偽ムーミン谷のレストラン・第16回 | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。



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 第四章
 実は私も同じ疑問を持っていたのだ、とムーミンパパは言いました。それがいつからのことかは憶えていないが、他人と話題にしたこともある。だが確証をつかんだのは一度もないのだ、とムーミンパパは頭をかかえました。しかしこれではあまりに話が飛ぶので、もう少しこれまでの会話をさかのぼってみましょう。
・五分前
 食事マナーの悪さを始め、日頃の礼儀作法までムーミンママと偽ムーミンに責められるに及んでは、ムーミンパパも開き直る手に出たのです。ふーん私はどうせ教養ないし、フィンランド政府のムーミン特別手当だけが収入の宿六さ。一応学校に通いはしたが、施設育ちだから義務教育からは逃げられなかっただけだ。
 そういうものなの?
 ムーミン、パパの言うことは昔の話よ、とムーミンママが即座につくろいます。今は勉強も遊びもどちらも大事なの。パパだってああ見えてそれほど馬鹿じゃないのよ。
 馬鹿だと?どさくさ紛れとはいえ自分の亭主を馬鹿とはなんだ!
 と、こうしてつらねていくとムーミンママの暴言もいかにも唐突なので、もう少し会話をさかのぼってみた方がいいでしょう。
・10分前
 ところでムーミン、学校の成績がこの頃思わしくないそうじゃないか?とムーミンパパは嬉しそうに言いました。学校は楽しくないのかい?
 そんなことを言われても偽ムーミンは悪戯を目的にしか学校になど行ったことがなく、表向きにはムーミンとして入れ替っているだけですから、自分はともかく学校がムーミンにとって楽しいかはわかりません。偽ムーミンにはフローレンといいなずけ同士など虫酸が走るので極力冷淡な態度で接していましたが、冷淡にすればするほど馴れ馴れしくしてくるのがフローレンでした。しかも多少はムーミンのため、というよりムーミンらしさを装うために友好的な態度をとろうとすると、今度はフローレンの方が(偽)ムーミンなど眼中にない様子。若い女にはよくあることよ、と情婦には笑って済まされても、偽ムーミンがムーミンになりすます唯一の不愉快はフローレンでした。
 返事がないのでムーミンパパはムーミンママに話を向けました。われわれの小さい頃も学校の教師よりスナフキンが先生だったようなものだな。ということは、スナフキンはいつからこの谷にいるのか?本人ですら知らないのではないか?


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 最初、人びとはスナフキンの存在に気がつきませんでした。あるいは、気がつかないふりをしていました。気づくとはすなわちその存在を認めることであり、認めてしまえばそれは間違いだ、認識の違いだと言ってもあとの祭りです。
 ですが認識の違いにも種類はあり、たとえばカップルの一方が関係に倦怠を感じて商売女、あるいはホストに入れ上げた場合、
・この浮気者!
 と責めるのと、
・本気じゃないからm*_m
と詫びるのは同一事件をめぐる混乱ですが、
・解釈の相違!
 と追い打ちをかけるのはどちらにも可能で、ならば両者は修辞上意見の一致をみたはずです。でも実際はそれで治まる男女関係とは現実ではごく稀で、針の穴からラクダを覗いて、
・針の穴からラクダが通るぞ!
 と主張するようなものですが、ムーミン谷には現在ラクダはいないのです。一応現在と断るのは、ムーミン谷はどうやら極度に高度な発達をとげた文明の跡地に拓けた谷らしく、過去の文明の痕跡もまた現代のムーミン谷に属するとすればラクダがいなかった、とは断言できない。ただし現在はラクダはいない、ラクダに類似したトロールもいないというわけです。
 いないものを例にあげていいのなら、クジラの場合はどうなるでしょう?ラクダを覗くにも六畳一間の対角線くらいの距離はとらねばなりませんが、この際だからモビー・ディックくらいはでかいクジラを想定したいと思います。白鯨というくらいですからシロナガスクジラを指すとして、シロナガスクジラは絶滅種の恐竜などを含めても、地球上最大の体長を誇る生物として知られています。観測された最大の個体は34メートルの体長に及んだそうですから、確かに陸地で生きるには不向きでしょう。
 ラクダを覗いた要領でクジラ、それもシロナガスクジラを針の穴から覗くとなると、普通に両眼の視野に収めるにも相当の距離をとらなければなりません。ですがムーミン谷とはどのくらいの幅と長さを持つ地勢なのか、これまで多くの試みが素人によってなされましたが、全長ボート大から長野県大までさまざま、まちまちでした。市民プール大ではシロナガスクジラ自体が入らず、ムーミン谷以外の場所で試みてもそれはムーミン谷の真実にはならないのです。
 そこで測量技師が呼ばれました。名前はスナフキン、ですがスナフキンが着いた頃には、依頼は忘れられていたのです。しかもトロールの地で生きることはトロールと化すことでした。