~お知らせ~
★通販生活 10月号 インタビュー掲載★日本テレビ系『踊る!!さんま御殿!』
★テレ朝系「世界秘オモシロCMサミット」に出演
10月8日(土)23:15~24:09
★清話会発行『先見経済』10月1日号にて
直筆コラム時論「日本の国際交流」を掲載
★10月22日、23日名古屋栄セントラルパークのワールドコラボフェスタに参加
★テレ東系『ピラメキーノ』出演予定 放送日未定
★ニコ生ブロス『朝生第二会場~40歳以上お断り』
★読売テレビ系『あさパラ!』スペシャルに出演予定
12月24日9:25~
★BSフジ「BOAT RACEライブ」に出演予定
★DMMネット「No Sunmusic,No Life」に出演
12月7日20時~
★雑誌「an.an」1月11日発売号
問い合わせ先: サンミュージック
今更ですが、バチェラー3を見て、感想を書きました!!
フィフィの骨折日記4
やっとシーネも外れたんだけど、まだ杖は一応使っておいてと言われ、今度は片方だけ、肘で支えるタイプの杖に変えました。これも2週間ほど使うことになりそうです。ちなみに部屋の中では使っていません。
フィフィの骨折日記3
9月30日骨折17日目、2回目のレントゲンを撮りました。ササクレのように折れていた骨が本体の骨に寄ってます。経過は良好だそうで、あと10日で松葉杖無しで歩いて良いそうです。その際にはシーネではなくてもっとコンパクトな固定するサポーターのようなものに変えるかもと言われました。良かった。次から医学療法師さんにかかって歩く練習も始めます。どうしても筋肉が固まってしまって初めのうちはうまく歩けなくなるそうです。
骨折18日目、今夜は手羽元と野菜を煮込んだだけのスープ、使ったのはエジプトのクノールが出している野菜エキスだけで作ったベジタブルブイヨン、これにエジプトのスパイス(スパイスミックスとジンジャーを入れました。)で手間いらずなのに本格的な味に仕上がりに♪こゆ煮込み系は付きっきり料理では無いので足に負担がかからないからいいですよね!
骨折19日目、今日は理学療法士の運動療法にかかった。凝り固まった筋肉をほぐし、シーネが取れた時に歩きやすくなる様にするためのもの。3週間も使っていない筋肉がこうも固まるんだなと、思い通りに動かなくなるんだなと。それでも動かせる指先は日々動かしていたので、まだそこまで酷く固まってなかったらしい。そしてぐいぐいほぐすためにいろんな箇所を押されるんだけど、それがまた相当凝ったところをほぐしてる感覚で痛気持ちよかった。週に1、2回は行うことになりそうです。あと、もう体重も半分はかけていいって言われました。半分とは垂直に松葉杖で立つくらいってこと、まだ捻ったりの運動は禁止です。
ランチはママからもらったナッツでグリーンサラダでした♪卵とキュウリとアボカドをレタスと混ぜてコブサラダドレッシングとブラックペッパーで仕上げる。クルミは砕き易い。ナッツの歯ごたえがたまらない♡このサラダが大好きだからこれだけでも苦にならない。短時間で作れるので骨折中はサラダランチがおススメ!チキンを加えるのもいいと思う。
10月5日今日はとても晴れた土曜だけど整形外科に超音波だけ当てに行って、帰り道にある小さなスーパーに行って戻ってきた。予定だとバーベキューがあったんだけど、行けるわけないので、そしておうちでラグビーのサモア戦を観戦しながら、ようやく松葉杖無しで立つことはいいと言われてるので少し料理を楽しんだ。昼は讃岐うどんで釜揚げうどん、夜はイカスミが練りこんであるスパゲティでニンニクとオリーブのトマトソースのパスタ、どちらも本当に美味しかった。
そしてこれはオススメ、焼きとりの缶詰をサラダに使うとドレッシングも要らないし、食べ応えあるサラダが簡単に作れるよ!
