本稿に取り組むきっかけ
何だか後ろ向きの様に感じて「いわゆる闘病記」を残すつもり等サラサラなかったのだが、多くの同病患者が人工呼吸器装着後の生活に悲観して呼吸器の装着を拒み亡くなっている現状を憂い、本稿が現状打破の一助になればと思い、私なりの「ALS考」を綴ってみることにした。
キーボード配列について
現状の視線入力パソコンはディスクトップ上にキーボードを表示させて、キーを注視することによって文字入力を行っている。キーボードを大きく表示させるとタイピングは楽になる代わりに、ディスクトップ上の作業領域は狭くなるという反比例の関係にある。加えて最近のパソコンは16:9のワイド画面のものが多く、タスクバーをディスクトップの下に表示させると作業領域の天地はますます狭くなるので、私はタスクバーを左に表示させて作業領域の天地を少しでも稼ぐ様にしている。
また、ひらがな入力のためにキーボードに50音を表示させると一つ一つのキーは小さくなりタイプミスが増える。一方、ローマ字入力だと「26x2≒50」なので乱暴に言えば一つ一つのキーはおよそ二倍の大きさになり、タイプミスは激減する上に、標準キーボード配列が指に馴染んでいるとキーを探す必要もなく、スムーズにタイピング出来るので My Tobii C15 とTobii PCEye ではローマ字入力の標準キーボードを常用した。現在は私の提案による「タブレットモード」と称する一つ一つのキーが大きいキーボードを愛用しており、一文字入力するのに2アクションを要する代わりにタイプミスはほぼ無いのでストレスなく原稿に向かうことが出来る優れモノだ。その上、視線入力パソコンでは、マウスに相当する操作バーもディスクトップ上に表示させる必要があるので、作業領域はさらに狭くなる。
ひらがな入力の50音キーボード
ローマ字入力の標準キーボード
タイプミスの少ないタブレットモード
上記の様に視線入力パソコンでは楽に文字入力できるキーボードと作業領域とはせめぎ合いの関係にあり、解決する方法はただ一つ「可能な限りモニター画面を大きくすること」だろう。
時に私のタイピング速度を初めて見る方から「ブラインドタッチですか?」との質問を受けるが、視線で操作しているので「目を閉じて」は操作出来ませんので悪しからず(笑)。
意外と簡単に導入できる視線入力パソコン
格安で視線入力パソコンを導入する流れを簡単に紹介すると
①わずか2万円で入手できるTobii社製アイトラッカーを入手。(なんと!Amazonでも入手可能)
➁アイトラッカーをパソコンにUSB接続し、モニター下に付属のマグネットで固定。
③ネット経由で必要なTobii社製基本ドライバーをインストール。
④有料・無料、英語・日本語、種々ある視線入力ソフトを選びインストール。
➄使用者の目に合わせてキャリブレーション(校正)を行う。
わずかこれだけで手持ちのパソコンは視線入力パソコンに変身する。
Tobii社製アイトラッカー
但し、こうやって手に入れた視線入力パソコンは当然のだが公費の受給が受けられない。視線入力パソコンを必要とする難病患者の多くは所得がない、もしくは殆どないのが実情であり、公費の受給を容易にするパッケージ商品がクレアクト社その他から発売されている。また、パッケージ商品は上記の面倒な手はずから解放してくれるので、ネット経由でドライバーをダウンロードする自信のないユーザー向きといえよう。
視線入力パソコンの動作機序
Tobii社製アイトラッカーには、①赤外線の光源、➁光学センサー、③画像処理を演算する心臓部が内蔵されており、簡単に言うと「赤外線を照射し、角膜からの反射を読み取る」ことで視線入力を可能にしている。また、眼鏡やコンタクトレンズ、斜視、不随意運動による少々の位置のずれ等は自動的に補正してくれる。使用可能な方は90%以上と言われているので安心して頂きたい。
視線入力パソコンの動作機序を少し詳しく説明すると、図のように角膜上の「瞳孔の中心位置」と赤外線を照射した「反射点(プルキニエ像)」の位置関係を光学センサーでリアルタイムで読み取り記録する。画像処理と演算により使用者の特徴を捉えた上で、使用者がモニター上のどこを注視しているのかを演算するというものだ。
赤外線を角膜に照射
瞳孔と反射像の位置を記録
これらの技術は戦闘ヘリコプターのパイロットのヘッドアップディスプレイ(HUD)から発達した技術と言われている。
視線入力パソコンの問題点
①毎日12時間程度使用するヘビーユーザーの私にとっては切実な問題なのだが、赤外線を長時間眼球に照射する事への安全性が担保されていない。
➁直射日光下では赤外線の乱反射から動作しない。
③販売業者のサポート体制が整っておらず、「売りっぱなし」に近い。
④公費を使って導入したものの埃をかぶっている等、「公費の無駄遣い」と言われかねないケースが多い。
➄パソコン自体を使い慣れていないユーザーの問題。
私が受けた相談の多くが「ダブルクリックって何ですか?」「日本語IMEって何ですか?」「アルファベッドで入力してどうして日本語になるのですか?」等、視線入力うんぬん以前のパソコンの基本動作に関わるものだった。
⑥サポート出来る家族やスタッフが必要。
視線操作に適したポジショニングや視線操作が出来なくなる事が稀にあるので、在宅の場合は家族、病院ではスタッフのサポートが欠かせない。
⑦ポジショニング時や視線操作が出来ない時のために「口文字」「透明文字盤」等の他のコミニケーション手段が必要。
Windows10 に標準装備!
こうして原稿に向かっている最中「Microsoft社は2017年の秋にWindows10をアップデートする際に『Eye Control』と呼ぶ機能を追加する。」とアナウンスがあった。早速インサイダー版をダウンロードし試してみたところ、何の問題もなくスムーズに文字を入力できた。この機能がWindowsに標準搭載されると、2万円でアイトラッカーを買うだけでパソコンは視線操作が可能となり、より多くの人が使える様になる。もしかすると30年前には特殊なデバイスと思われていた「マウス」の様に、当たり前の入力デバイスとなる日が来るのかも知れない。
(つづく)
※本稿の内容は掲載時の状況に基づいています。
※本連載は歯科医向けの連載ですので専門用語を含みます。
<広歯月報No.751 平成29年12月号掲載>