偽ムーミン谷のレストラン・第17回 | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。



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 ホッピーで乾杯というのも間が抜けておるが仕方があるまい。しかしジョッキとはすまんな。容器自体に重みがあるから利き腕で持たんとつらかろう。
 それはあっしも気づきませんでした。でも瓶のホッピーなぞありますかね?だいたいホッピー自体、他人が飲むのを見たことはあるが自分じゃまず飲みませんですからね。
 私もだ。ひょっとしたら私はこれが記念すべき初ホッピーかもしれんぞ。
 記念するようなことかはわかりませんが、たぶんあっしもです。手下どもにどさくさ紛れに飲まされていたら別ですが。
 おたがい初ホッピーか。法を表と裏から支えるわれわれがそんなケチくさいことで一致するとは、実に景気の悪い話だな。なんだか大事なものを失ったような気がしないか?
 いやあ、あっしは物盗り専門なんで、失うものは命しかないです。でも物盗りの立場としても、近ごろの景気の悪さはねえ。税率を上げて吸い上げた金も景気を上げるどころか、世間をケチにしているだけじゃないですか。
 それにはわれわれも困っていてね、なにしろ経済政策と言っても、過去には独自のシステムがあってなんとか維持してきたからこそ現在のこのコミューンもあるのだが、今やわれわれは先進国のシステムを模倣するしかなく、その先進国さえもことごとく破綻をきたしておる。ではわれわれが自給自足だった頃のシステムを取り戻せるかといえば、後戻りはとうてい無理なほどコミューンの性格は変質している。だからきみたちプロの知恵を借りたいわけだ。
 そうですねえ、これも先進国の手口ですが、司法の活気のために犯罪の再生産を促進する手がありますね。まず刑期を短くして再犯率を高めます。
 いいな、それから?
 禁止条例を増やし、一般市民を手頃な程度の軽犯罪者にして検挙数を上げます。密売品なら売人をはびこらせて売人との連携で違法物所持の現場を押さえます。ホテルの一室や路上駐車なんかがいいですな。つまりは、もっとプロを活用してくださいよ。職業犯罪者は泳がせておき市民を誘導してガンガン検挙する、その辺はまだ先進国から学ぶ余地はありますよ。
 うむ、きみもさすが裏の世界の親分だけあるな。
 たとえば今、外食禁止条例を出せばこの店の客は一網打尽ですぜ。
 いや、とヘムル署長は苦笑しました。その条例は一度施行され、廃されたことがあるんだ。スティンキーくんが来る前だがな。知りたいかね?


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 これはなんだろう、たぶん誰でも立ち寄っていい種類の祝賀会、おそらく立食パーティが催されているに違いない。そう確信したスナフキンは、中からにぎやかな人声が聞えてくる建物の開け放したドアから玄関をくぐりました。最後の食事にありついたのはいつのことだったか、もう思い出せません。
 食事をとらない生き物は徐々に衰弱していきますが、食事をとらないトロールはさまざまな変化をきたします。これには種族差もあれば個体差もあって一律には言えませんが、トロールにとって食事はエネルギー代謝のために必要なのではなく、いわば個体という概念の維持のために必要な行為なので、フィジカルまたはヴァイタル的な衰弱ではなく概念的衰弱、即ち、
・形態が崩れる
・矮小化する
・影が薄くなる
 などの現象が起ります。ですからスナフキンの存在は尋常にはほとんど誰からも見えない状態になっていました。光線や風の、ほんのちょっとした屈折や反射がかろうじて見えないスナフキンの輪郭を映し出すことがあるきりでした。これを日本の諺では、
・柳の下に幽霊
 と言うのは当らずとも遠からずといえるでしょう。それはさておき、
 スナフキンは仕事の依頼があってこんな土地まで来たのですから、到着さえすれば当然然るべき応対を受けて宿にも食にも日用品にもありつけるものと、水筒一本携えてきませんでした。近頃の洗濯機は入浴中に洗濯から乾燥まで完了しますから、着替えも用意してありません。依頼された仕事はやや長期に渡る可能性がありましたが、住民のいる土地なら商店くらいあるでしょう。ごく少額の貨幣しか持参しなかったのは現地の通貨と換金できるか不明でしたし、契約では衣食住は保証されるはずだったのです。
 つい先ほどにはスナフキンは周囲にこの土地のあちこち、主にじめじめして薄汚れ、悪臭すら地表から漂ってくるような場所をどうも好むらしい、おそらく陸生のカツオノエボシやマヨイアイオイクラゲのような原始的群体トロールの一種ではないかと思われるそれが辺りに生えている池から、帽子で水を汲みました。濁った水面ですが周囲の木々は映ります。スナフキンは手をかざし、水面を覗いてみました。ついにおれは着衣もろとも見えなくなったのか。
 そんなわけで、スナフキンが入りこんだのがムーミン家の結婚披露宴会場だったのです。