本稿に取り組むきっかけ
何だか後ろ向きの様に感じて「いわゆる闘病記」を残すつもり等サラサラなかったのだが、多くの同病患者が人工呼吸器装着後の生活に悲観して呼吸器の装着を拒み亡くなっている現状を憂い、本稿が現状打破の一助になればと思い、私なりの「ALS考」を綴ってみることにした。
広島県内は2021年9月現在、コロナウイルス新規陽性者数(報道にあるような「新規感染者数」では断じてないはずだ)はある程度落ち着いてきたものの、未だに非常事態宣言下にある。実生活でコロナウイルス感染症の影響を受けていない方は皆無だろうが、人工呼吸器を装着して介護を受ける私から見たコロナウイルス感染症について語ってみたい。
ワクチン接種の順序
河野太郎氏が新型コロナウイルス感染症ワクチン接種推進担当大臣になったのが2021年1月18日、ワクチン第一便が成田空港に到着したのが2月12日、医療従事者への先行接種が始まったのが2月17日、会員の先生方の接種は3月~5月頃だったと記憶している。高齢者への接種は4月から始まり、84歳の父は西区観音新町のマリーナホップ会場にて、5月26日と6月16日にて接種した。この頃は接種会場も少なく、行政も暗中模索だったのだろうが、付き添った妻によると、「屋外で順番が来るのを待つので雨の日は大変だろう。高齢者がわがままで無秩序なのでありゃあ大変だ」と。
妻は訪問介護事業所の管理者なので介護事業所枠で6月中旬には予約完了、7月1日と7月21日に先行接種を受けることになった。大学生の娘も6月中旬には大学での集団接種の予約を取ってきた。しかし、私には何の音沙汰もないので、妻は行政に抗議しろと、ヒステリーを起こす。「行政もてんてこ舞いしてるのだろうから混乱させるだけだ。信じて待とう」と、なだめるのが精一杯だった。7月になると接種券が届き、胸を撫で下ろした。
厚生労働省の発表では大まかに分けて、①医療従事者→②高齢者→③基礎疾患を有する者→④一般、の順序で接種していくとのことだった。エビデンスに基づくもので異論はない。しかし、行政のワクチン接種担当者は人工呼吸器装着者を把握していなかったらしく、6月になってから訪問看護ステーションに、「担当する人工呼吸器装着者を知らせよ」との通知があったという。人工呼吸器装着者は私も含めて行政の求めに応じて何度も書類を提出しているし、レセプトを見れば一目瞭然のはずだ。医療従事者枠で先行接種を済ませた同業者のところに重複して一般枠での接種券が届く、という失態も耳にしたことからも分かるように、行政には横の連携が欠如しているように感じる。
私の接種券
私の接種
7月になってようやく接種券が届いた。私のように訪問医の診察を受けている者は、訪問医から接種を受けるのが普通だろうが、ひと瓶で6人接種しなければならない例の縛りと、話題の集団接種を体験せねば流行に乗り遅れるような気がして、集団接種会場を予約してみた。父の接種でマリーナホップ会場、妻の接種で大手町のメディックス広島会場の様子は分かったし、梅雨時期なので雨天のことも想定し、更なる快適接種会場を求めてシャレオ会場を予約した。シャレオには西端にハイルーフ対応の駐車場があり、周辺の地下駐車場群とトンネルを共用している。バリアフリーに即シャレオにアクセスできる上に、障害者割引が適用されるので便利だ。車をとめて(シャレオ中央広場が会場なんだろうなぁ)と思いながら駐車場を出ると、目の前に「接種会場」との案内を発見。シャレオって西側の飲食店街から廃れていったけど、(今回のワクチン接種のためにテナント空けてたの?(笑))と思うほどの見事な有効活用だ。シャレオ会場では問診と接種が同じブースなので、車椅子でも移動が少なくて快適なうえに、平日17:00~20:00と、勤め帰りの人にも接種を受けやすくする配慮がされているのも素晴らしい!