フィフィの骨折日記2
9月20日、骨折6日目。息子のお弁当もなんとか身体を支えながら作ってます。夕飯の残りや冷凍のおかずも助かります。そういえば昨夜から立ち上がる時や寝起き、寝るときもづきづき痛む、同じように骨折ブログを書いてる人も6日目あたりから痛むと記してた、血の巡りのせいだと書いてたけど、どうなんだろう。無理して家事なんかで動きすぎたかな、心配…。
病院内で携帯は控えないとなので読書をして待ち時間を過ごす。昔読んで衝撃を受けたカフカの「変身」を持ってきた。やっぱこの小説好き♡それにしても無理して家事なんかをしてうちの中で動いていたせいか腫れが引かない、風邪を引いてるせいもあるかも。免疫が弱くなると身体の一番弱ってる箇所に影響するらしい。だから痛むし…
9月24日腫れは5分の3くらいは治った感じですが、まだ痛みもあるし、あと内出血がなんか痛々しく見えますよね。負傷した直後の対処が如何に大切なのか思い知らされました。扁桃炎がまたぶり返してなんか喉の痛みが治まらないので、この後別の病院へ、耳鼻咽喉科に係りました。
9月27日、大阪で「そこまで言って委員会」の収録、なんとか新幹線駅まで、なんと松葉杖二本で電車に乗ってきました。新幹線の中ではなるべく足を少しでも高い位置に置くようにとのこと。メイク前だけどマスクしてると、まぁまぁ可愛くみえるね。
9月28日今日は品川のホテルでトークショーで行き帰り送迎があったので移動が楽でしたが、会場では挨拶をしたりで動きもあって松葉杖が手放せないお仕事でした。なるべく患部の包帯が目立たないように今日もワイドパンツの衣装でした。
9月29日今日は世田谷のTMCスタジオで特番の収録です。3つの電車を松葉杖二本で乗り継いでなんとか成城学園前駅へそこからはタクシーで移動しました。日曜だったので普段は通勤時間帯でごった返してるんですけど、幸い人も少なくて安心しました。
フィフィの骨折日記
9月14日転倒した、足の甲を過去二回ヒビをやっているのでまた同じ症状かと思ったが、三連休初日のため病院が開いていないのでうちで安静にしていた。
みるみるうちに腫れが広がる
しかししばらく松葉杖生活を送らなくては行けない。あとマンションには階段もあるから移動が想像を絶するほど困難だった。うまく松葉杖が使えない、また階段で転んだら手術は避けられない、てことで階段は腰を下ろし、お尻をついたまま一段一段降りた。
9月16日骨折3日目、使わない筋肉や腰が痛むのでウチにあるマッサージ機を当てて和らげる。あと暇なので骨折してる人にはありがたいリラックスマキシワンピをついつい検索、そして今日から部屋の中は松葉杖だけでなく、息子のゴロゴロがついてるデスクチェアで移動、車いすみたいに少し楽に移動できるのでおススメ。あと、西友のネットスーパーで食材を注文。五千円以上の注文で配送料無料。明日届くので助かる。妊婦時に使って以来。今日は少しずつ家事もこなす。いろんな箇所で身体を手で支えながら料理もなんとかしてる。洗濯を干す時だけ息子にお願いしてる。うちの洗濯機の乾燥機があまりうまく乾かないので干すしかない。
今夜は早速ネットスーパーで購入したお手頃価格のおでん種でおでんを作った。煮込む系ならあんまり動かないで調理できるから。右脚だけで立ちっぱなしだと辛い、でも左足に重心はかけられないので、いいこと思いついた、何箱かセットで売ってる箱ティッシュを自分の欲しい高さにして、ビニールついたまま怪我した足置きにした、これなら多少力入ってもいい具合に少し潰れてくれるから、痛く無い。しかもビニールついたままで使うことで床でうまく滑ってくれるからキッチンで移動するくらいならちょうど上手く動ける。おススメ。
9月18日月末に仕事が続けて入ってるのでなんだかもっと後に診察に行こうと思ったが、包帯が緩くなったし、もっとコンパクトなシーネにしてもらいたくて、しかも昼過ぎから雨予報だし、慌てて近くの整形外科に紹介状を持って来た、普通に歩けば2分半、10分弱かけて松葉杖で来た。大変だったのはマンションの長い階段、松葉杖だと不安なのでお尻をつきながら登った、幸い管理人さんと遭遇、見守ってもらいながら登った。かなり心配された。ウチは中3の息子しかない、もちろん学校、頼れる同居人がいないと一人ぼっちで対応しなきゃならなくて、ほんとそれがつらい。あと仕事のことが心配で頭いっぱい、仕事をこなせるのだろうか。まだマネージャーに話してない…。
流石専門医ですね。今日は超音波当てて、アイシングもして、歩きやすいシーネに作り変えてもらいました。そしたらあら不思議、松葉杖二本でぴょんぴょん跳ねながら無駄な腕力使って汗だくに移動していたけど、体重かけない程度に左足を着いて歩けるように!だから松葉杖も一本で歩けるし、階段も上り下りできるように。救急でもらった痛み止めも痛いときに飲んでとか言われててあまり飲んでなかったけど、あれは炎症を抑える効果もあるから食後の度に飲むようにとアドバイスされた。
