本稿に取り組むきっかけ 

何だか後ろ向きの様に感じて「いわゆる闘病記」を残すつもり等サラサラなかったのだが、多くの同病患者が人工呼吸器装着後の生活に悲観して呼吸器の装着を拒み亡くなっている現状を憂い、本稿が現状打破の一助になればと思い、私なりの「ALS考」を綴ってみることにした。

 

<その38誤嚥性肺炎考>で触れたように、ALS患者にとって最も恐ろしい合併症が誤嚥性肺炎で、事実、多くのALS仲間が誤嚥性肺炎で亡くなっている。前稿<その65嚥下考>では嚥下と誤嚥について触れたが、誤嚥そのものを外科的な手術によって防ぐ手段がある。私の周囲のALS患者もかなりの確率で手術済みだ。と言うよりもアクティブな患者になればなるほど手術済みの確率が高いように感じる。したがって、当然のように三保も手術済みのように話を進められて、途中で「僕は手術してないんだけど」と告げると「なんで手術しないの?!」と驚きをもって迎えられる。中には気管切開とセットで誤嚥防止術を考える医師もいるようで、知人のALS患者は「特に事前の相談もなく、呼吸苦から搬送され、目が覚めると気管切開と誤嚥防止術を受けていた」と語る。患者視点で誤嚥防止術について語ってみたい。

 

誤嚥防止術の適応

 嚥下障害診療ガイドラインでは適応を以下のように定めている。

①誤嚥による嚥下性肺炎の反復がある。またはその危険性が高い

②嚥下機能の回復が期待できない

③構音機能や発声機能がすでに高度に障害されている

④発声機能の喪失に納得している

その他には、頭頸部腫瘍の手術により、難治性の誤嚥が予測される場合(腫瘍の手術と同時に実施)にも適応とされる。

 ALS患者の場合にはどうだろう。気管切開~人工呼吸器使用者の場合には②、③は確実だ。一方で、①は口腔ケアや口腔内持続吸引器の使用、排痰補助具の使用、線毛運動による排痰、等によりかなりコントロールできるはずだ。④については、人工呼吸器を装着した時点で発声機能は喪失しているので、問題なさそうに思われるが、それは「原因不明、治療法なし」といわれる現時点でのこと。将来、治療可能になると信じている私は適応外だ()

 

誤嚥防止術の種類

誤嚥防止を目的とした外科手術は、術式によって分類される。代表的術式を列挙すると、声門上喉頭閉鎖術、仮声帯閉鎖術、声門閉鎖術、喉頭気管分離術、気管食道吻合術、喉頭摘出術がある。

このうち、最も古典的なのは喉頭摘出術だが、声帯を含む喉頭を全部取ってしまうと、永久に声帯発声が出来なくなってしまう。そこで、後に気管切開孔が必要なくなった時に、声帯発声を取り戻す可能性がある手法として、声帯を保存する数種の手法が考案されている。詳しい術式の違いは歯科医には必要ないと思われるし、そもそも私が理解していないので、触れることはできないが、歯科医から見て、当事者から見て、それぞれの術式の利点欠点について触れてみたい。

①声門上喉頭閉鎖術      ポケット部がない。手技が複雑。縫合不全のリスク

②仮声帯閉鎖術             ポケット部が最小。発声を取り戻した例あり。

③声門閉鎖術                ポケット部が最小。手技が複雑。声帯粘膜を損なう

④声門下閉鎖術             ポケット部あり。侵襲は少ない。

⑤喉頭気管分離術          ポケット部が最大。術後感染は縦隔に及ぶ。気管腕頭動脈瘻のリスク。

⑥気管食道吻合術          ポケット部がない。術後感染は縦隔に及ぶ。気管腕頭動脈瘻のリスク。

⑦喉頭摘出術                ポケット部がない。発声の再獲得はあり得ない。侵襲は最大。

 ここで歯科医的にはポケット部の有無が気になる。唾液や食塊が貯留したままになるって、猛烈に不潔なような気がする。

 

閉鎖部位の比較

 

代表的な誤嚥防止術と唾液の流路

 

経口摂取を可能にするものではない!