ほぼ筋肉のなくなった腕に筋肉注射?!とビビっていたが、初回7月13日、2回目8月3日に大した痛みもなく無事に接種完了。一般に副反応は筋肉量に比例すると言われているので、私の副反応はほぼゼロだった。初回、2回目とも接種当日の夜はやや熱っぽく感じたので、妻に体温測定を頼むものの、何度測っても36.9℃。37℃を超えることはなかった。
駐車場目の前のシャレオ会場
ワクチン接種する私
私の介護士
8年前の発症初期から週に二日程度関わっている40歳代のベテラン女性介護士Aさんがいる。現在は月曜日と水曜日の9時から15時まで介護サービスをお願いしており、洗顔、口腔ケア、排便介助、車椅子移乗、食事や内服薬の注入、痰吸引、コミュニケーション支援、水曜日は入浴介助(残念ながら二人っきりではない(笑))を担当してもらう。そのAさんから、昨日ご主人が発熱し、PCR検査を受けた結果陽性だったと連絡があったのが8/31(火)。Aさん自身も濃厚接触者なので2週間の自宅隔離とのこと。通常、訪問介護事業所は介護士の不測の事態に備えてピンチヒッターを準備するのだが、人工呼吸器を装着して車椅子移乗する私の介護はかなり特殊なスキルを要するのでピンチヒッターが難しく、純粋に欠勤。すべてを妻が負担することとなった。
妻は私への感染を心配して、「ご主人が月曜日に発熱してPCR検査を受けるのなら、月曜日のサービス前に伝えてほしかった。伝えてくれたら月曜日休みにして安心だったのに~」と。私は(不織布マスクだし、グローブしてるから心配ないのに・・・)と思いながら聞いた。我々歯科医はウイルス性肝炎、HIV対策をしてきたので、必要以上にビビることはないが、素人の妻には恐怖でしかないらしい。どちらにしても、一人では生きていくことのできない私が感染すると、介護事業所、訪問入浴、訪問リハビリ、家族等すべてに大迷惑が掛かるということだ。
AAさんのご主人は感染発覚後直ちに宿泊型療養施設へ、Aさんは二週間の自宅待機が命じられた。私以外にも多くの利用者を抱える彼女のこと、かなりの人へのサービスが停止、もしくは事業所の他のスタッフがてんてこ舞いしたことだろう。
Aさんは保健所から自宅待機を厳命されたため、PCR検査を受けに行くことができないので、自身が陽性か陰性かも分からず途方に暮れたようだ。しかし、事業所のスタッフがスクーターで検査キットを玄関先に投下、検体採取後にスクーターで回収するという方法で4回のPCR検査のすべてが陰性だったという。日中にスクーター(でなくてもいいか?(笑))で時間が自由になる身内がいない人はどうすればいいと言うのだろうか。保健所から何かしらのサポートが必要と感じた。
84歳の父
我が家には要介護5!の住人が私の他にもう一人いる。84歳の父だ。父は重度の糖尿病と重度の腎不全、心臓にも爆弾を抱えており、オムツ交換、入浴介助など生活のすべてに人の手が必要な状態だ。普段は妻の負担を考慮して、週末だけショートステイで過ごすのだが、私と同じくAさんの介護と、他の介護事業所の訪問介護を受けている。Aさんが濃厚接触者との知らせに、他の介護事業所は「そういうことならウチはサービスに入れません!」と・・・。結局、父はショートステイにいつもより長く避難することになった。今回の騒動で一番とばっちりを受けたのは父かもしれない。
まとめ
「基礎疾患を有する人」の中には肥満から重篤な疾患を抱える人までかなりの幅があるが、ワクチン接種の順序では考慮されなかったようだ。人工呼吸器から取り込むエアはHEPAフィルター越しなので私の感染のリスクは低いし、感染前から人工呼吸器を装着しているので、「勝ち組」だ(笑)。しかし、痰吸引が必要など一人では生きていけない点が考慮されていないと感じた。
コロナウイルスは介護現場にも大きな影響を及ぼす。身近な同病患者も全面サービス停止を経験したと聞く。特に人工呼吸器を装着して独居で過ごす人にとっては、「介護サービス停止」=「死」だ。
ワクチン接種の普及もあって、9月末の時点で第5波は収束しつつあるが、新たな変異株やブレイクスルー感染の報告など、予断を許さない状況が続いている。感染後の治療方法の確立、ワクチン接種による感染予防と同等に、いやそれ以上に、真っ先に取り組むべきは感染過程を明らかにし、感染者と接触しても絶対に感染しない方法を確立してほしい。しかも簡単に。介護現場のみならず、医療、歯科医療でも必ず役立つはずだ。
(つづく)
※本連載は歯科医向けの連載ですので専門用語を含みます。
<広歯月報No.798 令和3年11月号掲載>