本稿に取り組むきっかけ 

何だか後ろ向きの様に感じて「いわゆる闘病記」を残すつもり等サラサラなかったのだが、多くの同病患者が人工呼吸器装着後の生活に悲観して呼吸器の装着を拒み亡くなっている現状を憂い、本稿が現状打破の一助になればと思い、私なりの「ALS考」を綴ってみることにした。

 

加湿器の意義

加湿器と聞いて「あぁ、ワシも使っとるよ、空気の乾燥する冬に」と感じた方も多いだろう。今回、私が述べるのは人工呼吸器とセットで使用する加湿器のことなので、悪しからず。

 

生理的吸気は「鼻腔~上咽頭~中咽頭~喉頭~気管」へと通過するうちに加温・加湿されながら肺へと導かれる。寒冷地に暮らす北欧人の鼻が高いのは加温・加湿目的の適応と説明されているのはご存知だろう。ところが気管切開しカニューレを介しての吸気は外気を加温・加湿されることなく直に気管へと導かれることになり、痰の分泌量は増加するわ、乾燥により痰の粘度は増すわで吸引による排痰をより困難なものにする。そこで人工呼吸器から気管カニューレへの回路の間に加湿器を挟むことによって加温・加湿されたエアを取り込む様になっている。加湿器といってもそう大した器械ではなく、見たところ「ホットプレートの上に乗る透明なお釜」といったいでたちで、ホットプレートの温度を調整するツマミが付いている。人工呼吸器から出たエアは精製水を満たしたお釜(チャンバー)の上を通過することで湿度100%のエアとなって、結露を取り除くウォータートラップを経て気管カニューレへと導かれている。

 

人工呼吸器からの回路

 

チャンバー

鼻マスク呼吸器~人工呼吸器を装着した当初はごく単純な透明プラスチック製のチャンバーで、水が無くなれば精製水を注がなければならなかった。また、注水の際には回路から外す必要があり、その間は全く呼吸が出来ない上に、急に回路をつなぐと呼吸位相によっては急激に呼吸圧が掛かって苦しい上に気管への刺激となる。他の人工呼吸器ユーザーが滴下式のチャンバーを使用しているのを見て便利そうに感じ、フィリップス社から支給されて以来、滴下式を愛用している。滴下式チャンバーには浮き弁(フロートバルブ)が付いており、チャンバー内を規定された水位に保つ仕掛けだ。この仕組みはどこかでよく見たぞ。オートバイのガソリンタンクからキャブレターへの燃料ラインと全く同じじゃん!(笑)。水位を一定に保つ浮き弁はキャブレター内の油面を保つフロートバルブじゃ! 何度もキャブレターを分解清掃した経験がほんの少しだけ役に立った気がする(笑)。

 

新旧のチャンバー

 

私の使用条件だと24時間で約1リットルの精製水を消費し、途切れることの無いように注水しなければならない。1リットルと聞いて、「溺れはしないか?」と驚かれるかも知れないが、発生学上も魚の浮袋から肺が形成されたと習ったように、消化管由来の気管壁と肺胞は少々の水分は吸収するようだ。私は本来なら自然に飲み込むはずの唾液を「誤嚥」から遠ざける目的で、24時間「不自然に」吸引している。吸引される唾液量は一日1.5程度なので、加湿器から「不自然に」供給、吸収される水分とある程度バランスが取れているのかもしれない。

 

なお、水道水を注水するとミネラル成分が透明なチャンバーに付着して白く濁るし、なにより水道水中の塩素を揮発させて吸い込むと身体に悪そうなので、精製水以上が薦められている。

 

滴下用精製水

 

外出時の加湿

人工呼吸器を装着する際には外出時の加湿用として人工鼻と呼ばれるフィルター状のものがフィリップス社より必要数支給される。一般に「じんこうび」と読まれるが、聞きなれない音の上に同音異義語が多い日本語なので、抜糸を抜歯と区別するために「ばついと」と呼ぶことがあるように、「じんこうばな」と呼ばれることも多い。人工呼吸器~排気孔~人工鼻~カニューレの順で装着して、呼気を再呼吸させて呼気に含まれる水蒸気を利用し吸気の湿度を保たせようとするもので、装着順を間違えては意味がないので注意が必要だ。人工鼻を装着して数時間立つとフィルターは水が滴る程にビチャビチャに濡れて、呼吸抵抗が増す。また、加湿器と比較して加湿量が足りないために痰の粘調度が増し、痰が吸引しにくくなりこれも息苦しさに直結する。加えて前述のダブルサクションカニューレ<連載その24参照>ユーザーの私は痰の粘調度が増すと、内方吸引チューブが詰まって使えなくなるトラブルが続出した。

