'79年の『デューン (Dune)』までのシュルツェをイノヴェイターとして高く評価し、その後は安定した活動に移ったミュージシャンとしているようです。本作をソロ・デビュー作『イルリヒト』と並ぶ傑作とする評価がされているのは、英語版ウィキペディアでも目されている通り「クラウス・シュルツェ初の全編をベルリン派(Berlin School)スタイルで制作されたアルバム」ということになり、ではベルリン派とはと言えば英語圏での理解ではカン、クラフトワーク、ノイ!、アモン・デュールII、アシュ・ラ・テンペル、タンジェリン・ドリーム、ポポル・ヴー、ファウストに代表されるクラウトロック(Krautrock=kosmische Musik=Space Rock)のスタイルの一派であり、電子音楽とアンビエント・ミュージックの源泉であるとともにポスト・パンク、オルタナティヴ・ロック、ニューエイジ・ミュージックを生んだドイツの実験的ロックであり、サイケデリック・ロック、アヴァンギャルド音楽と電子音楽、ファンク、ミニマリズム、ジャズの即興演奏手法、ワールド・ミュージックから影響されて生まれたもの、と定義されます。これでは何の指摘にもなっていませんし、「ベルリン派」と言ってもアーティストごとに出身地・本拠地はバラバラで、タンジェリンやアシュ・ラ、シュルツェはベルリンですがクラフトワークやノイ!はデュッセルドルフ出身ですし、ポポル・ヴーやアモン・デュールはミュンヘン、ファウストはハンブルグ、カンはケルン、またヘヴィ・ロック的クラウトロックのグル・グルはスイス出身者がリーダーです。それはともあれ、本作がこれまでのシュルツェのミニマリズム=ドローン手法による(1)『イルリヒト』『サイボーグ』期、ロック色を強めパーカッシヴな作風とアンビエンスな作風に整理した(2)『ブラックダンス』『ピクチュアー・ミュージック』期に、シークエンサーを初導入して全面的にシークエンサー・リズム上に即興演奏を展開した前作(3)『タイムウィンド』ときて、これまでのシュルツェの作風を総合化したダイナミックなアルバムになったのが本作です。

 シュルツェは年長の友人、ポポル・ヴーのフローリアン・フリッケがポポル・ヴーの音楽をシンセサイザー使用からアコースティックな楽器アンサンブルに変え(第3作『Hosianna Mantra』'72以降)、ヴェルナー・ヘルツォーグ監督作品への専任音楽担当もシンセサイザー使用は『Aguirre』'75を最後にアコースティック化したのを機に、フリッケから当時西ドイツには2台しかなかったというムーグ・シンセサイザーを譲り受けます。シュルツェは初めてシンセサイザー(ARP Odyssey synthesizer)を導入した『サイボーグ』以降ほとんど1作毎に機材を増やし、『ピクチュアー・ミュージック』ではEMS-VCS3 synthesizer、そして『タイムウィンド』ではElka String SynthesizerとSynthanorma Sequencerの導入によって、細分化したシークエンサー・フレーズの反復をベーシック・トラックのリズム楽器として用い、ストリングス・シンセサイザーとファルファッサ・オルガンによる即興演奏の土台にする、というスタイルを作り上げました。『タイムウィンド』だけ前後作とは趣きがやや異なるのは、『ブラックダンス』『ピクチュアー・ミュージック』まではあった、元々ドラマーだったシュルツェのドラムス、パーカッションが突然なくなったことですが、本作ではシークエンサー・フレーズの反復によるリズムに、コスミッシュ・レーベルのザ・コズミック・ジョーカーズ名義のセッション・アルバムのシリーズ7作で共演してきたプログレッシヴ・ハードロックバンド、ヴァレンシュタインのドラマーのハラルド・グロスコプを専任ドラマーに迎え、シークエンサー・リズムと生演奏のドラムスのリズム・アンサンブルでシュルツェ自身のパーカッションによる『ブラックダンス』『ピクチュアー・ミュージック』、シークエンサー・リズムのみによる『タイムウィンド』より各段に色彩感と躍動感に富んだリズム・アンサンブルを手に入れました。一見『タイムウィンド』だけ外れて見えるのは生演奏のドラムス/パーカッションが入っていないからですが、同アルバムで初導入にして全面的にリズム楽器としてシンセサイザー・シークエンサーを使用したからこそ、本作『ムーンドーン』でシークエンサーと同機演奏できる精緻かつダイナミックな演奏の力量を持つドラムス専任者を迎える方向に進めたので、シュルツェのアルバムを順に聴いてくるとまずアンサンブルを整理してロック色を強めた『ブラックダンス』で変化があり、『タイムウィンド』ではシンセサイザーの全面使用により一見すると初期2作のミニマリズム手法に戻ったように思いますが、本作ではシュルツェ自身がロック・ミュージック宣言したほどのダイナミズムに溢れたサウンドが聴かれます。

