本稿に取り組むきっかけ 

何だか後ろ向きの様に感じて「いわゆる闘病記」を残すつもり等サラサラなかったのだが、多くの同病患者が人工呼吸器装着後の生活に悲観して呼吸器の装着を拒み亡くなっている現状を憂い、本稿が現状打破の一助になればと思い、私なりの「ALS考」を綴ってみることにした。

 

現在のところ「原因不明・治療法なし」といわれるALSだが、果たしてそうなのだろうか?現症があるからには原因はあるはずだし、原因が突き止められれば治療法も必ずあるはずだ。2021年10月1日には「白血病の治療薬でALSの進行が止まる」との報道が駆け巡った。そこで、今回は2021年度版、ALS治療薬と治験の到達点を患者目線で整理してみたい。もちろん私は神経内科医のような知識は持ち合わせていないので、素人の戯言でしかない。しかし、治験に参加したり、現在も若干の薬剤を闇投与するなど、治療には超前向きな患者なので、治療法が見つかれば他人を押しのけてでも(笑)、我先に治療を受けるつもりだ。そんな私が治療薬と治験について語ってみたい。

 

ALSの原因と治療薬

原因不明といわれているALSだが、国内外の多くの研究者によって原因解明に徐々に近づいており、近い将来には「な~んだ、2021年にはこんなことも分かってなかったのかぁ。常識なんだけどなぁ」、となるはずだ。いや、そうなってもらわんと困る。治る日が来るものと信じているのだから(笑)。現在、発症原因の候補とされているものを列挙してみるが、私は歯科医師で患者なので、研究している当事者からみると乳幼児並みの知識しかない、というよりも私より上の広島大学歯学部出身者ならご理解いただけるはずだが、諸般の事情により(笑)生理学がさ~っぱり分かっていないので、間違っているかもしれない。

 

①グルタミン酸毒性  

神経伝達物質であるグルタミン酸が原因であるとする説のうち、(a) 興奮性細胞死説、(b)AMPA受容体のRNA編集の障害(GLR2)説、(c)グルタミン酸トランスポーターの発現低下説、が知られている。食いしん坊である私はグルタミン酸=うまみ成分、という認識だが、もしかして、うまみ成分をたくさん含んだ食べ物の食べ過ぎで発症したのか?それとも、子供の頃に母親が何でもかんでも味の素を振りかけていたのが原因か?と考えてしまうが、まぁ違うだろう(笑)。

 

②酸化ストレス説

ALS患者の脊髄やそれを取り巻く脳脊髄液では、酸化ストレスを示すマーカーの値が非常に高く、様々な生体分子が酸化されやすい状況にあるという説。

 

③ミトコンドリア障害説

神経細胞の維持に重要な役割を担う小胞体とミトコンドリアの接触部(MAM)が崩壊することがALSの発症に関わるという説。

 

④軸索輸送障害説

神経細胞の細長い突起で、情報伝達の要である軸索に異常があってALSが発症するという説。

 

⑤ニューロフィラメントの異常説

過剰リン酸化されたニューロフィラメントが神経細胞に沈着することからニューロフィラメントの異常がALSの発症に関わるという説。

 

⑥ユビキチン・プロテアゾーム系/TDP-43説

ALS患者の脳にはTDP-43というタンパク質が異常にたまることが知られており、 TDP-43が神経細胞の軸索局所でのリボソームのタンパク質合成機能を調節していることが分かった。その軸索での機能障害がALSの発症につながるという説。

TDP-43の異常沈着に伴うALSの病態モデル

 

⑦神経栄養因子説

神経栄養因子によって神経細胞生存促進活性と神経突起伸張活性が確認されているので、神経栄養因子の欠乏がALSの発症につながるという説。

 

⑧内在性レトロウイルス説

ヒトの遺伝子の一部にはウイルス由来の遺伝子が組み込まれており、内在性に存在するレトロウイルスによって発症する説。

 

多くの研究者が「これこそがALSの原因じゃ!」と発表しているが、代表的なものを書き出しただけで8つにもなった。すべての説が科学論文になっているほどだから、根拠がないわけではなさそうだ。もしかしたらALS発症の原因は一つではなく、複数の因子が重なり合った時に発症するのかもしれない。そうでなければ、10万人に1人という発病率で、しかも9割が孤発性という説明がつかないような気がする。

 

現在保険導入されている治療薬

1869年に、フランスの脳神経内科医のシャルコー(1825~1893)によって初めて報告されたALSだが、130年もの間原因不明、治療薬なしの状態が続いてきた。しかし、現在の日本では2種の薬剤が「効果あり」として、保険導入されている。

 

①リルテック(一般名称リルゾール)

