本稿に取り組むきっかけ
何だか後ろ向きの様に感じて「いわゆる闘病記」を残すつもり等サラサラなかったのだが、多くの同病患者が人工呼吸器装着後の生活に悲観して呼吸器の装着を拒み亡くなっている現状を憂い、本稿が現状打破の一助になればと思い、私なりの「ALS考」を綴ってみることにした。

ビッグニュース!
2021年10月1日、「京大iPS細胞研究所の井上治久教授らの研究チームは、ALS患者のiPS細胞で病気の細胞を再現し、様々な薬で効果を試したところ、白血病の治療薬『ボスチニブ』がALSの進行を抑える可能性があることを突き止めた」、との報道が駆け巡った。この薬剤の情報は数年前よりキャッチしていたが、驚くべきは「9人のうち5人で病状進行が止まった」との報道だ。今までのリルテックもラジカットも「進行を遅らせる効果が確認された」、程度だったものとは大違いだ。ブレーキに例えるとサイドブレーキじゃ。本報道を機会としてALSに対する新薬開発、治験についてまとめてみたい。

新薬開発
原因が明らかではないALSに対する新薬開発のアプローチ方法には大きく分けて3つの方法がある。
①ALS発症のメカニズムを推測し開発するもの。
②経験的に効果が感じられるもの。
③ iPS創薬。

このうち、①が最もオーソドックス、かつセオリー通りなのだろうが、何せ原因が推測の域を出ないALSだ、もしかしたら将来発症原因が明らかになった時に、「昔はこんなアホな薬作ってたんだって(笑)」なんてこともあるかもしれない。まずは原因究明、そして原因を叩く新薬開発の流れに持っていってほしい。
 
②ALSは1869年の初報告以来多くの治療法が試されてきた。ALSは神経の病気なのは明らかなので、歯科領域でもしばしば使われ、末梢神経の修復に効果のあるビタミンB12製剤メチコバール(一般名メチコバラミン)を使ってみたくなるのは当然だろう。メチコバールは経験的に効果があるとされている。
 
③iPS細胞を使った創薬とは、 ALS患者由来の血液細胞から作ったiPS細胞を分化誘導して脊髄運動ニューロンを作製し、様々な薬剤を投与して効果を判定して治療薬の開発を目指すものだ。このうち、すでに薬として使用されている既存薬から候補を絞り込む手法をドラッグ・リポジショニングといい、副反応等が知られている既存薬だけあって、現在はこちらが主流だ。何だか「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」的な作戦だが、それでもALSを再現した脊髄運動ニューロンが大量に作製できるiPS細胞、それを生み出した山中伸弥教授には感謝しかない。既存薬の判定が一通り済めば、今度こそ「真の創薬」が始まるはずなので、期待したい。

iPSによる創薬のイメージ


治験とは
治験という言葉は一般的に使われているが、今一度復習してみると、「『くすりの候補』を用いて国の承認を得るための成績を集める臨床試験は特に『治験』と呼ばれ、『療の臨床試』の略である」という。治験には以下の3段階の試験がある。

第I相試験は自由意思に基づき志願した健常成人を対象とし、被験薬を少量から段階的に増量し、被験薬の薬物動態(吸収、分布、代謝、排泄)や安全性(有害事象、副作用)について検討することを主な目的とした探索的試験。

第II相試験は第I相の結果をうけて、比較的軽度な少数例の患者を対象に、有効性・安全性・薬物動態などの検討を行う試験である。多くは、次相の試験で用いる用法・用量を検討するのが主な目的であるが、有効性・安全性を確認しながら徐々に投与量を増量させたり、プラセボ群を含む3群以上の用量群を設定して用量反応性を検討する。

第III相試験は上市後に実際にその化合物を使用するであろう患者を対象に、有効性の検証や安全性の検討を主な目的として、より大きな規模で行われるのが第III相である。(Wikipediaより)

