テレビドラマ「働きマン」第七話。
今回のストーリーを見ていると人間の強さと弱さを見た気がする。
新二の橋を作るんだと言う夢に感化され、人間の強さを使って頑張った弘子。
それに対して、自分の夢が叶わない嘆き・愚痴り、人間の弱さを露呈した新二。
弘子も夢の為に頑張ろうと常に情報のアンテナを張り巡らせ、考え・行動し、自分の可能性を広げ、それに伴い影響の輪を広げていった。
そうする事で、いろいろな事を引き寄せる事が出来る。
これは、最近、本が出ているが、引き寄せの法則にあてはまると思う。
新二は、橋を作りたいと言う夢はあるが、マンションを作っていて夢に近づけない。
しかも、異動で営業に移ってしまう。
会社の辞令なので従わなくてはならないが、なぜ、営業に異動になったのか理由があるはずである。
その事を考える事も大事だが、それ以上に橋を作りたいと願っていも叶わない。
自分で、行動を起こしてアピールしなくては、誰も気にも留めてくれない。
会社側に橋を作る新プロジェクトの異動願いを出したとしても、それだけではその他大勢の一人である。
どんな事でもそうだが、熱意とやる気を示さないと願いは叶うはずもない。
橋を作りたいのであれば、それに関した勉強を常にして、周りにアピールする必要がある。
それも、自分の会社内だけではなく、世の中に対してでもある。
日本国内で、橋を作るなどと言うプロジェクトは限られ、関われる人も限られてしまう。
だが、世界を視野に入れたらどうだろう?
発展途上国には、規模の大小はあるかもしれないが、日本より橋を作ると言った事業はあると思う。
自分の勤めている会社・日本国内だけを視野に入れていては、見えていないモノあるだろうし、チャンスを逃してしまう事もあると思う。
その為にも、自分が本当にやりたい事のアピールは、広範囲に行う事で可能性も広がると思う。
弘子の友人の雅美が、弘子が新二を「追い越しちゃったのよ。」と言う。
それは、たいした問題ではないと思う。
同じ目標を持ているのであれば、関係があるのかもしれないが、違う目標であれば達成するプロセスも違えばスピードも違う。
それより、「一緒に居てもホッとするより辛いんだよね。出来ない自分が駄目に見えて仕方ないんだ。」と言う言葉の方が問題だと思う。
これは、仕事に対するエネルギーの質の違いだと思う。
弘子のエネルギーの質が高くなってしまい、新二は、それについていけず、受け入れる事も出来なかった。
だから、気持ち上では好きでも、一緒に居ても安心感を得る事が出来なくなったのだと思う。
もし、新二に弘子と同じレベルまでエネルギーの質を高めるか、受け入れる器量を持ていたなら、今回のような展開にはならなかったのではないかと思う。
コーチングの三大定義の中に”人は、内側に無限の可能性を持っている”と言うのがある。
可能性は、あくまでも可能性であって、何でも出来る事ではない。
神様ではないので、望めば何でも望みが叶う事はない。
だが、努力次第では、可能にする事が出来る。
そのいい例が、今回のストーリーだと思う。