 そうした試みの先駆として、クラウトロック以外の純粋にロック畑のアルバムでは、ザ・フーの『Who's Next』'71(代表曲「Baba O'Riley」と「Won't Get Fooled Again」)にテリー・ライリーの『A Rainbow in Curved Air』'69にヒントを得たと思われるミニマルな反復フレーズとロック・バンド演奏の同機の試みがあり(後にシークエンサーのプログラミングが成功せず、オルガンの生演奏で反復フレーズを録音したと判明しましたが)、ザ・フーからの直接の影響によってよりポップで自然に、チープ・トリックがアルバム『Heaven Tonight』'78(代表曲「Surrender」など)で同じ手法を取り入れるものの、シュルツェが本作を制作した時点ではシークエンサー・リズムに生演奏のドラムスを乗せる試みは非常に難しかったようで、A面曲「Floating」、B面曲「Mindsphere」のどちらも初期テイクが残され、CD再発の際にボーナス・トラック収録されています。

 それら本作収録曲2曲の別テイクと較べると、『ムーンドーン』に収録された本テイクではいかに構成が練られ、高い完成度に磨かれているのがわかります。シュルツェ自身によるウィスパー・ヴォイスから定型リズムなしでしばらく続き、徐々にシークエンサー・パターンとドラムスがポリリズムを重ねていくA面「Floating」、ルバート・テンポの即興演奏が点描的に続いて曲の半ばの11分台から爆発的なドラムスとファルファッサ・オルガンのストレート・コードが噴出し、エンディングまで爆発が止まないB面「Mindsphere」と、AB面とも曲想が明快になった『ブラックダンス』以降でも抜群に曲の良さとアンサンブルの豊かさが堪能できます。一般的に、また現代的感覚からしたらベースを入れたいところですが、ベースを入れて鍵盤楽器、ベース、ドラムスのキーボード・トリオ編成にした場合ベース中心のアレンジになり、シュルツェの狙ったスペーシーな浮遊感よりもスペース・ファンク的サウンドになってしまうとも考えられるので本作ではベースレスで完成されたのでしょう。それはそれでまた別の方向性であり、シュルツェが『ムーンドーン』の時点で目指したサウンドではなかったのが、シュルツェ史上初めてダンサブルなサウンドを目指し、ファルファッサ・オルガンのキーボード・ベースによるベース・パートをアンサンブルに取り入れた次作で、映画のサウンドトラック・アルバムながらシュルツェ自身もレギュラー・アルバムに数える『絶頂人妻ボディ・ラブ (Body Love)』'77と、サウンドトラック・アルバムではなくオリジナル・アルバムとして同じコンセプトを引き継いだ『ボディ・ラブVol.2 (Body Love Vol. 2)』'77を制作したことでもわかります。『ボディ・ラブ』2作も人気の高い、代表作に上げる評者も多い快作ですが、シュルツェのアルバムでは明快なサウンド・スタイルで何より曲が良く、ロック色の強い『ピクチャー・ミュージック』や本作『ムーンドーン』や『蜃気楼(ミラージュ) (Mirage)』'78が親しみやすく、またシュルツェ作品の本流を外さないアルバムでもあり、真っ先にお薦めできるゆえんです。またシュルツェの写真がアルバム・ジャケットに登場するのは『サイボーグ』以来であり、次が『蜃気楼(ミラージュ)』、その次が『X』なのを追っても、節目を期したアルバムの時にはジャケットに登場するシュルツェの自信が見られます。