「メタ・シークレット」、興味がある人は興味があるけど、興味がない人にとっては、興味がない内容の本。
以前発売された「ザ・シークレット」や「ザ・パワー」の繋がりの本。
自分が講座を受けて感じたポイントは、3つ。
1つ目は、思考と思考の間(space)にあるもの。
2つ目は、人生の本編ストーリ(心の故郷)
3つ目は、時間軸の構成
1つ目の思考と思考の間にあるもの。
人は常に考えることを行っている事で、思考の種を生み出し、育てている。
ただし、その思考の種が常に育つ事で、もう一人の自分である傍観者に気づく事が出来ない。
その傍観者に気づく事で、何が出来るか?
それは、思考によって構成されている自分を客観的に見る事が出来る。
その為にも、思考と思考の間(space)を生み出す必要がある。
space=宇宙と考えると、内なる宇宙と言うことになり、そこには無意識と言うもう一人の自分が存在している。
その存在こそ、自分が自分でいる為に重要な役割を果たしている。
人には、思考を止め、一人でゆっくりと考える時間を作る必要がある。
それは、本当の自由を手に入れる為に内なる宇宙に存在するもう一人の自分との会話をする必要があるゆえに。
藤澤武夫氏も、経営方針や決断をする際は、誰も入れない一室で一人で考えていた。
これも、自分との対話をする為に、一人の時間を作るためだなのだろうと思う。
思考と思考の間。
本で言えば、行間を読むと言うことになるのだろう。
以前、ジェームズ・スキナー氏の講演会でも、反応と決断の間いにこそ、本当の自由が存在すると聴いた。
人は、毎日の生活に追われ、仕事に追われ、考え続け、行動し続けてきている。
それは、自分の本心を見失う結果を招き、結果的には、自分が本当に望んでいるものを見失ってしまう。
そうならない為にも、自分との対話が必要とされる。
2つ目は、人生の本編ストーリー(心の故郷)
誰にでも生まれたからないは、人生のミッションとも言うべき人生の本編ストーリーが用意されている。
本編ストーリーとは、心が求めるものであって、心が居心地の良い場所でもある。
ただし、本編ストーリーとは別に、サイドストーリーが人生には用意されている。
それは、魅力的なストーリーであったり、安定した波風の無いストーリーであったり、スリルに満ちたストーリーであったりと多種多様。
それらのサイドストーリーに魅かれて、いったんそのストーリーに足を踏み入れると、その魅力に取りつかれ、本編ストーリーに戻る事が出来ない場合が多々ある。
もちろん、サイドストーリーにも楽しさややりがいは存在する。
存在してはいるが、心のパズルのピースは何か欠けている。
その事に気づいても、いったん踏み込んでしまったからには、そのストーリーから出るには、欠けてしまっているパズルの1ピースに気づく必要がある。
その1ピースこそ、愛であり、安らぎである心を満たすもの。
その事に気づく事で、本編ストーリーに戻る手段を手に入れる事ができ、人生のミッションである、心を満たすための道が拓けてくる。
3つ目は、時間軸の構成
一般的に時間の流れは、”過去・現在・未来”と定義付けされているが、これは、時間と言う流れを分かりやすく表現するためのものであって、見方を変えると”過去・現在・未来”は、人の心の中にしか存在しない。
10年前の出来事を今思い出す事で、それは、今の出来事のように存在する。
そして、10年後の出来事をイメージする事で、それは、今の出来事のように存在する。
過去と未来をつなぐのが現在ではなく、現在に未来と過去が存在する。
鮮明に10年前の出来事や10年後の事をイメージする事で、より現在に存在しているように感じる。
過去の出来事の意味付けも未来のイメージも現在の自分が創り出している。
だからこそ、人には無限の可能性を秘めている。
思考は現実化すると言う事を深く考えるのであれば、心の在り方に焦点を当てる事が必要不可欠になるのだろう。