本田技術研究所の分離独立に関して、藤沢氏は、
「本田やアタシは、オルガナイザーと言うよりも、一種のエキスパートだ。
特に技術を売り物にする企業にとっては、いつまでも一人の天才、本田宗一郎を頼っての会社ではいけない。
一人どころか、何人もの本田宗一郎を出してゆかない限り安心して生産会社の経営は出来ない。
しかし、アタシ達のような創業者は別として、従来のピラミッド型組織では、せっかくのエキスパートも、組織からはみ出してしまう。
それを避けるには、各エキスパートが、一生をかけて”一つの道”を窮められるような環境と、仕組みを作る必要だ。
企業にとって技術研究所は、大事な”心臓部”であり、各分野のエキスパート、精鋭の集団である。
軍隊で言うならば、本田技研の”本隊”に対して技術研究所は、その”前衛部隊”である。
前衛部隊と言うのは、常に時代の先頭に立って、新しい技術の開発、研究をしてもらわなければいけない。
その為には、本社機構から研究所を分離し、ここにまず、どこにも真似の出来ないような組織図、エキスパートが安心して研究に打ち込めるシステムを導入してみようではないか。」
と発想の原点を語る。
まさに未来を見据え、生産会社として何が必要かを語り、その為に独自の組織作りを考えていた。
また、課長以上を集めた研修会にて、
「企業の生き方を他力本願か、自力本願かに分ける分岐点は、企業生命の”原図”を自分のところで創るか、どうかにある。
もちろんホンダは、後者に属しているわけで、常に時代と共に歩く生産方式を打ち立て、それにより良質を安く作る事が、私達の使命である。
本田技研がいままで、何で伸びてきたかと言うと、社長の考えた図面が良かったからだ。
それも、三角型の組織から生まれたものではなく、はっきり天才の為せるう業だと言ってよい。
しかし、天才と言うものは、そう求められるものではない。
だが、誰にでも得意とするところのもの、専門があるはずだ。
そうした人達が、自己の能力を最大限に生かし、その成果が横に繋がって、全体として大きな研究成果を上げるシステムをつくれば、天才がいなくてもやっていけるのではないか。
たとえば、クランクシャフトならクランクシャフト、ロックアームならロックアームに、その一生をかけて、最高の権威者になってもらう。
その為の仕組みをつくろう、と言うのが、研究所独立の最大眼目である。
ここに、研究所と製作所との根本的な違いがある、といってよい。
現実の姿から、天才的な社長のアイディアを除いた場合、いったい本田技研には、何が残るだろうか。
重要な事は、あくまでも、研究成果の上がる新しい組織を、どのようにして作るか、と言う事である。
この点を念頭に入れて、研究所を独立した方が良いのだ、と言う結論が、皆の納得のゆく線で出されるならば、非常に結構だと考えている。」
と、研究所独立の提案理由を述べ討議をさせた。
この研究所の分離独立に関して、藤沢氏は、
「この提案が通らない限り、大企業への足掛かりは得られない。」
と確信し、提案が通らなければ辞任することまで考えていたと言う。
藤沢氏は、そこまでの覚悟での提案だったにも関わらず、研修会での討論の結果は、
1.今のままの組織でも、提案者の意向は生かされる。
2.研究所と製作所の係わり合い、問題は、独立したから解決する、と言うものではない。
3.研究所を独立させなくても、仕事の内容、中身は変わらない。
要は、研究所が設計変更のない図面をだしてくれるか、どうかの問題である。
と分離独立の必然性なしと結論を出した。
それを聞いた藤沢氏は、
「みんな、分かっていないねぇ。」
と一言だけ言うと席を立った。
組織のスリム化、経費などを考えると研修会に参加した人達の意見はもっともな事だと思うが、藤沢氏は、宗一郎氏のような職人的な技術者が、普通の組織内では息苦しく、本当の能力を生かしきれない分かっているからこそ、独自の組織形態を作る事で、そうした人達の才能を最大限生かしたいと思ったらからこその提案であって、それが、万物流転の掟から逃れる最大の秘策だと思ったのではないだろうか。
そう思ったのは、
「若い時分に読んだ漱石(夏目)の本の中に、日露戦争で国を挙げて大騒ぎをしていた時、大学の地下室でガラスを磨いていた学者の話しがありました。
この話が、アタシの頭にこびりついて、以来四十余年、離れないんです。
企業に望まれるのは、このガラスを磨いていたような人が心穏やかに、落ち着いて仕事が出来る環境を作ってやる事ですよ。
それでこそ、技術者の層が厚くなって、企業を守る商品を見つけ出してもらえる。」
と藤沢氏が言っているからである。
”企業を守る商品を見つけて出してもらえる。”とは、まさに、小型ジェット機 であり、ASIMO ではないかと思う。
別の見方をすると、研究所は、一人一人の個性とも言うべき才能を伸ばせる場所を企業側が提供する形になるのだと思う。
そうでなくては、バイク・自動車メーカーである本田技研が、飛行機やロボットであれほどの技術が得られるものではないと思う。
コーチングの三大概念にある、”人は、内側に無限の可能性を持っている。”と言う理念を体現化しているように思える。