
四ヶ月ぶりの歌津です。
東日本大震災から早、三年半が過ぎました。世間は東京オリンピックで盛り上がっているのだから、もう落ち着いた事だろうと思っている方もいるかもしれません。しかし現実は仮設を出た方は、ほんの一握り。八割はまだ仮設住宅の生活です。三年前に比べれば進んできたかもしれません。しかし実際はまだまだです。南三陸町では、行政の手がかかっている町は、重機もボランティアも充実し国の政策は良くも悪くも開発を進め、それにより格差社会を生んでいます。

私達は、長い年月をかけ経験を積み重ね、様々な仲間との交流を通し絆を深め、震災当初の災害活動から森の再生活動に移り変わりました。
活動を通し毎回感じている事は、すべて自分の糧になるということです。
体力的にはキツイ事です。しかし、辛い!と思った事は一度もありません。
行政の手がかかった政策ではないので、活動においては、すべて身銭をきらなくてはなりません。重機や道具がないなら手仕事でコツコツやらなければなりません。とても忍耐力を必要とします。
しかし、そこで得られるのは、お金でも名誉でもなく、家族を守る為にも一番大切な生きる知恵でした。何事も重機を使えばあっという間に片付きますが、もし、東日本大震災と同じ、ありえない状況が自分の目の前に起きたとき、大半の人はパニックに陥るでしょう。しかし生きる為に、まずしなければならないのは何もないとこから経験や知恵を使って生みださなければなりません。暖をとったり、水を汲んだり、食料を調達したり…と冷静な状況判断が出来、責任を持てる人が上にたたないと、皆で生き抜く事が出来ません。
自分だけが助かれば…となってしまったら社会は混乱し争いは絶えません。

今回の活動には、中学年になったタカちゃんが久々に参加してくれました。
丸太は持ってみて初めて重さを知ります。丸太は、一つ一つ大きさも形も違います。運ぶ為にはどのように持てばいいか、経験し自らが学びます。これだけは誰も教えてくれません。
私達は、自然や暮らしから知恵を学び自然と共に生きていかなければならないのです。
山や海では、経験豊富な年輩者が私達の良き師になります。
自然の驚異は誰にもコントロール出来ません。時に厳しさも与えられますが、楽しさも安らぎも教えてくれる大きな存在です。
休憩時間に皆でアンモナイトの化石を見つけました。森のお掃除をしたプレゼントを自然は与えてくれたのです。

そして今回は、まだ1㎝にも満たない牡蠣の赤ちゃんを見せてもらいました。この牡蠣が二年後、私達に美味しさを提供してくれます。牡蠣は内臓の味というそうです。内臓も、全て食べれるのは牡蠣の特徴です。だからこそ、海が豊かでないと美味しさは保たれないのです。
海が豊かになる為には山が綺麗でないとなりません。森や川が生き生きしていないと、美味しさは私達の口には届きません。何故ならば、本物の味は自然が創るものだからです。

今回の活動の終わりに、あの大津波を乗り越えた拓洋丸に乗らせてもらい、皆で海に出ました。

海から、私達が今活動している洞の浜を見せてもらいました。
海はとても生き生きし、心地よい風は日常の疲れを癒してくれました。
今回の続きは、年内に一度行おうと思います。
又次回も、賛同してくださる皆様の御参加をお待ちしております。