9月19日今日は折れたところが痛むから心配だなぁ、歩きすぎたかなぁ、部屋の中でだけだけど。そして部屋の中の移動にも便利だし受験生の中3の息子が欲しがってたので、増税前にゲーミングチェアを買って、それが今日届いた。組み立てるのに1時間くらい息子が悪戦苦闘してた。説明書が雑。なんとか完成。息子がいない間は使わせてもらおう。
今の仕事について…
コメンテーターとして、歯に衣着せぬ発言で知られるフィフィが、若手芸人の登竜門番組『東京オーディション(仮)』(TOKYO MX)のワンコーナー「ネイティブキャンプ」に登場した。
エジプトから日本に移住したのが2歳。大学を卒業し、帰国後、カラオケ会社に就職するも、タレントとして活動を始めた。
「コメンテーターの仕事をしていると、国際情勢に敏感でいなきゃいけないと思うんです。いろんな国の情勢を聞くには、その土地に住んでいる人に聞くのが一番いいですよね。
だから、英語は重要なんですけど……留学でフロリダとニューヨークにいましたが、文法は完璧でも日常的な英会話は全然ダメでしたね。
見た目から、英語ができて当たり前と見られることも多いですが、日本で暮らした年数のほうが多いので、英語やアラビア語ではなく、日本語で育ったんです。
留学先では、完璧な文法よりコミュニケーションを求められることの方が多かったです。発音なんて気にせず、言いたいことを言えばいいんです」
やはり、英語と離れた生活をすると、とっさに使いたい英語が出ないこともあるという。それでは、コメンテーターとしての仕事はどう考えているのだろうか。
「じつは、一昨年までお笑い班にいたんです。今はコメンテーターとして出ていることが多いですが、最初はどうしても『フィフィ』というキャラクターを確立させるため、ある程度過激な発言は必要だと考えていました。どんどんコメントして、爪痕残してインパクト与えなきゃって。
バラエティタレントからコメンテーターになったら、何か言ってくれるんじゃないかと期待されるじゃないですか。自分が表に出て発言するわけだから、いろんな人から自分に対して厳しい意見があって。心に余裕があればいいですけど、どうしても傷ついたり凹んだりしちゃいますよね。
でも、考え方を変えて、『朝早くから文句を言う人も気にしてくれてありがとう』って思うようにしたんです。この仕事は、何も思われないのが一番残念だと思っていて。
嫌いだの言われても、その人の記憶に残っていることだけでもよしとしなきゃと。それでも応援してくれる人がいると信じて。文句を言いながらもフォローしてくれる人もいるので、ありがたいと思っています」
所属事務所でもあるサンミュージックが去年50周年を迎えた。フィフィにとって事務所との関係はどのようなものなのか。
「サンミュージックは社長が『ファミリー』だと常日頃から言っていて、家族のような温かさがあるんです。社長室の前を通って『社長!』って声をかけると、『入っておいで』と、迎え入れて一緒に写真を撮ったり。
社長が現場に来てくれることもあって、『いつもご迷惑かけてすみません』って謝ったら、『フィフィみたいなタレントがいてもいいんだよ』と言ってくれたのが一番嬉しかったです」
芸能界で生き残るためにも、しゃべり方や表現の仕方を勉強することが重要だと考えている。ただ過激なことを言って誰かを攻撃するだけでは、未来がないこともわかっている。
「私は、人間だし失敗してもいいと思うんです。いろいろと失敗しながら思ったのは、失敗は誰にでもある。その失敗を素直に認めて次に進んでいく姿が一番大事だと思うんです。
下手に隠したり繕ったりしないで、人の失敗を見て学ばなきゃいけないですよね。
私も親として、子供にはある程度自由にやらせてあげて、もし何か失敗したり助言を求めてきたときは、こうしたらいいと決めつけるのではなく、一緒に考えるようにしています。
それが子供の成長だけではなく、親として成長させてくれているんだと、感謝しながらの毎日です」
2019年8月24日掲載のFlashインタビュー記事よりhttps://smart-flash.publication.network/amp/b8ddcd8cb6af05a7f1d4108e03f67146eb61944a187acccfd936908345e775e1?__twitter_impression=true
なぜフィフィは意見するのか〜インタビュー記事より
2005年に芸能活動を始めた当初は“面白外国人”としてバラエティー番組を賑わし、その気さくなキャラクターと歯に衣着せぬ物言いが支持を集めた。エジプト人の両親を持つ外見から生粋の外国人と思われがちだが、2歳から名古屋で育った。国籍はエジプトだが、むしろ“日本人”としての生活感覚が染みついている。