 一部のALS患者の中には、「誤嚥防止術を受けることによって、経口摂取を回復した」という人もおり、そこから、「誤嚥防止術を受ければ、未来永劫経口摂取を続けられる」、と信じている人もいる。声を大にして言わなければならないが、誤嚥防止術はその名の通り、誤嚥を防ぐもので、嚥下機能を回復するものではないし、ALSの病状進行を止める効果はない。

私の経験でいうと、気管切開は受けていたが、人工呼吸器装着前のレティナカニューレを装着していた時期で、嚥下障害を自覚しはじめた時期なら、経口摂取に適していたのかもしれない。この頃は、飲み込むたびに下顎を上にあげて、広島弁で言う「ノッテ」、重力を併用した嚥下をしており、食事中にムセることも多く、気切孔から米粒が出てくることもあったほどに、「食欲vs誤嚥」に悩んでいた時期だったからだ。但し、この時期は数か月間だけで、更なる病状進行によって経口摂取自体を諦めてしまった。現在の私の状態は、仰臥位で唾液を飲み込むことすら出来ないので、誤嚥防止術を受けたところで、経口摂取を取り戻すことはないだろう。

 

レティナカニューレ

 

私が受けない理由

 人工呼吸器を装着して活動的に過ごす私のことを、当然のように誤嚥防止術を受けているもの、と信じて接する人もいる。それほど誤嚥防止術はALS患者の間で流行中だ。しかし、私は受けていないし、今のところ受ける予定もない。

 手術も怖いが、それ以上に慣れない入院が恐怖だ。発声が出来ない私は、<その17気管切開考>で触れたように、コミュニケーションが取れないスタッフと過ごした2013年10月の入院は、トラウマと言っていいほどの経験だった。出来れば入院したくない。9年が経った現在では、当時より病状進行し、ナースコールも押せない。「パソコンで会話できるんじゃろ?」という人もいるが、操作できる位置にセッティングするにはかなりの熟練を要するし、24時間パソコンの前にいるわけではない。 

 <その38誤嚥性肺炎考>で報告したように、2014年11月に誤嚥性肺炎を経験したが、それとて一度きり。現在では、気管内に唾液が落ち込んでも、排出する術を得ているし、歯科医が誤嚥性肺炎を繰り返すようでは恥ずかしい。しかし、誤嚥性肺炎を繰り返すALS患者は、手術を検討すべきだ。

 あと30年、85歳まで生きるつもり、というよりも予定、でいる私は、30年の間には治療可能、完治する病になると信じている。そう信じないと「やってられない!」というのもあるかもしれない。待ち焦がれたその日が来た時に、声を失っているのって、どうしても許せない。誤嚥防止術を受ける人は、適応から想像されるように、不治の病に侵されている人で、声を取り戻した例はほとんどない。不可逆変化と言っていい。声帯粘膜を傷つける訳にはいかん。喉頭癌術後と同様に、食道発声や電気喉頭、シャント発声など、声を取り戻す方法がないわけではないが、私の美声が再現できるものではない()。ALSは現在のところ不治の病だが、それに甘んじているようでは、なんかALSに負けたようで納得できんのよ。完治した暁には、喋り倒すぞ()

 

声を取り戻す方法

 

まとめ

 誤嚥防止術を検討しなかった訳ではないし、将来意を決して受けるのかもしれない。誤嚥防止術を受けていない私が、誤嚥防止術のメリットを想像すると、

①痰吸引の回数が劇的に減る(ゼロになる訳ではない)、

②気切孔から溢れ出る誤嚥した唾液が劇的に減る(唾液が気管にダダ洩れの私はかなりこれに悩まされている)、

③気管内に大量の唾液由来の痰が落ち込まない(落ち込むとかなり苦しい)、④誤嚥性肺炎を起こさない、

だろう。メリットデメリットが拮抗しているからこそ、多くのALS患者が悩むのだと思う。

 誤嚥防止術は耳鼻科で受けることとなるが、同期の耳鼻科医によると、「医局や病院の方針で術式の得意不得意があるので、患者さんはあまり選べないかもね」、とのことだった。誤嚥防止術を検討する人は、不可逆変化であることを肝に銘じ、それぞれのメリットデメリットについて、納得いくまで耳鼻科の執刀医と話し合うことを薦める。

(つづく)

※本連載は歯科医向けの連載ですので専門用語を含みます。 

<広歯月報No.810  令和4年11月号掲載>