サン・ラ - モノリス・アンド・サテライツI&II (El Saturn, 1973,1974) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - モノリス・アンド・サテライツVol.1&Vol.2 (El Saturn, 1973/1974)サン・ラ Sun Ra - モノリス・アンド・サテライツ Monorails and Satellites (El Saturn, 1973)YouTube Monorails and Satellites Vol.1 to Vol.3 Full album
Recorded at the Sun Studios, New York, (the commune where the Arkestra lived), 1966
Released by El Saturn SR-509, 1968 or 1973
All songs by Sun Ra except where noted.
(Side A)
1. Space Towers - 3:35
2. Cognition - 6:30
3. Skylight - 3:55
4. The Alter Destiny - 3:04
(Side B)
1. Easy Street (Jones) - 3:35
2. Blue Differentials - 2:50
3. Monorails and Satellites - 5:31
4. The Galaxy Way - 3:16
(CD Bonus Track "Monorails and Satellites, Volume 3")
1. Soundscapes - 3:26
2. The Eternal Tomorrow - 5:43
3. Today is Not Yesterday - 7:12
4. World Island Festival - 6:18
5. The Changing Wind - 3:52
6. Don't Blame Me (McHugh, Fields) - 4:37
7. Gone with the Wind (Wrubel, Magidson) - 4:10
8. How Am I To Know (King, Parker) - 5:22
9. Yesterdays (Kern, Harbach) - 4:13
[ Personnel ]
Sun Ra - piano
(Original El Saturn "Monorails and Satellites" Liner Cover & Side A Label)
サン・ラ Sun Ra - モノリス・アンド・サテライツVol.2 Monorails and Satellites, Volume 2 (El Saturn, 1974)
Recorded at the Sun Studios, New York, (the commune where the Arkestra lived), 1966
Released by El Saturn ESR-9691, 1969 or 1974
All songs by Sun Ra except where noted.
(Side A)
A1. Astro-Vision - 3:15
A2. The Ninth Eye - 9:05
A3. Solar Boats - 4:59
(Side B)
B1. Perspective Prisms of Is - 6:18
B2. Calundronius - 8:07
[ Personnel ]
Sun Ra - piano, and electronics on Astro Vision
(Original El Saturn "Monorails and Satellites, Volume 2" Liner Cover & Side A Label)
 サン・ラのアルバムも30枚を越えてようやくソロ・ピアノ作品が登場しました。Vol.1(オリジナルは無印)とVol.2は同時期の録音からアルバム化に際して振り分けられたもので特に大きなコンセプトの違いはなく、Vol.1はオリジナル曲目のまま正規CD化されていますが、海賊盤CDのVol.1にはさらにLP1枚分相当の未発表テイクがボーナス収録されており、未発表テイク分は9曲中スタンダード曲4曲(4曲ともビリー・ホリデイのレパートリーです)を含みます。Vol.2はいまだにアナログ盤再発売もCD化もされていませんから(レコード起こしの海賊盤しかCDになっていないので)、正規盤CDの『The Complete Monorails and Satellites Recordings』の発売が待たれます。ただし例によってサターン盤ですから、Vol.1と未発表テイクのマスター・テープは残っていた(しかも海賊盤業者に未発表テイクごと流出した)のにVol.2のマスター・テープは所在不明になっているのかもしれません。ご覧の通りVol.1とVol.2は裏ジャケットに至るまで一色刷りの同一イラストの使い回しという体裁ですし、レコード起こしの海賊盤を聴いてもサターン作品には珍しく音質良好(アーケストラが共同で住んでいた自宅録音ソロ・ピアノなので時間的制約がなく、落ちついて録音できたのでしょう)なので、SPレコード時代の音源のCD復刻ではレコードからリマスタリング・マスターを作成するのが普通に行われているようにサターン盤も盤起こしを踏襲すれば良かろうにと思いますが、サン・ラはアルバムが多すぎて割を食っている作品もあるということでしょう。ソロ・ピアノ作品も70年代後半以降のものが知られているので復刻が見送られているのかもしれません。

 この2作分のソロ・アルバムは録音直後の1968年・1969年発売説と5年経った1973年・1974年発売説の2通りありますが、例によって自主制作のサターン盤ですから手売りプレスが1968年・1969年、市販プレスが1973年・1974年になったのかもしれません。自主制作盤では早いよりも遅い方が確実と思われるためタイトルでは後者の発売年度を採りました。いずれにしてもサン・ラ・アーケストラが軌道に乗った絶頂期になってから制作されただけあって自信に満ちた優れたもので、サン・ラ初のソロ・ピアノ作品という意義も担う重要作である上に音質も上々と言うことなし、Vol.1とVol.2では楽曲のまとまりに差がある程度ですし(Vol.2の方はやや作・編曲のスケッチ風です)、さらに言えばピアノ・アルバムとして優れた作品と認めた上で、アーケストラ作品の注釈として聴き分けられるリスナーでなければ入りづらい側面があります。アーケストラと関わりなく聴けば変わり種のフリージャズ・ピアノ・アルバムとして好盤なのですが、それではサン・ラの全貌を反映したアルバムという性格は見えてきません。

