本稿に取り組むきっかけ  

何だか後ろ向きの様に感じて「いわゆる闘病記」を残すつもり等サラサラなかったのだが、多くの同病患者が人工呼吸器装着後の生活に悲観して呼吸器の装着を拒み亡くなっている現状を憂い、本稿が現状打破の一助になればと思い、私なりの「ALS考」を綴ってみることにした。 

 

 生まれながらのカープファンである私は昭和50年の初優勝を小学2年生で迎えた。戦時中の子供が「鬼畜米英」と信じ込んでいたように、「憎むべきは巨人軍」と、父から教えられて育った、正しい広島の少年だった。そんな父も、巨人軍の動向だけは気になっていたようで、日曜朝に放送されていたミユキ野球教室を観ては「カープに来たら全員補欠じゃ。王と長嶋は除く」が口癖だった。そんな私がマツダスタジアムのバリアフリーについて述べてみたい。 

 

車椅子で初観戦 

 マツダスタジアムが開場したのが2009年4月、身体の異変に気付いたのが2010年8月なので、旧市民球場に車椅子で行った経験はゼロだ。旧市民球場に車椅子席が6席あったらしいが、どこにあったのかも知らない。またカープの成績も振るわないし、19時迄診療していたのもあり、今ほど観戦する習慣もなかった。 

 初の車椅子席は妻のススメだったような気がする。2012年のシーズン中に電動カートで観戦に行った。なるほど、1階席の最後方のコンコース沿いに車椅子席がズラリとあるのね。こりゃあ快適に観戦できるわい。当時の私は電動カート=車椅子の一種、と信じていたが、電動カートに乗ったまま観戦している人は見たことがないので、違和感ありまくりだったはずだ。 

 

 

他患者を誘って 

 マツダスタジアムのホスピタリティを知って、「これは他の患者さんとも共有せねば」と感じ、春のチケット販売時に「車椅子+介助者2名」を二組購入してはALS患者や他の車椅子患者と観戦することとした。丁度カープの成績も鰻登りの時期だったので、大変喜ばれた。中には人工呼吸器を装着して初めての外出が、私とのカープ観戦という元球児の青年もいて、感動で涙の観戦のこともあった。ALSの母というべき先輩患者を誘った日には、「この楽しさ、他の患者さんとも味わえないものか」との声を頂いた。 

 

患者交流会を開催 

 ALSの母の後押しもあって、カープ観戦交流会を企画した。会費が高額になるのも避けなければならない。またコンコース沿いの車椅子席は車椅子1名に対して介助者2名迄との決まりがあるので、遺族や支援者は車椅子席に入れない。そこで、春のチケット発売日にはパソコンと格闘しながら、外野車椅子席をズラリと自由席を大量購入した。スタジアムが初めての参加者や観戦交流会を機に外出の楽しさを知った参加者もあり、参加者の笑顔に疲れも吹き飛んだ。 

 「日本ALS協会広島県支部」の横断幕を広げた途端、係員は飛んでくるし、横並びの車椅子席では会話もままならず、コンコースで他の客の迷惑を顧みずに交流する等、苦労も多かった。何とかしたい・・・。 

外野席でのカープ観戦交流会 

 

ラグジュアリーフロア 

 好評だったカープ観戦交流会だったが、コロナウイルスの影響で3年間中断せざるを得なかった。その間には磯村嘉孝選手との交流も始まった。磯村選手は自らの弟を筋ジストロフィーで亡くしておられ、スタジアムに筋ジストロフィーやALS患者を招待する等の活動をしておられ、ALS協会広島県支部にもチケットをお送りいただいた。また「病気に負けず頑張ってください!」との力強いメッセージも頂戴し、会員全員で熱烈応援することになった。(一部の巨人ファン会員を除く() 

 広島市歯科医師会のカープ観戦で利用したラグジュアリーフロアが広く、人工呼吸器に繋ぐ電源もあって快適だったので、「ここで開催したい・・・」と強く思うようになった。しかし、スタジアムで一番高額なチケットを会員に負担させて良いのか?そもそもコネがなくてラグジュアリーフロアが手配できるのか?と心配は尽きない。「コロナ禍で3年間大して活動してないから」との声が上がり、思い切って磯村選手を紹介してくれた方にお願いしてみた。球団にも交渉してくれ、OKが出た。会員が参加しやすいようにと、「土日祝日のデイゲームのラグジュアリーフロア」と希望を伝えた。 

 4月16日日曜日、ついにこの日が来た。スタジアムに最も近い私は徒歩で、最も遠くからの参加者は奈良県からの参加者も!この方は私の新聞連載をネット上で読み、私のファンになったとかで、広島県支部のオンライン交流会に参加してくれていた。私のファンと言っても、野球はバッファローズファン()らしい。中にはALS協会の行事は初めて、という患者家族もあった。カープのパワー恐るべし!だ。ALS患者が9名、内人工呼吸器装着者が6名、家族、介助者、支援者、顧問の医師、総勢60名でラグジュアリーフロアを埋めた。 凄い参加率だ!