要約すると、「健常者で安全性を確認」→「軽症患者で有効性、用量を判定」→「患者で確認」、が大きな流れだ。

私の治験体験
前述の通り治療に超積極的な私は<その56「治療薬考」その1>で前述のように、三次市のビハーラ花の里病院に入院しては3種の治験に参加してきた。保険導入された①ラジカットは<その56>で詳しく触れたので割愛するが、②メチコバールの大量投与と③第三世代セフェム系抗生剤セフトリアキソンの投与だ。

②メチコバールの大量投与は、錠剤を処方する我々歯科領域では考えられないような超大用量を静脈より2週間連続投与するものだった。3週間に3種の薬剤をそれぞれ2週間投与するプログラムだったので、メチコバール単体の効果は不明だが、尿が真っ赤になるので慣れないうちはビックリする。残念ながら2016年に「有効性を確認できず」として、本治験は申請が取り下げられているが、後述の<メチコバールの筋注>に繋がったのは間違いない。

③のセフトリアキソンも2週間連続投与するものだった。本剤は基礎実験で、EAAT2活性を増加させる作用が確認されており、ALSに対する有効性が期待され、2006年から2012年までアメリカとカナダの複数の施設で試験が行われた。現在は治験終了しており、「効果が確認された」と「効果はなかった」とする資料が混在している。近年話題に上らないことから、後者が有力と推察する。まぁ治験だから空振りもあるだろう。

国内で現在行われている治験
①HGFの脊髄腔内投与
神経栄養因子の欠乏がALSの発症につながるという神経栄養因子説<その56治療薬考その1参照>に基づいており、肝細胞増殖因子(HGF)を脊髄腔内に直接注射するというもの。東北大学と大阪大学で医師主導治験を実施中。2021年現在は第Ⅱ相試験が行われており、私が病名告知直後にエントリーしようとしたのは2011年から3年かけて行われた第Ⅰ相試験だったようだ。それにしても、脊髄腔に毎回注射するのは効果も高そうだが、痛そうだし感染症のリスクもあるに違いない。なお、HGFは脊髄損傷急性期に対しても治験中なので、期待できそうだ。

HGFの作用


②ペランパネル
エーザイが開発した抗てんかん薬、商品名フィコンパのこと。ALS患者の運動ニューロンではAMPA受容体を介して神経細胞内のCa濃度が増し、TDP-43陽性封入体が形成されていることから、AMPA受容体拮抗薬であるペランパネルによりTDP-43の形成を防ごうとするもので、ユビキチン・プロテアゾーム系/TDP-43説<その56参照>に基づいている。東京大学を中心として全国の施設で実施中。なお、2021年現在第Ⅱ相試験終了している。抗てんかん薬と聞いてビビる人もいるかもしれないが、エビデンスがある薬剤なので期待できる。

ペランパネル


③ロピニロール塩酸塩
パーキンソン病治療薬ロピニロールのこと。慶応義塾大学のグループが京都大学の山中伸弥教授が発明したiPS細胞を用いて、2016年にパーキンソン病の薬であるロピニロール塩酸塩がALSの病態に有効であることを見出した。臨床試験により安全性と効果がALS患者でも確認され、iPS細胞創薬によって、既存薬以上の臨床的疾患進行抑制効果をもたらしうる薬剤の同定に世界で初めて成功した。1年間の試験期間で、病気の進行を27.9週間(約7か月)遅らせる可能性がある。1年間の試験で7か月遅らせるということは・・・無茶苦茶期待していい。

ロピニロール錠


④ペグセタコプラン(pegcetacoplan)(商品名エンパベリ(EMPAVELI))
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の治療に使用される商品名エンパベリ(EMPAVELI)のこと。発売元の米国アペリス社は全世界的に第Ⅱ相臨床試験を行っており、世界中で230人、このうち日本では40人を予定している。ALSは患者数が少なく、採算に乗らないため医師主導治験が多い中、企業治験なのは「効果があるのでは?」と大いに期待できるし、全世界的な治験なのにも期待できそうだ。