 ジャズ・ピアノの父ジェリー・ロール・モートンからジャズ・ピアノの帝王アート・テイタム、さらにビッグバンド・リーダー兼ピアニストの二大巨匠デューク・エリントンとカウント・ベイシーら、サン・ラが聴いて育ってきた黒人ジャズ・ピアノの歴史と、サン・ラより後輩の黒人モダン・ジャズ・ピアノの革新者であるセロニアス・モンク、セシル・テイラーまで、『Monorails and Satellites』はサン・ラによる黒人ジャズ・ピアノ史のショーケースと言われます。それにはアルバム3枚分のレパートリーを演奏したかった(そのうち2枚分を発表した)ということになるのでしょう。はっとする箇所がどの曲にもあります。モダン・ジャズでもバド・パウエル系のビ・バップ・ピアノにはならないのは左手のベース・ラインが強靭なためにむしろ高音域は装飾音的に使われることが多いからで、イタリア系白人理論派クール・ジャズ・ピアニストの鬼才と知られるレニー・トリスターノの醒めきったベースライン中心のプレイを彷彿させる場面が多いのも意外です。

 というのは、ここで聴けるサン・ラのソロ・ピアノはアーケストラのアレンジのデッサン的性格が強くうかがわれるからで、通常ジャズ・ピアニストはそれほど広い音域や激しい昇降フレーズは使いません。88鍵あるピアノの音域はフル編成のオーケストラよりも音域が広いのですが、耳に心地良い音楽は無理のない人間の自然な声の音域です。楽器による合奏の場合でも主旋律自体はそれほど激しく音域を上下するわけではなく、激しい音の跳躍や細分化され高速化されたフレーズは実際は単純な主旋律に装飾音を混ぜて複雑化した錯覚をさせたものです。サン・ラのソロ・ピアノを聴くと、ピアノという単一の楽器でおそらく金管楽器パート、木管楽器パート、ピアノ・パート、ベース・パート、ドラムス・パート(ドラムスも記譜上では音程で表せます)を同時進行で演奏するはなれわざが行われているのがわかります。ソロ・ピアノ演奏として完結しているというより、パートの分割を聴きとれない聴き手にとってはピアノによるサウンド・クラスターのような演奏に聴こえるので、ばらばらなフレーズが2オクターヴ跳躍するのも珍しくなくメロディとして認識できない、という現象が起こります。ところがそれはサン・ラのソロ・ピアノにとってはトロンボーンの持続音、サックス陣によるリフとトリル、トランペットが放つ高音域のヒットの同時演奏で、当然左手ではポリリズミックなピアノ、ベース、ドラムスのパートの同時演奏も行われているのです。

 そうしたピアノ1台によるマルチ奏法は1930年代のアート・テイタムの頃には確立されており、ビバップはピアノをもっとソリッドなソロイストの楽器に見直しましたが、セロニアス・モンク~セシル・テイラーはビ・バップから出ながらピアノの機能に再びオーケストラ的混沌を与える、というサン・ラに近い立場にいました。実際もっとも『Monorails and Satellites』に近いのはセシル・テイラーのピアノ演奏です。サン・ラはアーケストラのアルバムではピアノを抑制し、総勢8~12人のメンバーに役割を分担させていたのがわかります。テイラーのバンドは3~5人、特にベースレスのサックス、ピアノ、ドラムスのトリオを好みましたから、ピアノの役割はフルメンバーのサン・ラ・アーケストラより大きなものでした。

 本アルバムのタイトル『Monorails and Satellites』は1968年の映画『2001年宇宙の旅』から採られたそうです。映画ではロケットの目的地はモノリスからの信号が発射された木星の衛星になっていますが、小説版では土星の衛星です。土星人音楽家であるサン・ラがこの設定に歓喜し興奮したのは想像するにあまりあります。あの映画にインスパイアされたアルバム・タイトルにしてはジャケット・アートは20年古いSFパルプ・マガジン並みですが、アルバム内容は逆に『2001年宇宙の旅』が古く見えるような、正真正銘21世紀になって初めて真価がわかるような進みすぎた音楽でした。サン・ラのアナクロニズムと先取性の奇妙な混合は本作では本来オーソドックスなソロ・ピアノ演奏(Vol.2のA1のみエレクトリック・パーカッションが入りますが)ですら全開しており、ジャズ・ピアノが流れるバーでかかろうものならお客さんの苦情は必至でしょう。一般的なジャズの認知などその程度のものです。