 

人工鼻の一例

 

また、私のfacebookの投稿を見たALS協会広島県支部の顧問をお願いしている呼吸器科の専門医からも「外出時も機械的に加湿すべき」とのアドバイスがあり、というよりも呼吸器科の専門医からフィリップス社に「三保先生に外出用の加湿器を手配せよ」と連絡があったらしく投稿の翌日に担当者が飛んできた(笑)。車椅子に加湿器を固定させるクランプを提案され、自家用車での長時間の移動中、新幹線の多目的室、マツダスタジアムでの野球観戦中など、コンセントのある外出先では加湿出来ようになった外出先で加湿できるようになると、外出するのが楽しく感じるほど快適になった。すると今度はコンセントを捜しながら移動するのが面倒になり、車椅子に積める100Vのポータブルバッテリーを購入した。現在はポータブルバッテリー2台を車椅子に積み込んで、外気温にもよるが約10時間のバッテリー駆動を可能にしている。

 

かつての私がそうであったように多くの人工呼吸器ユーザーは外出先では加湿器が使えないため、やむを得ず人工鼻を使用しているが、外出先でも加湿した方が快適なはずだ。そもそも呼吸という重要な生理現象を「在宅時=加湿器」と「外出時=人工鼻」と、2wayで変える方が間違っている気がするのは私だけだろうか?他の人工呼吸器ユーザーから「外でも加湿出来るんですか?!」と驚かられる私だが、屋外でも加湿が一般的になることを願う。

 

外出時の加湿

 

問題点

ホットプレートを利用した加湿器には電気使用量が大きい、加湿量を自在にコントロール出来ないという欠点があり、特に外出時にポータブルバッテリーを使用して加湿器を動作している私には電気使用量の問題は大きい。冬季に活躍する家庭用室内加湿器には大きく分けて、①電熱線ヒーターで水を加熱して水蒸気を発生させる「スチーム式」、②水を含ませたフィルターに風を当てる「気化式」、③水を超音波で振動させ細かいミストを発生させる「超音波式」があり、加温と加湿を同時に要求する人工呼吸器の加湿器に①が採用されるのは当然のことだろう。②は気温の低下を伴うので人工呼吸器には不向きと思われる。外出することの多い私が注目するのは電気使用量の少ない③の超音波式で、以前少しだけ試した鼻腔用加湿器も超音波式だったので不可能ではないだろう。屋外でも加湿する人工呼吸器ユーザーが増えれば超音波式が普及するかもしれない。

 

また、一部の人工呼吸器ユーザーは加湿器を使わず、一年365日24時間を人工鼻で在宅を過ごしている。医師によると、「人工呼吸器に加えて加湿器の管理までユーザーの家族に任せるのは負担になるのではないか?」との配慮からの判断のようだ。確かに精製水の管理からは解放されるが、聞けばそんなユーザーも入院時には「病院が管理するから」という理由で一時的に加湿器ユーザーに豹変するという。前述したようにそんな2wayに私は否定的だ。2wayはスピーカーだけにしてほしい(笑)。

 

※訂正と補足 

連載その41から43にわたって人工呼吸器考を連載してきましたが、アクティブ回路について触れていませんでした。人工呼吸器の回路にはアクティブ回路とパッシブ回路があり、アクティブ回路は人工呼吸器が積極的(active)に弁の開閉を行う回路のことで、逆にパッシブ回路は弁の開閉を積極的に行いません。排気孔から呼気が排気されている私の回路はパッシブ回路で、アクティブ回路ユーザーには排気孔がない代わりに呼気用のチューブが付いています。トリロジー100plusの場合には呼気用の細いチューブが付いているのがアクティブ回路ユーザーです。私が使用しているのはパッシブ回路なので、パッシブ回路中心の記述となりました。謹んで訂正と補足させていただきます。

(つづく)

 

※本連載は歯科医向けの連載ですので専門用語を含みます。

<広歯月報No.786  令和2年11月号掲載>