 4年前に26回にわたって中国新聞に連載した時の担当記者に取材もお願いした。事前に観戦交流会の意義、経緯、私の思い、参加者の様子、そして「ワシのことはエエけえ他の患者さんを取材してほしい」と伝えた。翌々日(翌日は休刊日)に一字一句まで完璧な記事が誌面を飾った。ヤッタ~!!!でかしたワシ() 

 

観戦交流会を伝える新聞記事 

 

他球場との比較

 マツダスタジアムの車椅子席はコンコース沿い等にズラリと約140席を確保する。セ・リーグの本拠地球場と比較すると、東京ドームは30席。2010年に近代化改修工事を終えた甲子園球場は31席。バンテリンドームは20席、神宮球場は17席、横浜スタジアムは11席。座席数で他球場を大きく引き離してる上に、雨に濡れない場所に設置している点で優れている(ドーム球場を除く)。神宮や甲子園、横浜の車椅子席が雨に濡れているのを、テレビ中継で観る度に気の毒に思う。まぁ、40年前の甲子園しか、他の球場に行ったことないので、偉そうなこと言えんけど()

  2軍の本拠地、由宇球場も意外な程にバリアフリーだった。マツダスタジアム同様にコンコースがグルリと一周しており、多目的トイレも完備しているので、安心して観戦できる。カープ球団の姿勢が誇らしい。

由宇球場のコンコース

 

その他のバリアフリー 

 私には必要ないが、難聴者向きに内野1塁側・3塁側、外野レフト側・ライト側の4箇所約1,000席は、床下に磁気ループアンテナを設置し、場内放送をより明瞭に聞き取ることを可能としているそうだ。また、場内いたるところに設置されている多機能トイレは何と24カ所!そのうちオストメイト対応が12カ所!という充実ぶりだ。 

 

 駐車場車椅子

 車椅子使用者には特別に駐車券が発券されるので、これを使わない手はない。駐車場は3カ所に分かれており、屋内練習場前の「JR側駐車場」は通りを渡って3塁側エレベーターから入場するか、エレベーターでプロムナードに上がりメインゲートから入場する。やや面倒だ。「球場3塁側駐車場」は目の前に3塁側エレベーターがあり、モギリもいるのでスムーズに入場できる。「球場東側駐車場(ルネサンス4F)」は駐車場に入るのにドキドキするが、停めてしまえばフィットネスクラブの受付前を通過するとモギリがいて、扉を開けてくれる。そこは何とコンコースだ!!!ドラえもんの「どこでもドア」かと思った()。コンコースへは最短ルートだろう。 

※本稿を書いていると、モギリが通じない人がいることに驚いたので解説を加えると、「劇場・映画館・競技会場などの入場口や受付で、入場券の半券をもぎ取ること、またはその係の者」とある。 

 

まとめ 

 あまりに快適な車椅子席なため、健常者が車椅子に乗って車椅子席で観戦する例もあると聞く。これは良くない。また、車椅子席は介助者2名までという縛りもあって、例えば5人家族の内1人が車椅子の場合には一緒に観戦出来ないという欠点もある。カープ球団ではハートフルシートという車椅子専用グループ席を2019年より設置した。このグループ席は車椅子が一人いれば7人まで利用可能なので、家族や友達との観戦にも向いている。

 マツダスタジアムは「全国に誇るべきボールパークだ」というのは広島県民、カープファンの共通認識だろう。我々車椅子ユーザー、人工呼吸器装着者にとっても「全国に誇るべきボールパーク」だった。観戦を誘った同病患者の中には「球場って人が多いんでしょ」「移動が大変そう」と観戦を諦める人も少なからずいた。旧市民球場のイメージがこびり付いているのかもしれない。「行けば分かるのに~」と思うが、ALS患者の中には外出に積極的ではない人もいるし、医師や看護師の中にも「外出、ましてや球場なんて」と考える人も少なくない。私は車椅子だろうが、人工呼吸器だろうが、人としての楽しみは奪われるべきではない、と考える。マツダスタジアムだけでなく、多くの施設がバリアフリー化されている。これからも多くの場所に出かけて、行動範囲を広げていきたい。

ハートフルシート

 (つづく)

※本連載は歯科医向けの連載ですので専門用語を含みます。 

<広歯月報No.818  令和5年7月号掲載>