EMPAVELI


⑤EPI-589
大日本住友製薬が販売するミトコンドリア病の治療薬。抗酸化作用を有する本剤の内服薬の有効性・安全性の検証、バイオマーカーの探索を目的とした第Ⅱ相治験が徳島大学病院、他2施設で行われている。徳島大学神経内科の教授は、私も懇意にしている和泉唯信先生で、ALS治療研究の専門家だ。三次市のビハーラ花の里病院が和泉教授の実家にあたるので、私も治験を受けることができた。懇意にしている先生が主導する治験なので、是非とも認可されてほしい。私は徳島大学医学部神経内科の非常勤講師を仰せつかっているのでなおさらだ。なお、本剤はパーキンソン病の治療薬としても治験中だ。

EPI-589の分子式


⑥ボスチニブ(商品名ボシュリフ)  
ファイザー社より販売されるチロシンキナーゼ阻害作用を持つ抗がん剤(分子標的薬)であり、慢性骨髄性白血病の治療薬。商品名ボシュリフ。米国では2012年、日本では2014年に認可された。ALSに対しては前述のiPS細胞を使った「ドラッグ・リポジショニング」を経て、京都大学iPS細胞研究所が中心となり第Ⅰ相試験が行われた。本治験で驚くべきは、治験を終えた9人中5人で ALSの症状の進行を示す指標であるALSFRS-Rが低下していないと報告されたことだ。現時点は「大本命」と言っていい。なお、本治験には前述の徳島大学和泉唯信教授も名を連ねており、「私にも声が掛かるかも?」と、ひそかに期待している。

ボシュリフ錠

 


⑦メチコバラミン(商品名メチコバール)の筋注 
<私の治験体験>で前述したメチコバールの大量投与とかなり似通っているが、今回は筋肉注射である点が異なる。活性型のビタミンB12であり、日本では末梢性神経障害や巨赤芽球性貧血の治療剤として1回0.5mgの用量で用いられているのに対して、100倍量にになる、メコバラミン50mg投与群ではプラセボに比べて呼吸補助装置の装着あるいは死亡までの期間を600日以上延長したという。メチコバールの静注が「効果なし」とされた「敗者復活戦」的に感じるのは私だけではあるまい。しかし、静注と筋注で効果が異なるとはどういうことだろうか?また、筋肉量が紙のように激減した私の筋肉を狙い撃ちするのは至難の業ではなかろうか。なお、本治験は徳島大学の和泉教授が中心となって取り組んでおられ、和泉教授の口から「自宅で家族が筋注することも含めて、保険導入できそうだ」と聞いたことがある。

メチコバール注射液


⑧エダラボンの飲み薬MT-1186
<その56>で前述のラジカット(一般名称エダラボン)がALSに対して保険導入されたのが2015年6月。私は治験時期から参加し、現在に至るまで静注していることはお知らせした通りだが、私に限らずALS患者は筋肉を動かすことができないので、筋肉に血液を送る血流量は低下、血管も細くなり、ルート確保が困難になってくる。その上、度重なるルート確保により、血管壁がカチコチに硬くなって翼状針をなかなか受け付けなくなり、皮下で針先をまさぐられるのは相当な苦痛だ。おかげで私の手の甲はシャブ中毒のようにどす黒い(笑)。あまりの痛さに、不本意ながら投与を断念した同病患者もいる。本治験は同薬剤を経口服用しようとするもので、効果が同じなら飲み薬の方がいいに決まっている。ラジカットの開発元である田辺三菱製薬が開発した経口懸濁剤MT-1186のことで、静注と異なり、「1日1回毎日投与」を目指すという。アメリカでも治験中とのことなので、期待していいだろう。承認されれば多くの同病患者の福音となるはずだ。「経口」と言いながら胃瘻経由となるが、もちろん私も服用したい。

シャブ中毒のような私の甲

 

(つづく)


※本連載は歯科医向けの連載ですので専門用語を含みます。
<広歯月報No.801  令和4年2月号掲載>