前述のALSの原因で紹介した、<グルタミン酸毒性>、<酸化ストレス説>に関わるといわれているが、本剤の作用機序はよく分かっていないという。欧米における治験で、グルタミン酸拮抗剤リルゾール(商品名 リルテック)が生存期間を僅かであるが有意に延長させることが明らかにされ、1999年より本邦でも認可された。生存期間が3か月延びるとされる。2011年の秋、病名告知直後に神経内科の最初の主治医から「生存期間が3か月延びる飲み薬です」、と処方された時のショックといったらなかったなぁ。絶望というか、「こんなに高い薬で3か月なのか!」(当時は二割の窓口負担金があった)と感じたものが、今となってはALSのことを何も知らなかったんだと思い返す。現在は胃瘻からの内服なので味も何もしないが、経口内服していた時期は酸っぱいような味がした。効果の程は、何せ3か月の延命程度なので・・・。一部には「人工呼吸器装着者には効果がないのでは」、とも言われているが、私は信じて服用を続ける。

リルゾール分子式

 

先発品のリルテックはサノフィ株式会社の製品名であり、1374.3円(50mg1錠)(2021年現在)。後発品の一般名リルゾール596.2円 (50mg1錠)(2021年現在)が2016年に承認された。毎日朝晩、食前の服用なので、選択の幅が広がったのは喜ばしい。


リルテック錠

 

②ラジカット(一般名称エダラボン) 

三菱東京製薬が創薬し、2001年4月に脳梗塞急性期の治療薬として承認された本剤は、抗酸化剤で強力なラジカル捕捉剤であり、急性の脳虚血発作や脳梗塞後の血流再開時に発生するラジカルを捕えて脳神経を保護する働きを持つ。ALSに対しては②酸化ストレス説>に基づいて、効果が検証されてきた経緯があり、中でも承認直後の2001年8月に国立国府台病院でALS患者に投与されたのが初めてと言われている。当初よりALSの病状が改善したとの報告があり、研究者から注目されていた。

 

私とラジカットの出会いは2011年10月県立広島病院での病名告知直後に、宮地隆史くんに連絡を取ったことに端を発している。宮地くんとは小学3年生の時にボーイスカウトで一緒の班になって以来、学習塾でも机を並べ、中学高校同期の上に「三保・宮地」で出席番号も離れることなく、大学も広大同期入学だ。そんな宮地くんは神経内科医になっており、ALSと診断されたこと、可能性があるなら治験でもなんでも試したい旨を伝えた。すると、東北大学でエビデンスのある治験(後述する⑦神経栄養因子説に基づくHGF)を行っていることを教えられたが、頚椎の手術がネックとなり、治験対象者の適応外で断念。宮地くんから、「僕のアルバイト先、三次市のビハーラ花の里病院でも違う治験に取り組んでいるので、良かったら紹介するよ」と提案があった。原因不明、治療法なし(唯一の薬は前述のリルテック)と聞かされていたので、答えはもちろん「よろしくお願いします!」だ。

エダラボン分子式

 

2012年5月21日、ビハーラ花の里病院へ治験入院することに。以後、2~3ヶ月に一度、3週間ほど三次の山の中で山籠もりし、治療に集中する暮らしだ。入院は、のべ13回、3年以上にわたり、2015年7月が最後の入院だった。ビハーラ花の里病院では後述するラジカット以外の治験も受け、治療だけではなく多くのことを学んだ。

 

私の治験データが評価されたのか(笑)、2015年6月にALSに対する投与が承認され、報に触れた私は小躍りして喜んだものだ。早速、広島大学神経内科の主治医に相談した。保険上のルールでは、血中濃度を保つために2本を60分かけて投与すること、投与期と休薬期を合わせた28日間を1クールとし、これを繰り返すこと、第1クールは副反応の有無の確認のため入院下で14日間連続投与後、14日間休薬すること、第2クール以降は14日間のうち10日間投与する投与期の後、14日間休薬する、とされる。また、投与に際しては腎機能の確認のため、1クールごとの血液検査が義務付けられている。

ラジカットの案内

 

治験に参加していた実績が評価されて第1クールの入院はナシにしてもらい、最初から訪問医の管理下の在宅で受けられるようになった。すでに気管切開をしていた私には、コミュニケーションの面で入院はハードルが高かったのでありがたい。2015年8月、広大神経内科で第1号となるラジカットの保険投与が始まった。なお、本邦での実績が認められ、2017年には米国でも認可されており、多くの国々で認可、あるいは認可に向かっているのは喜ばしい。また、その治験に参加できたのも誇らしい。なお、ALSへの保険適用は先発品のラジカットのみ認められており、後発品は認められていない(2021年現在)。①リルテック同様、「発症初期の人にのみ有効」なんて見解も散見されるが、人工呼吸器を装着した現在も続けている。

ラジカット点滴

 

効果は前述のリルテック同様、進行にブレーキをかけることが認められての保険導入だが、ブレーキをかけないことには止まらないのはALSも自動車も自転車も同じだ。私への効果は、ラジカットを投与しないもう一人の私がいないことには比較できない(笑)が、人工呼吸器装着前の治験中の投与では「電話の声が聞き取りやすくなる等」の効果が見られたのも事実だ。筋肉量の激減から血管も極細になった私のルート確保は大変なのだが、人工呼吸器装着後、病状進行が止まった要因の一つがラジカットだと考えており、私は信じて続ける。

(つづく)

本連載は歯科医向けの連載ですので専門用語を含みます。 

<広歯月報No.800  令和4年1月号掲載>