昨日、仕事から帰ったら、ニュースは新内閣誕生でもちきり。
これから、新しい政府が動くが、国民は、どこまで我慢できるのだろうか。
マニフェストでは、いろいろと理想をかかげたが、これからは、それらを現実化していかなくてはならない。
あのマニフェストの内容がすべて現実化出来るなど、誰も思っていないだろうが、新しい組織、枠組みを創った場合、たいがい反発・不満や痛みなどが伴う。
鳩山新総理の会見を聴いていて、国民対して、ある意味責任を追わせたと感じた。
自民党がここまで、国民意識とかけ離れてしまったのは、国民にも責任のいったんはあると思う。
会見では、それを示唆しているのではないかと感じた。
そして、会見では、鳩山総理はスタートライについたばかりと言っていたが、これは、違うのではないかと思う。
スタートライではなく、スタートライにつくための準備が出来る状態になったにすぎないと思う。
今まで、野党であった為、民主党には、得られなかった情報が数多くあるはず。
今回、与党になり、それらの情報が手に入るようになり、まずは、それらの情報を整理・分析しなくてはならないはず。
それらが終わって初めて、スタートライについたと言えるのではないかと思う。
準備段階を含めて、スタートライについたと言うのなら別だが、それは感じられなかったので、会見を聞いた人は、すぐにでもスタート出来るのだと勘違いをするのではないかと思ったりする。
今回の政権交代の原動力にもなっている脱・官僚政治。
これに関しては、政治家が官僚を管理するのではなく、官僚自身が国のために働こうと言う意識を高めるべきではないかと思う。
いくら、省庁に政治家を送り込もうとも、そこで働く人達の意識を根底から変えない限り、根本的な解決にもならず、一人ひとりが持っている個性と言う才能を最大限に活かせないのではないかと思う。
これは、民間企業と同じだと思う。
管理・コントロールをするという感覚では、何も変わらないばかりか、巧妙に反発されるのではないかと思う。
と鳩山総理の会見を聴いて、素人の自分は感じた。