「名古屋に25年住んでたから『ケンミンSHOW』に呼ばれてもいいくらいなんだけど(笑)。日本のことちゃんと知るんだったら首都に一度は住まないと、と思って、結婚と同時に上京したらテレビに出ることになって。派手な顔立ちだからすぐに顔が割れちゃって、すごく恥ずかしかった。私、本当に普通の庶民だから」
ツイッターフォロワー数は23万5000人(2019年8月現在は約42万7千フォロワー)を超え、デビュー年の2005年から書き綴るブログの内容は、公開直後にメディアが引用記事として拡散するということが頻繁に起こる。そして、それらのタイトルに踊るのは、「苦言」「非難」「一喝」「疑問」といった用語だ。取り上げる題材は、ワイドショーで話題になる社会問題から、芸能、スポーツ、そして国内外の政治。彼女は何にも恐れず、「これっておかしくない?」というストレートな疑問を放つ。
なぜ彼女はネットで“怒る”のか。本人はネットで発信する活動に込めた思いを語り始めた。
「私、もともとジャーナリストになりたかったんですよ。日記を毎日欠かさないほど文章が好きな子どもだったし、10代から『Newsweek』や『TIME』を読んで、勝手に記事の感想文を書くのが趣味だった。実は大学3年の時に『AERA』の学生向けの記者セミナーに参加したこともあるの。“右寄り”なんて言われている私が朝日の記者になっていたかもっていう話(笑)」
その後、アメリカに留学。そこで徹底的にディベート教育を叩きこまれた。
「留学以降は意見を言う体質がますます磨かれた感じ。テレビでは面白外国人として期待されていた期間が長かったけど、ずっとうずうずしていたんです。だから、ブログやツイッターみたいなSNSのツールが出てきた時はうれしかったですよ。やっと言える!って」
転機は2011年初め、母国エジプトで起きた「アラブの春」について4回に渡って長文で私見を綴ったブログだった。当時はまだ政治や社会について発言するタレントはほとんどおらず、現政権を批判する姿勢に「引退覚悟で書いた」とまで報じたメディアもあった。その直後に東日本大震災が発生。タレントがその存在意義を問われる空気が広がり、社会について発言することは自然と受け入れられるようになっていった。ここまで”攻めた”発言ができるのには所属するサンミュージックという事務所の存在も大きかった。
「サンミュージックは本当にタレントの自由を尊重してくれるから。年初にベッキーさんの件が起きた時も、あれだけの稼ぎ頭のタレントさんでもプライベートはきちんと確保されていたんだなと思って『うちの事務所、マジで自由だ』と感心したくらい。私の発言もすべて放任してくれていることはありがたいですね」
とは言え、自由な発言ばかり続けていたことにいついて、一度、社長に頭を下げたこともあった。「その時に社長が『こういうタレントがいてもいいんだよ』と返って。もちろん、自由には責任が伴うもので、その重さを感じることはよくありますよ」
フィフィ本人が今、感じている重圧。それは自らの発言が“影響力”があるとされ、時に“メディア”の役割まで背負わされてしまうことだ。
「私は感想文を書いていた延長で、感じたことを言ってきただけ。ただの“意見”なんです。日本人が中東のことを知りたいというニーズには応えたいから、頼まれたり必要を感じたりしたら、現地のメディアも含めて右も左も読んで調べて自分なりの言葉で書きますよ。中立性を謳うメディアはむしろ重視せずに、主張が明確なメディアを複数比較する感じかな。それでもあくまで私の意見。なのに『フィフィが言っていることは違う』って叩かれたりする」
だからこそ日本人に危機感を感じている。
「ある発言をどういう人がどういう背景で語ったのかを読み取って咀嚼できる力、つまり、メディアリテラシーがこれからの時代に絶対必要なはずなんだけど、日本ではほとんど育っていないですよね。私はニュースではなくて、ただの庶民なのに過大な期待を背負っているな、と感じることは多いですね」
戸惑いながらも、“物言うタレント”をやめられないフィフィ。タレントという存在の価値の行く末を案じるゆえでもある。
「昔は皆同じものをテレビで観て楽しんでいたけれど、今は視聴者のニーズが多様化、個別化、細分化してきて、タレントがテレビで稼げる時代は終わりつつあるんですよ。うちの10歳の息子なんて、気に入ったユーチューバーの映像ばかり観ているし。規制のないネット上でより思い切ったことができる“匿名のタレント”と、私たちは戦っていかなければいけない。かといってネットの活動にはほとんどお金がつかないからとても食べていけない。本当にシビアですよ。グルッと一巡して、タレント個人が生身で勝負していくしかないのかもしれないと私は思っています」



































































