本稿に取り組むきっかけ

 

何だか後ろ向きの様に感じて「いわゆる闘病記」を残すつもり等サラサラなかったのだが、多くの同病患者が人工呼吸器装着後の生活に悲観して呼吸器の装着を拒み亡くなっている現状を憂い、本稿が現状打破の一助になればと思い、私なりの「ALS考」を綴ってみることにした。

 

山形大学からの発表

2021年のクリスマスイブには山形大学より、「アルツハイマー病治療のために開発中の薬がALSに効果あり」、とのアナウンスがあった。当事者の私にとってはビッグなクリスマスプレゼントだ。報道によると、「脳や脊髄などに蓄積するALSの原因タンパク質の凝集に作用する薬は初となる」、とあったので、「なんでか分からんが効果がある薬」よりは原因を叩いている気がするし、根本治療に近づいたように感じて無茶苦茶期待できる。但し注意しなければならないのは、マウスを使った動物実験での成果なのを忘れてはなるまい。また、アルツハイマー病と一緒にされるのは少々複雑な心境だ(笑)。

TDP-43の異常沈着に伴うALSの病態モデル

 

株式会社再生医学研究所からの発表

本稿を準備中の2022年1月12日に、驚くべき発表が株式会社再生医学研究所よりあった。それによると、「乳歯幹細胞由来培養上清(SHED-CM)の投与によってALS患者の神経細胞を活性化し、運動能力を回復させる新たな治療法になる可能性が高い」、という。乳歯歯髄由来の幹細胞を原材料とするSHED-CMには神経保護、軸索伸長、神経伝達を促進する作用などの多彩な神経栄養因子が含まれており、SHED-CMを投与したALS患者の呼吸機能を安定させ、四肢及び頸部の痙縮を改善、可動域を拡大させた。今までの国内研究では進行を「抑制する」か「止める」ものだったのに対して、明確に「改善」を謳った発表は初めて目にする。再生医学研究所の上田実代表は言わずと知れた東京医科歯科大学出身の歯科医師で、末端で燻る私から見ると雲の上の学者だが、何だか誇らしい。

乳歯歯髄幹細胞由来の培養上清の作成法

 

ALS治験の問題点

<その56><その57>で前述のように承認された保険薬が2種、他に多くの薬剤が治験中だが、治験を受けるには他の薬剤の効果を除く目的で、保険薬も含めて投薬を中断することが求められることが多い。特に保険薬の中断を求めるのは酷だ。それが原因で治験参加を断念した同病患者もいる。

 

また、薬剤の効果を際立たせるために発症(身体の異変に気付いてから)2年以内との制限がつく治験も多い。私の経験によると発症後の2年間は劇的な病状進行期に当たり、身体の症状は日々変化し、ALSと対峙するための準備もしなければならない上に、精神的にも不安定な時期だ。治験のために県外の医療機関に入院するのはハードルが高い。各大学の研究競争なのはよく理解しているが、横の連携を密に取り、各県で多くの治験を受けられるようにすれば治験参加者が集まりやすく、新薬開発もスピーディーになるだろうし、何より患者も大喜びするはずだ。

 

治験にはプラセボ(偽薬)がつきものだが、治験に参加するALS患者は効果を求めているのは明らかなので、人道的配慮からALS治験のプラセボ群では投与後データ採取、その後に本薬を投与することが多いのは安心だ。

 

まとめ

本稿を準備中の2022年1月11日には<その57>で前述のエダラボン経口懸濁剤(MT-1186)の承認申請が米国食品医薬品局(FDA)によって受理され、2022年5月12日までに判断されるという。国内での承認も近いはずだ。

 

加えて2021年12月24日の山形大学からの発表、2022年1月12日の再生医学研究所からの発表、2022年1月28日のMuse細胞を用いた治験着手の発表にみるように、急速にALS治療薬は開発が進んでいる。おかげでというか、そのせいで本連載の文字数は増えに増えて、2回連載のつもりで準備していたのに4回になってしもうた()。もちろん基礎研究にまで視野を広げると、ここでは紹介しきれないほどの研究が世界中で行われており、広島大学でも行われている。残念ながら、国内で現在開発中の薬剤にはALSを完治させるような力はないようだ。しかし、病状進行が止まるのと進むのではエライ違いだ。私の場合は死ぬ心配がなくなるし、眼球もどこも動かなくなり、意思疎通が出来なくなる「完全閉じ込め症候群」に怯えることもなくなる。

 

ALSは年間に10万人に1人程度が発症、国内には9000人程度の患者がいるとされる希少難病だ。ユーザー(患者)が少なければビジネスとして成り立たないのは世の常、先に挙げた国内で実施中の8つの治験のうち、ペグセタコプラン(pegcetacoplan)商品名エンパベリ(EMPAVELI))のみが企業治験で、他は医師主導治験なことからも容易に想像がつく。しかし、ちょっと待てよ。私のような人工呼吸器使用者が生きていくためには、ここで記すのが憚られるほどの莫大な公費が注入されており、治療薬の開発はその公費を減じることになるはずだ。2021年10月のボスチニブの報道にあったように、ある薬剤(仮にZとする)でALSの病状進行が完全に止まるとしよう。Zが実用化された以降はALSによる人工呼吸器使用者は生まれないはずだ。それどころか、ALSによる離職者も生まれず、バンバン納税してくれる。ということは単にZの予想される売り上げ以上の経済効果があると考える。国が新薬開発の後押しをしてくれると、患者も社会もWin-Winな関係になるんだけどなぁ。Zが実用化されて離職者をゼロにするには、身体の異変に気付いてすぐ、私の握力でいうと60㎏が20kgに低下するまでのように、今まで以上の早期診断が必要となるだろう。20kgもあれば歯科診療も続けられるだろうし、根管治療中に力余ってリーマーを折ることもない()

 

世の中は新型コロナウイルスの治療薬の話題で持ち切りだが、多くの新薬が緊急承認されている。感染症とALSでは考え方が違うのは承知しているが、当事者としては急いで承認してほしい。患者団体、日本ALS協会からも再三お願いしているのだが・・・。

 

私に出来ること言ったら完治する日を夢見て、何をして遊ぶか、どうやって身体を鍛えなおすか、どの順序で運転免許を再取得するか、1年かけて日本一周するオートバイには何を選ぶか、道中で何を食べるか、そんなことだ()。冗談はさておき、私は徳島大学の和泉唯信教授の推薦で、日本神経学会のALS診療ガイドライン作成委員会パネリストを務めており、ALS治療の最前線で活躍中の多くの大学教授、研究者と顔見知り(コロナ禍のせいでネット上だけど)なので、最新、最良の治療情報も入ってくるはずだし、個人でもアンテナを張り巡らして、何時でも何処でも治療を受ける準備万端だ。「もはや戦後ではない」という言葉がその昔あったが、もはや「お先真っ暗」ではない!!!

和泉唯信教授と私

(つづく)

※本連載は歯科医向けの連載ですので専門用語を含みます。 

<広歯月報No.803  令和4年4月号掲載>